第54話 冒険者を志した『◯(キッカケ)』

——十数年前——



「はぁぁ〜〜? お前が冒険者?」


「ああ……俺は本気だ。冒険者は俺の『夢』なんだ。だから……」


「ハァン——やめとけって。どうせおっ死ぬのがオチだ。そんなくだらない事を妄信するより……早く金稼いで来い! 酒代が無くなっちまう……ヒック……」


「…………」



 俺は、昔から誰も認めてくれない。『夢』だなんだと語っても——その全てが嘲笑のネタにされ……地面に吐いて捨てるかの様に軽視される。

 その尤もたる原因は俺の親父——アイツは俺の『夢』……いや、そもそも重要視しているのは俺と言う人材——“息子”なんかじゃない。ただ、自分の為に酒代を稼いでくる便利な道具としか思ってない。道具が夢を語る姿自体——親父にとってはくだらない事でしかなかったのだろう。だから……そんな親父は俺にとっての害悪でしかなかった。

 ただ……アイツのした俺に対しての1番の貢献は——息子に稼がせた金で買った酒の飲み過ぎで、2度と目覚めなくなった事であろう。


 そして、俺はそれを確認するや否や——すぐ冒険者となったのだ。





——3年前——



 だが、冒険者となった俺に降りかかるは苦悩の連続だった。5年掛けてやっとC級にまで上り詰めた。しかし……それから2年掛けてもそれ以上の昇格は見込めなかった。

 『夢』を追いかけて、やっとのことでここまで上り詰めたのに——その当時の俺の脳裏には「挫折」との文字が常に漂い続けている。取り敢えずB級までの昇進資格は獲得には漕ぎ着けたが、おそらくその時の俺のレベルでは、B級に上がったとしても……



 そんな時だ——が俺の前に現れたのは……



「ふふ……貴方がC級冒険者の【レノ】さん……ですか。よくお越しいただきました」


「……お前が、最近受付嬢長兼——エル・ダルート支部室長になったとか言う奴か——?」


「はい……【ヴィオラグランツ】と申します。どうか、“イオ”とでもお呼びください」


「ふぅ〜ん……で、その“イオ”とやらが俺に何の用だ。こんなギルドの貴賓室にまで呼んで、俺は忙しんだが……」


「そんな釣れない事言わないでくださいな。実は折言ってお願いしたい事が……」


「断る——では失礼」


「——近い将来“A級に貴方を推薦する” ——と言ったら……どうします?」


「——ッ! 何……?」



 俺に『A級にしてやる』と話を振ってきた【ヴィオラグランツ】とか言う“青髪”の女との出会い。


 彼女の出してきた条件。それは“竜の素材(主に鱗)”を秘密裏に不正取得するその加担であった。なんでも、ギルド側の不正流用をイオが監視するから、冒険者側の誘導——まとめ役を俺にとのことであった。竜素材横領の隠秘の流れを構築する。そして……見返りに俺はいずれ、A級の肩書を引っ提げ、このエル・ダルートのエースとして君臨する事——との話だ。



「だが……そのエースの役割を俺でいいのか? 俺はC級なんだぞ? 実力者が他にいるならソイツに話をフルだろう——何故、俺に……それも何故、話した? もし俺がその話を周りに風潮したらどうするつもりなんだよオマエは……?」


「いえ……その心配は無いかと……」


「……? 何故、そう言い切れる?」


「うーむ……そうですねぇ〜……貴方の“目”を見れば……ですかね?」


「はぁ? バカにしてるのか?」


「いえいえ……バカになどしてませんよ! 貴方からは……そう、強い野心を感じる。そんな気がしまして……」


「………」


「それに、この私の考察は強ち間違いではないかと思うんです。貴方の依頼達成履歴と、噂や情報を集めれば自ずと……」



——ッッッガン!! (机を叩く音)



「やっぱりイオ……お前は俺をバカにしてるだろ! お前も俺を取るに足らない存在だと……利用しようと脅すつもりなのか!? 俺みたいなは期待に値しない筈。だから早急に……」


「ちょっと待ってください! 貴方に実力が無いなんて私一言も言ってませんよ?」


「……はぁ……?」


「貴方の実力はA級に匹敵する。だからこうして、お話を振っているのですよ?」


「——冗談……を言ってるのか?」


「冗談なんかじゃありません。そうですねぇ——貴方には恐らく“仲間”が必要かと」


「……仲間? 俺にパーティーを組め——って言いたいのか?」


「ええ、そうです。貴方は依頼履歴には特殊なケースを除いて、常に1人で依頼にあたっています。知っていますか? 大体のA級冒険者は、パーティーで登録されているですよ? そもそも、A級にソロで登録されている人物はよっぽどの人物だけです。例えば……【煌器騎士】の《勇者》とか——と言いますか……あの人はS級でしたわね。例えが悪かったです。まぁ……そう言う事なので……貴方にはA級になる為の『パーティメンバー』をこちらで用意させて頂きます。勿論、ギルドとしましてもバックアップは完璧にさせていただく所存です。どうでしょう……? 引き受けていただけるのなら、綿密な詳細についてもこれよりお話ししますが……」


「お……俺は……」



 そうして俺は——イオの言われるがままに……


 ただ……俺はその選択は決して間違っていたとは思わない。唯一そこで、初めて俺という人物が認められたそんな気がして……

 だから俺は……俺を認めてくれたイオと手を組んだんだ。


 そこから、イオに紹介されたのは、【槍使い】と【弓使い】の2人の女——イオの手の掛かった子飼いのハンターだそうだ。

 そもそも、俺がソロで冒険者をしていたのも、ここエル・ダルートの街の冒険者は殆ど女冒険者ばかり。だからか、男である俺は忌避に近い扱いで誰とも組まなかった。別に組む事自体は肯定はしている。今回の様に紹介と言った形でパーティを組まなかったら、俺は絶対に女冒険者と組もうとはしなかったであろう——





——昨日——



「ねぇ〜〜レノ? イオさんからなんだけど〜〜……今日ギルドに来たA級……いたでしょ?」


「【シーフ】と【神官】の2人か——半年でA級になったとか言う冗談の塊の様な奴らだろ? ソイツらがどうかしたのか?」


「イオさんがさ〜〜竜の鱗の取引にアイツらが邪魔だから……『消せ』って……」


「ふむ……で……? 方法は?」


「任せるって……」


「……………なら、イオに伝えろ。“幼竜討伐依頼”を出せとな——」


「ようりゅ〜とうばちゅ〜〜? なんで?」


「ッふん——幼竜討伐の依頼を受けれるのは、A級かB級の冒険者だけだ。今のエル・ダルートで受注出来る冒険者は現段階で俺達と『アイツら』だけ……そして、ここ近辺で幼竜討伐をするとなると……向かう場所は容易に想像できる」


「——飛竜の棲家?」


「ああ……なら、そこで待ち伏せるだけでいい。それにあそこなら“後処理”も手間がない——谷底に落とすだけでいいのだからな」


「ふ〜〜ん……でも、そう上手く受注するかなぁ〜〜?」


「なら……依頼内容に“間引き”と付け加えておけ。制限を取っ払えば間違いなく受注する」


「……そお——分かった。そう伝えとくよ。でも、レノ〜? 因みにあんたA級に勝てるんだよね?」


「はぁ? バカにしてるのか? 俺は時期A級冒険者のレノだぞ。A級相当の実力は既にある。それにアイツらのA級はお飾りだ。そもそも半年でA級になるとかバカな話があるはずがない。だというのに、アイツらはギルドで女共に囲まれ、お飾りの称号で衒らかしている様な奴だ。そこにA級の矜持は皆無……お飾りである証拠——見ていて虫唾が走るよあんな奴らは……」


「…………」


「それに、こっちには地の利がある。例えS級が相手だったとしても……確実に勝てるプランは俺にはあるんだよ。分かったかぁあ? まぁ……仮に受注しないなら、冒険者のセンスのカケラもないゴミ……なら、力でねじ伏せるだけだ」


「う〜〜ん……ならいいのよ〜〜じゃッ——伝えてくるわ」



 そうして、【槍使い】の女は、イオの元へ言伝に走って行く。


 おそらく俺は、近々その件のA級を始末する。その結果、冒険者として規約に違反しようが、今の俺は何も感じない。

 冒険者の矜持がどうとか言っておきながら——はは……笑えてくる話しだよ。

 結局、俺はただ“A級が気に入らない”という私情で奴らに手をかけるのだ。



 そこに躊躇はない——



 だが……俺は……



 一体いつから……こうなってしまったのだろうかな? 



 何故、冒険者になったのだろう——?



 過去には、恐らく俺にとって……『◯(たいせつ)』な『◯(ナニ)』かがあって、冒険者を志したと思うが……


 今の俺には『◯(それ)』を思い出せない……思い出す気すらない……



 だから俺は……





——今——



 やはり、俺の想像通り……


清竜の涙コイツら】は案の定——お気楽で冒険者をやっているのだという確証が腹立たしい程に伝わってくる。

 己が殺されかけているというのに……舐めた様な態度を繰り広げる様は——大いに俺の尺に触ってくれた。


 気づけば……俺の我慢なんて既に限界を迎え——炎魔法を連中に投げつけていた。それをアイツらは生意気にも左右に分かれて回避して見せやがる。



 だが……これでいい——



「——おい! お前ら2人は【神官】の女をヤレ……! 俺は【シーフ】の男を相手にする」


「分かったわ」

「——うん? 了解〜〜ぃ……」



 コイツらがバラけたのなら、括弧で相手すればいい事……

 だから、俺はこの状況を利用しようと【神官】の相手は2人(槍使い・弓使い)に任せ、俺は目の前で果敢にもシュレインクズを抱えて退避した。善人ぶった男を始末する。


 俺のプランは完璧なんだ。


 【神官】なんて、単なる回復だけが取り柄の『回復薬の代用的』存在だ。複数人で1人を囲めば何もできない。

 “光魔法使い”は貴重だと言っても、結局は使える人間が少ないってだけで注目を浴びてる様なモノ——ただの雑魚。遠距離に対しての攻撃もある様だが、こんなお飾り冒険者がそこまで使えるとは思えん。仮に使えたとしても、近距離で畳み掛ければいいだけの事。魔法職なんて、高々そんなものだ。2人に任せて何ら問題はない。


 そして、この目の前の善人【シーフ】は、飛んだお人よしなのだろう。現に今、俺の魔法がクズ(シュレイン)に当たると思ったのか? 咄嗟に抱えて逃げ出した。

 命を狙ってきた奴だと言うのに……コイツはどれだけ頭の中が沸いているのだろう? 度が過ぎた善人面が、いちいち鼻に着く——

 なら、コイツ(アイン)のその良心を利用してやろうか——? 抱えたお荷物を狙って攻めてやれば、おそらくこのシーフは必ず守ろうとするはず。だったらそこに隙を見出すだけでいい。俺にとっては何の問題もない。



 だから——



「——ッアイン!?」



「——俺のことはいい、リア——!! 自分の事に集中してくれ!」

 


「——うん! 気をつけて、アイン!!」



「——ッああ!!」



 コイツらを見ていると、本当——イライラしてくる。



「ずいぶんと余裕があるなぁぁああ!! A級ーーー!!」


「——ッ!?」



 


『◯(コイツ)』を見ていると……



 何でここまで虫唾が走るか分からない——だが無性に苛立って仕方がないんだよ。

 せめてコイツを嬲り殺せば——今のこの悪感情も少しは晴れるだろう。



 だから……俺は……コイツを……

 

 

「精々抗って……無様に死んじまえや! お飾りぃィイ!!」



 俺は——『◯(コイツ)』を殺すことに躊躇いはない。


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