第52話 淀みを照らす陽光

 カエ達が最上部に到着する数刻前。



——【飛竜の棲家】下層〜中層間にて——




「……あの〜〜リア? もしかして、まだ怒ってる……?」


「…………」


「あの〜……その〜……今朝のことは悪かったと思って……」


「アイン……? 私〜〜何も言ってないのだけど〜〜何で“謝てる”のかなぁ〜〜?」


「——ッフグ!?」


「“謝る”ってのはさ〜〜何か“悪〜い”ことをした子が〜〜『反省しましたよ』って——迷惑を掛けた相手に“誠意”を〜〜伝える手段だと思うの〜〜」


「……ハイ……ソノトオリダトオモイマス……」



 そこには……危険な天然のダンジョンにも臆せず——果敢にも足を踏み入れた冒険者の姿があった。


 巷では『冒険者パーティー結成から僅か半年で上級者入り』を果たした事が噂を呼び……数多くの新人、アマチュア冒険者からは憧れ的存在となった男女二人組の冒険者——

 


 パーティー名【清竜の涙】


 短双刀使い 〈シーフ〉の 【アイン】 と——


 光魔法使い 〈聖職者〉の【レリアーレ】の——


 

 両名である。


 


 

 2人は、ここ【飛竜の棲家】にはギルド依頼を受けて訪れていた。

 この地は、エル・ダルート近郊のエリアではかなり有名な危険地帯として、指定されているのだったが——アイン、レリアーレはいずれも冒険者ランクは上級者であるA級。2人の実力はこの地を訪れるのには申し分無かった。


 だが……仮にも危険なエリアとされている地だ。


 プロの冒険者としては、それなりの緊張と注意を払い仕事に当たるべきなのだろう。だが2人は——何故か、この地を訪れてからというもの、ギクシャクとした印象を漂わせていた。

 そこには、今朝方に勃発した“ある件”が関与していたのだが——その原因の発起人であるアインが、チームメイトのレリアーレより語尾を伸ばす独特な口調でもって叱責を受けていた。

 今の今まで、ずっと無言を貫いていたレリアーレ。そこに我慢しきれなかったアインが話し掛けてしまった事の内容が、どうやら彼女の地雷に触れてしまったらしく——今に至っている。



「今朝の事については謝ってもらったし、その事でとやかく言うつもりはないのよ〜〜私……だって、もうその事では怒ってないもん」


「あ……あぁ……」

 

「でもね〜〜昨日約束していたわよね? 一緒にギルドで依頼を探すって? なのに、謝った後は、ま〜〜た直ぐ居なくなるし。街中探してやっと見つけたかと思えば、女の子達に囲まれて『キャーキャー』言われているし……」


「……ごめんなさい……」


「どう言うことかな〜〜? ねぇ……アイン〜〜? “反省” “謝罪”って……どういう意味なのかなぁ〜〜?」


「…………」



 レリアーレによる言葉の応酬は、アインの心目掛け……一本……また一本と……不可視の(言葉の)矢が突き刺さり、彼を凍り付かせていく。


 今朝は、カエより『彼女(レリアーレ)に対してのあり方』を説教されたが——

 彼の留まることの知らない、積極性がまたもや暴発し——結局、再びレリアーレを困らせることとなった。完全に本末転倒である。

 昨日の早朝にも同じような一幕を繰り広げていたが……恐らく、彼の中に『反省』との言葉は持ち合わせていないようだ。



 この説教を受ける日常も、この2人の生活では頻繁に起こる茶飯事である。

 レリアーレはアインが暴走する度に——その都度、ネチネチと言葉の応酬を掛け、彼を反省させる試みを実施するが……

 アインとの今の関係性もかれこれ数年になるにも関わらず……彼が猛省するには、まだまだ時間が掛かりそうである。


 ただ……



 彼女は毎度の如くアインを叱責するのは、何も彼の事が嫌いだからという事ではない。



 レリアーレは数年前にアインと初めて出会い……そして彼から救ってもらった過去があった。

 アインは別に、しいてレリアーレの為を思って、そのような行動を取った訳では……


 恐らくない——




 たまたま……


 救いを求めていたレリアーレを——


 たまたま……


 見つけてしまったアインの有り余っている正義感に触れたから……


 結局、そんな過去があって——




 今こうして、彼と“冒険者”をやっている。



 

 ただ……


 自身を救い出してくれた時や、彼をコレまでに見てきて、そんなアインは何処までもお人よしだった。甚く正義感の強いYESマンである事が分かってしまった。

 街で、女の子に声を掛けられれば、無碍にせず全ての期待に応えようとするし……目に付く困ってる人を放ってはおけない。

 それは、彼の良いところではあるのだが……レリアーレには、かえってそれが心配で仕方がなかった。

 何故ならアインはその事で良く暴走するのだ。レリアーレからして見れば、それはもう「何を仕出かすか分からない子供」を見ている母親かの心情である。

 レリアーレ自身そんな彼の暴走良心に救われたのだが……“時と場合”と言うものがある様に——彼女は、アインの暴走があられもない方向に飛んで行ってしまわぬよう……


 せめてものお節介を焼くのだ。





 でも——





 レリアーレはアインによって救われた。



 それにはもう——彼女自身、感謝しても仕切れないほどの出来事……それは、今だって感謝を忘れていない。

 だから……彼の為にと“冒険者”になってとして彼を支えてきたつもりだ。



 だけど……それで彼が “心の底から——” 望む事があるのならば……





——私に、彼を止める“資格”なんてモノ——あるわけない——





 そう……心の奥底では、自暴自棄に似た悲痛な思いを抱えている。



 でもそれまでは——



 きっと彼のことだ——ある日突然……レリアーレを突き放すなんて事、する訳がない。そんなの……彼との付き合いの長い彼女自身が1番分かりきっている。


 でも……彼女は、そんな彼の“優しさに”——漬け込んだ。



 だから……この関係性も……結局……





——卑怯なのはワタシ——





(……はぁぁ……また私……アインの事、怒ってる。本当は、アインを怒る資格なんて……私になんか……ないのに……)



 本当は、分かっていた。


 彼を怒ることは、結局は自身のエゴ——いや、その本当の目的は……

 ただの自分自身の為……そうやってしかアインとの繋がりを維持できないと“思い込んでいる”——アインの中にある“レリアーレ”って存在をただ確立維持する承認欲求——彼女の叱責は彼を縛る枷に酷似している。



 だから……“怒り”はただの言い訳に過ぎない。アインに向ける本当の感情は……



 そう……おそらくは『嫉妬』であろう。



 それが転じて——アインに、強く感情をぶつけてしまう。それを理論武装で持って誤魔化している。真摯の皮を被った道化が……今の“レリアーレ”……





——卑怯なのはワタシ——





 本来……謝るべきは——ワタシ——







 でも……



 だからと言って、アインが心配だと言うのも——『真実』


 

 ……だからこそレリアーレは、今も彼の為を思って怒るのだ。





——ゴメンナサイ……アイン——




 そう……深層心理の奥底で謝罪を口にしながら……









 だがな——



 レリアーレは、どこまでも不器用な女性である。そうやって心の奥では卑下する悪感情が燻りを見せるも——でも……そんな“くだらない”事など——正しくは、投げ捨ててしまうべきなのだ。



 何故なら……彼女は……






 ただ……アインが——












「………ふん! ま……まぁ〜今日はこのぐらいにしておくわ! アインが、簡単に反省する事がないことぐらい、いつもの事だし——今は依頼に集中するべき………」


「…………リア……いつも、ありがとうな——」


「——ッ!!?? へ……い、いきなり何……? アイン……!?」


「いや〜さぁ……いつも、リアが俺のこと心配してくれて怒ってくれるから——俺は今もこうして居られるのかな〜って思って……」


「…………」


「俺、いっつも間違った事ばかりしちゃうからさ……リアがこうして正してくれるから——俺が今のままで居られる。それに、いつも沢山助けて貰ってるから……君が側で支えてくれなければ『冒険者』としてやって行けなかったと思うんだぁ〜俺。だから……そんなリアの怒ってくれる姿を見てたら……その〜……こう言っちゃあ何だけど、嬉しくなっちゃたんだ。俺の事……心配して思ってくれる人が側にいると思うと。だからつい『ありがとう』って伝えたくなっちゃったんだ。リアに迷惑を掛けている事は本当にすまないと思っている。これからは俺はもっと成長する。君に心配かけないぐらいに……」



 でも……アインは、言うなれば『太陽』みたいな奴だ。どんな暗く落ち込んだ澱みも……彼が照らすと明るく華やかになる。時には、霰もない方向を照らしている事が偶に——いや……頻繁にだが——そこは、相棒の“彼女”が照らす方向を示してやればいいこと——


 

 そして……アレコレあれど、結局は近くに居るそんな彼女の暗い澱みだって……


 知らないうちに太陽は光を照らしていたりする。



「………そ、そう——ふふ〜んだ! アインは、ようやくワタシの苦労と大切さに気づいたって事ね! 分かってくれたようで何よりだわ!」


「ははは……そうだね——俺にとって君は……うん、大切な人(相棒として)だから……」


「——ッッッ!!??」


「こんな俺だけどさ。リアの為に誠意一杯頑張るから——だから、これからもずっと……俺とパーティーメンバーでいてくれるかい?」


「ッッッッ————ぁ、ぁ、あ、当たり前よ!!!!」


「——ッ! ふふ……ありがとう! 嬉しいよ! これからもよろしくな——リア!」





 だから……2人は、良い冒険者パーティーなのであろう。そんなことは、誰の目からも——この時の2人の姿見れば、容易にわかる事だ。





「——でぇ〜〜時にリア? 何でソッポ向いているんだい? 足場が悪いし危ないと思うんだけど……リア?!」


「——ッ! ああぁあ————う……うるしゃい!! ぃ、い、今は、こっち見にゃいで——!!」

 

「……?」



 と、そんな様子の2人は——天然ダンジョンを突き進む。

 




しばらくして——





「う〜〜む? それにしても……子竜の数、少なくないか? 繁殖期ならもっと居てもおかしくないと思うんだけど……」


「——本当。これは、ちょっと少なすぎるわね。ギルドに報告入れるべきかしら……?」



 アインとレリアーレは遂に【飛竜の棲家】の中層へと訪れていた。それと言うのも、ギルドの依頼を遂行する事こそが今の2人の目的だからだ。



『——飛竜“幼体種”の間引き……』



 それが、【清竜の涙】が受けた依頼内容の概要だ。アインが街中ストーキングをしている最中——合流前のレリアーレがギルドに寄って探してきた依頼である。

 コレは昨日の反省を考慮して『近場』『魔物との相性』『レベル適切』等を計算したレリアーレが選んだモノとなっている。


 だが……


 今もまさに一体の子竜……詳しくは飛竜の幼体になるのだが——レリアーレが簡単な光魔法で竜の目を眩まし、地面に落としたところをアインの短刀でもってトドメを差した。

 

 基本、この地の竜は上層に行けば行くほど、その目撃数は増す筈なのだ。

 だが……今アインがトドメを差した竜は、この地を訪れて3体目となる。この時期は繁殖期——そしてアイン達の実力なら、もっと討伐数があってもおかしくはない筈——

 しかし……竜というのは縄張り意識が高く、コチラから探しに行かずとも向こうのほうから攻撃を仕掛けてくる様な獰猛さに富んだ生き物だ。だが既に中層に登ってきているにも関わらず、あまり接敵していない。これは、どう考えても異常な事だ。


 斯くいう2人も、勿論その事には疑問に思っていた。



「——もしかすると……うーむ——リア! もう少しだけ上を目指してみよう。もしかすれば、竜は上層付近かも。もう少しだけ上を目指せば……おそらくは……」



 ここで、アインは“発見”に至れない事を——既に寝床へと戻ってしまったのでは——? と仮説立て、レリアーレに更にダンジョン奥へと潜る事を提案した。



 だが……真実は、つい数時間前にココを通過して行ったによる虐殺行軍が要因なのだが……

 そんな事……出遅れてしまったアインとレリアーレが知るはずもなく、完全なる貧乏籤を引いてしまっている状態に陥っていた。



「分かったはアイン! でも時間的にも、無理に奥へ進み過ぎるのはやめましょう。倒した魔物はまだ3体と少ないけど……依頼内容はあくまで“間引き”。討伐数に応じて報酬が出るはずだから、深追いはしないで……後1時間で1〜2体を目処に切り上げるべきね」


「了解だ——リア。それで行こう! あとは……仮に異変を感じても撤収——と方針に追加しよう。竜の数が少ないのも十分“異変”だけれども……これ以上何か感じたら、速やかに “竜の棲家ここ” を出よう。安全第一ってね〜」


「分かってるじゃない、アイン! ふふふ……」


「伊達にリアに毎日叱られて訳じゃないからな〜〜はは……」



 レリアーレはアインの案に賛成を表明するも、そこには条件を付けた。だがアインも、彼女の提案には否定的とはならず——即、賛同を示し、彼も方針の最新に条件を追加していく……

 こうして、2人は随時話し合い方針を固める事によって2人のガイドラインを構築していくのだ。

 彼らのこの行動は……己の実力と踏み込める段階を良く見極めた——流石はA級冒険者だと言えるほどのチームワークの体現であった。



「——リア! ここから先は少し足場が悪い。気をてけてくれ……」


「ええ……分かったわ」



 そして……2人は、子竜を探して探索の続きを再開——ダンジョン奥へと足を踏み入れる。


 そこで、2人の目の前に現れたのは細い石橋である。周りが長い年月によに風化し削れてできたアーチ状の自然の橋——確かに、一見ではアインの注意喚起の通り、危なくは見えるが人が渡る分には丈夫そうである。それでいて、渡る部分は細くても、意識を巡らせば十分安全に渡れる程の幅はある。冒険慣れしたA級の2人には何ら問題のない難所であろう。

 


「うわ……高いなぁ〜……コレ落ちたらひとたまりもないな……ははは」


「アイン? なに、縁起でもない事言っているの? わざわざ、下を覗き込む何てバカなことしないで早く進みなさいよー! もう……」


「へへ……ごめんごめん」


「まったくもう——」



 そんな高所でも、2人は余裕な様子で石橋へと踏み入る。途中、アインがレリアーレに苦言を言われていたが……かえって緊張が解れた方が——気が張り詰めて体が硬直してしまうより、幾分か良いのではないかとも思える。アインの気軽さは時には役立つものだ。


 

 ただ——



 ここは飛竜の棲家と言う何千メートルにもなる山岳地帯の中層——彼が口から溢した『縁起でもない』言の葉だが……確かにそれは事実だ。


 橋から足を踏み外せば谷底に真っ逆さま——『ひとたまりもないな』まさにその通りである。



 そして……



 ここで2人が石橋の丁度真ん中……半分を渡り切ろうかとした。



 次の瞬間だ——





——ドッッゴォォッッッッーーーーーン——!!!!



「「——ッッッ!!??」」



 急に、2人の居る地点より上層から——轟音が破裂した。



「——ッ!? リア!! あぶない!!」


「——ッッッ!? アイン——!!」



 次の瞬間——



——ゴゴゴゴゴッッ——————!!!!



 僅か数秒後には轟音は夥しい量の巨岩と共に——石橋を直撃——そして……





 アイン、レリアーレが居た地点含め……






 橋は、見るも無惨に谷底へと沈んだ——

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