第53話 ※良い子は杖で人を叩いてはいけません!

「大丈夫か!? リア!! 怪我は——!?」


「ええ……何とも無い。アイン、助かったわ。あなたが私の腕を引っ張ってくれなければ、危なかった……きっと……」



 唐突に降り注いだ落石——


 アインとレリアーレの2人は、予想打にしない危機へと直面したが……なんとか無事であった。


 事の発生に逸早く反応したアインは、レリアーレの腕を咄嗟に引き——そのまま抱きかかえる形で石橋からの退避に成功していた。



「ああ……良かったよリア——悪いんだけど、すぐ動けるかい? 今すぐ、ここを離れよう——! また落石が無いとも限らないし……どこか安全な場所に移動して——それに、崖の近くは危ないから……」


「——え? ……ッ!! あッ………」



 しかし……事なきを得ても、まだ油断は禁物である。


 唐突な落石……これは明らかに予想の埒外による“異変”と言って過言ではない不測の事態だ。

 この発生した発端が、何なのか——? それがわからない今、この場に留まるのは危険である。例え、発生メカニズムが自然原理によるものだとしても——再び、落石が無いとも限らない。

 レリアーレは腰が砕けたかの様に地面に座り込んでしまっていたが……アインが二次災害を忌避し、彼女を連れてこの場から退避するべく彼女の意識を促した。

 その提案を耳にしたレリアーレは軽い自失状態にあったが、状況把握に努めようと周囲を見渡す。

 すると——レリアーレの目に飛び込んできた現状……それにより彼女は血の気の引く思いをすることとなった。



「——ッは……橋が……」



 先程まで、自分たちが居たはずの大自然が創り出した石の巨橋——その姿形が見るも無惨に……折れて割れてしまっていたのだ。

 座り込んだ身体のすぐ隣を崖が占めているばかりで——見ていて引き込まれそうな感覚に苛む“奈落”だけが顔を覗かせている。

 その黒ずんだ谷底からは——数刻前、2人に降りしきった巨岩……大凡、まだ地の底に落ち切っていないのか『ゴゴゴ——』という地響きが、谷間を駆ける風切り音と混じって鼓膜に響いてくるのが分かってしまう。


 それが——事の済んだ今になっても、尚……彼女の心に恐怖を忘れさせてはくれない。


 だが……



「本当に大丈夫か? 腰が抜けたなら……俺が、抱き抱えて……」


「いえ……本当に大丈夫だから——! アイン、私をバカにしないで——私はアインのパーティーメンバーで、A級冒険者【清竜の涙】のレリアーレなんだから! 今まで危機に瀕した事なんて、イィッーーーぱいだしぃ〜……これぐらいで動揺してる様じゃ“名折れ”ってヤツよ。私はもう……“アインに助けられた頃”の私とは、違うんだからね!」


「……そうか? はは……頼もしいよリア。でも、せめてコレぐらいは手伝わさせてくれるかい?」

「——ッ!? ………うん……あり、がと……」



 そこは、流石はA級を冠する称号の持ち主と言うべきか……レリアーレの意識の切り替えは早かった。彼女は決して、完全には恐怖を捨てきれた訳ではない。だが……冒険者は主に危険地帯へと赴き、一般市民が手出しできな未知の探索と魔物との戦闘を生業とする仕事だ。


 そこに危険は付き物——


 恐怖とは隣り合わせ——


 恐れで身が竦む様では……鼻から冒険者の資質など皆無で、冒険者には向いていない。

 レリアーレの見せたこの素早い気の切り替えは、冒険者には必須とも取れる器量の1つであろう。

 そして、そんな心境の回復に至ったレリアーレに手を差し出すアイン——差し出した手に彼女が捕まるのを確認し、軽々と引き起こした。

 立ち上がる彼女の頬は薄っすらと赤くなっている。悪態を付いても、彼との関係は満更でも無い……そんな感情があからさまである。

 そのお陰か——この時のレリアーレに残る恐怖の残滓はいつの間にか消えていたのだった。


 そして……



「じゃあ……アイン。一体ここから離れて、その後は——」


「——渓谷から出る。あんな事 (落石)があったんだ。今日はもう出直そう」


「そうね。私もそれに賛成!」



 直ぐにこの場を離れる為、2人は意見を照らし合わせた。 

 この時の両者の考えは一致しているようで……原因不明の崩落に襲われた以上——更なる探索は困難と、当初の方針に準じて2人の意見は重なった。

 したがって——今すぐ、ここ【飛竜の棲家】より脱出するべく、アイン、レリアーレは行動に移そうとしたのだ。



 だが、その時——





「——ッおぉ〜〜い……まて、まて、ッまて、ッ待てぇ——何で、生きているんだよ。 A〜〜級〜〜」



「「——ッ!!」」



 不意に上がる聞き慣れない“男の声”が——アイン、レリアーレ、2人の注意を大いに刈り取ったのだ。

 

 そして、2人の身体は反射的にその意識を引いた発端へと視線が向く——


 すると……



「あぁ〜〜あ……プランが台無し……お飾りでもA級だってか……」



 そこに居たのは3人の人物——


 フルプレートの鎧を着込み、背中に大きなバスターソードを背負う男を先頭に、その背後に槍を携えた薄着の女性と、弓を手にする耳の長いエルフと思われる少女が控えていた。

 その者達の風貌からは、明らかに冒険者パーティーであることは容易に理解できる。


 ただ……


 そのうちの先頭を歩く男……彼はこのパーティーのリーダーであるのか、その出で立ちは2人の女と比べると傲然とした様相を画し、怒りを露わにした形相でコチラに近づいてきていた。

 先程の声音から推察するに彼がコチラの意識を引くに至った元凶であろう。



「………や……やぁーこんにちは! え〜とぉ〜もしかして俺たちに何か用かい? どうも、君たちは……同業者(冒険者)のようだけど〜〜」



 だが、そんなピリつく雰囲気を醸す彼を他所に、この場の空気にテコを入れたのがアインであった。


 原因不明の落石の後、突如として現れた冒険者パーティー。状況からすると、このフルプレートの男はかなり怪しい存在だ。

 先程の落石と、何らかの関与があるのだと結び付くのは当然の理りであり、更に男が口にしたセリフからは、これら2つの関係が合致すると考え付くのは当然の結論であろう。

 しかし……そこにアインは、何故か雑談するかの様な軽い口調で持って、男に言葉を投げかけたのだ。

 

 一見、その行為は状況を考えれば不適当とも取れる——


 しかし、アインがいくら“女心に無知蒙昧な天然なお人好しの馬鹿”だとしても——彼は決して“無能”ではない。



 現状証拠だけで、確実に彼らを『悪者』と断定できない以上。立ち位置だけでも確認しようと、探りを入れる為に取った行動——それがだっただけの事……


 だが……


 そんな慎重を期す必要性などいらなかった——



「……ん? ……あ〜〜……そういうのはイイから。一々くだらない探り合いなんて無意味だろ」


「……ッ——つまり君たちが……」


「ああ……あの崩落は俺が起こした」



 男は、自身の犯行を隠すでも無く自白した。つまり……



 この冒険者パーティーは——故意にアイン、レリアーレを崩落に巻き込もうとしたという事が確定した。



 一体何故——



 一歩間違えれば死んでいた——最早、冗談では済まされない発言だ。



「——ッアナタたちは誰!? 目的は何ッ——!」


「——ん? 目的? そんなもの……」



 ここで、レリアーレが男に対し、更なる追求を飛ばした。

 すると……先頭を歩く男が反応を示した。


 

 ——かに思えた……その瞬間——




「ぅ……うわぁぁぁぁああああ————!!」

 


「「——ッ!?」」



 思わぬ方向から不意に奇声が飛んだ。


 

 今アイン達の眼の前には男女3人の冒険者が居る。しかし……この場には、更にもう1人——



 突然ロングソードを上段に構えたまま、岩の影から青年が飛び出してきたのだ。そして真っ直ぐアイン目掛け駆けてくる。恐らくそれは、アインを狙った奇襲なのだろう……


 だが……



「——ッアイン!?」


「……ッ? ん〜〜ん……よっと——」

「——ッギャア!!」



 レリアーレの心配を他所に……アインは、その青年が武器を振り下ろす前に——彼に対し瞬時に接近すると、ロングソードを持った手首を掴み手前へと引っ張った。

 すると青年は前のめりに態勢を崩し、そこへすかさずアインが一撃を入れる事で、彼の意識を刈り取る。



 青年……瞬殺——



 実はアインには、目の前の3人の他——影に潜んだ彼の存在には気づいていた。それに、飛び出して来たタイミングの奇声でもって、不意な奇襲にも余裕で順応してみせる。まぁ……奇襲で大声を上げていては『今からアナタを攻撃します』と言っている様なもの——ベテラン冒険者のアインが反応できないはずがなかったのだ。



「アイン、大丈夫——?!」


「ああ……? おう……俺は………何とも……」



 ただ……そんなアインは問題無く対応したにも関わらず、疑問顔のまま倒れた青年を眺めていた。



「……? アイン、この子知り合い?」


「いや……そういう訳じゃ無いんだけど……? 何でもない、気にしないでくれ」



 アインの中には、この青年に対して『ある疑問』を抱えていたのだが……

 その答えは見つからず、直ぐに意識を外した。

 何故なら——今はそんなことを考えるよりも、他に対処するべき人物がいるからだ。



「——ッチ……やはり“シュレイン”は使えない。奇襲も出来ないって、ほんとゴミだな」

 

 

 フルプレートの男は今の一幕を傍観者として眺めていたが——結果に満足出来ない様で不平を吐き捨てた。その言葉を拾うに、倒れた青年はどうやら【シュレイン】というそうだ。

 ただ……今の言葉から考察すると、どうもアインに襲いかかった青年——シュレインも、事の経緯はフルプレート男によるモノを匂わせた。

 


「ねぇ……彼……君の仲間——?」


「——ん? はぁあ!? んな訳あるか。ソイツは仲間じゃない。俺らパーティーの荷物持ちだ」

 

「……荷物持ち?」


「ああ、そうさ! A級冒険者を襲撃するって話したら、荷物持ちの分際で生意気にも歯向かいやがったから——脅してお前らを襲わせたの。『殺すぞ』って言ったらビクビクしながら言いなりになるもんだから、思わず笑っちゃったさ……はは……」

 

「アイン……私……この人、大っ嫌い——」

「……ッ——ああ……リア……俺もさ」



 レリアーレが青年の関係を男に問えば返ってきたのは、なんとも不愉快なものであった。

 それには思わずレリアーレは嫌悪感を隠しきれず、アインに胸の内を吐露してしまう。

 普段の彼女であれば、そんな態度は表に出さないのだが……流石のレリアーレも男の態度に我慢できなかった様だ。ただ、アインもそんなレリアーレの気持ちを汲みとってか……そんな彼女と同感の意思を晒す。



「なぁ……確認なんだが——アンタ、どう見ても冒険者だよなぁ? 今の発言もそうだけど、どう考えても『ギルド規約』に反している行為だ。どういうつもりなんだよ」



 『ギルド規約』とは冒険者に与えられる原則やルールの様なものだ。内容は主に尊厳やモラルといったごく当たり前な事が殆どなのだが……その中には『冒険者同士の抗争の禁止』や『他冒険者への虐げる行為の禁止』とある。

 今回フルプレートの男率いる冒険者パーティーは、アイン達に対し落石を利用して殺害を企てた挙句……他人に奇襲をかけるようにと脅迫——そして、アイン達の前に立ちはだかっている。


 どう見積もっても、これらは既定の禁止事項に抵触している。


 だが、アインの最終確認とも取れる言葉に……



「どうせ……A級という肩書きは……お飾りなんだろう。半年で……A級——そんな筈ない……ありえないんだ——」


「……? 何を言って……」



 彼の返事は、要領を得なかった。


 そして、更に……



「俺はB級冒険者だ! エル・ダルートのギルド支部のエースなんだぁあ!! 10年近く冒険者を続けてきて……近々A級への昇進も確定している。“A級”とは、おいそれとなれる安い称号じゃない! それを半年——ッは? 笑わせんなよ!! どんな汚い手を使った? ギルドのお偉いさんに媚びたか? 貴族様に気に入られたか? ふざけるのも大概にしろよぉお!! お飾りA級ッッ——!!」



 彼は声を荒げ言葉を続ける——


 どうも、この男はアインとレリアーレ——2人のA級冒険者【清竜の涙】としての階級を疑い、それが彼の自尊心に触れたのか——この様な犯行に及んでいる模様である。


 確かに、『冒険者の階級』とは男の言う通り、そうおいそれと上がるモノではない。そこには、冒険者としての矜持を守る為——実力に見合った階級を定める事で冒険者自身の命を守る為——と多くの大切な要素を内包してのことなのだったが……



「——ッどうせ“竜の素材”を目当てにエル・ダルートに来たんだろうがな。お飾りA級に、今のギルド支部の情況を乱されたくはない。だから、お前らは邪魔者なんだよぉお!」


 

 男の発言は支離滅裂——どこまでも自分勝手で、決め付けの過ぎたモノであった。

 だが、それに対し……



「——ッムゥウ!! ッ何よソレ!? そんなくだらない事で私達の命を狙ったって言うの!? 『ふざけるな』はこっちのセリフよ!!」


「——ッは? なんだと……」



 この時、声を荒げ反論したのがレリアーレであった。普段は大人しい(アイン意外に)彼女なのだが、流石に男の暴挙に怒り心頭に至ってしまったようだ。



「そもそも、A級がお飾りって言い掛かりじゃない! 私達はちゃっ〜〜〜んと、実力を認められてA級冒険者になったのよ! 私達の事を分からないくせに勝手にモノを言わないでよ——!!」


「——ッ……リア……」



 そして、彼女は尚も反論を叫んだ。


 彼女のこの様な姿を見るのが余程あり得なかったのか……隣のアインも、思わず口を噤む——

 だが……彼のその姿勢には、決して驚愕だけが要因となっているわけではない。


 ただ……嬉しかったのだ。


 アインは、特に他人に対してモノを言うタイプとは違う。何か思考の内に想う事を抱えていても、どんなに極悪人が相手だろうとも、あまり口を大にして考えを吐き捨てたりはしない。


 だからか……思いを代弁して、語りを吐き出したレリアーレには感謝の念しかないのだった。



 まぁ……それも、“ここまでは”——の話だが……





「——それに!! “竜の素材”ってなんのことよ。私は“竜の素材”なんてどうでもいいのよ!!」



「「……………ッえ?」」



 ここで、2人の男から抜けた声が漏れた。

 


「あの街に長期滞在するつもりもないし! なんだったら、明日、明後日、にでも早急に出て行くつもりだったもの!!」


「——ッッえ?!」


「『ッえ?』じゃなーーい!! 私、あの街苦手なの——! アインと並んで歩いてるだけで女の子達から凄く睨まれるのよ! 元々、この依頼が終わったら、早急に街を出るつもりでいたの!」


「俺そんな話聞いて……」


「あなたは〜〜私との約束破って〜〜何してたのかな〜〜? 話しも聞かないで〜〜街中で何してたのかなぁ〜〜? ウぅうう〜〜〜ッッアインの!!」

「——ッへ、へ、変態!? 俺はただ……カエちゃんを仲間に……」


「結果、女の子のお尻追いかけてたら変態って見間違われるのよ! いい加減理解しなさいよ!! この馬鹿ッアイーーーン!!!!」



 その時、彼女の怒りは変な方向へとシフト——そのトバッチリを隣のアインの後頭部が担う。



「——ッッッ!! ッッッ杖——イィッッ痛ァァアアーー!?」


「……ふぅ〜〜スッキリした!」


「怒りの捌け口に……俺を……使わないでくれよ。リア〜〜……」


「………ッあ……ごめんなさい、アイン——」



 アインとレリアーレは命を付け狙う男の前だと言うのにも関わらず——場にそぐわない“お馬鹿”なコントをイチャイチャ繰り広げている。

 ただ……その可笑しなやり取りをしつつも、2人は決して警戒を怠っていた訳ではない。

 この一幕は、彼らにとって精神的に自分達を守る防衛行動。どんな状況下でも心の持ち様に余裕を持たせていること——



 これも高ランクの冒険者にとっては、とても大切な事で……



「謝るなら最初っからしないでって……」


「いえ、そうじゃなくて……頭から血が出てるわ。強く叩き過ぎた」


「ッッッ嘘でしょ——!!」


「回復、回復〜〜っと……【癒しの光ヒーリング】」



 ある……筈……




 

 ただこの時——



 アイン、レリアーレの可笑しな一幕を狂宴する中——それに対し黙ってない者が……



「死ねぇよぉおお!! A級ぅぅうう————!!!!」



「「——ッッ!!??」」



 突然叫び声が上がったかに思えた次の瞬間——



 自身の頭を押さえるアインと、その彼の頭に回復魔法をかけるレリアーレ……



 その両者の間に、怒りを顕現させたかの“火球”が投げ込まれた。


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