第51話 野望と決意

「わぁ〜〜すごい……ハハハ! 大きい……ドラゴ〜〜ン! カッコイイ〜〜! やっぱり、近くだと迫力が違うや! ねぇ〜〜凄いでしょフィー! 来て良かったよ〜〜フフフ♪」


「残念ですが……私には正直、マスター程の感受性が無いのか……難解です。ですが……フフ……マスターが喜んで居るなら……私も嬉しいです」


「——ッあ!! そうだ、スクショ(スクリーンショット)撮っとこ〜〜 ♪ 」



 あれから数十分後——



 中腹を跨いだ頃から、カエとフィーシアは足早に最深部を目指し、遂に最奥のエリアとなる【飛竜の棲家】山頂付近—— “竜の寝床”へと到着を果たしていた。


 そして……




——グルルル……ルルル………zzz……




 その彼女達の目と鼻の先には、ここまでくる段階で戦闘を幾度か経験した体躯の小さい個体の竜と、まるで比べるべくも無いほどの巨大な竜が寝床の中心に横たわって居た。

 身体中が真紅の鱗で覆われ、特に目を引く大きな一対の翼が、ここ【飛竜の棲家】の名の由来を担っているかの“飛竜”の姿がそこにはある。

 その姿形は爬虫類を連想させるが、身体中のあちこちには漆黒の牙や爪を具え——鋭利に尖を見せるそれらは狂気に満ちていた。こちらに、この個体の脅威が感覚として伝わってくる。


 が、しかし……この飛竜の息づかいからは……どうも眠った状態だと伺える。


 カエとフィーシアは、飛竜から僅か数十メートルかという距離に接近しているのだが……ここまで無事に接近できたのも、この魔物が睡眠状態だというのが大きく関係している。

 一応カエには、こういった手合いの生物は感覚が鋭いモノだとの認識があるため、光学迷彩の起動——及び、音を遮る装置、無臭薬といったアビスギア内アイテムによって、隠密に長けた対策を講じている。



 だが……



 そんな対策に講じる彼女達の様子は……


 特にカエにかぎる事なのだが——ゲーム脳な彼女は憧れである“ドラゴン(竜)”を間近で観察する事で、どうも興奮を抑え切れないのか……声量を落としてるつもりでも、それなりの騒がしさを周囲に撒き散らす。

 いくらアイテムで音を遮断しているとはいえ……騒ぎに度が過ぎれば、こちらの存在も気取られる心配は当然ある。まず彼女の態度は褒められたものでは無い。


 そう……まるで、子供だ。ゲームに関しての彼女はどこまでも子供だったのだ。


 大型個体の竜とは、安全の観点から戦うつもりが無い彼女達だったのだが……こんな調子で、眠る竜を起こしてしまわぬのか心配である。


 と、興奮するカエだったが……


 その間のフィーシアは、というと——



「あれ? フィー……なにしてるの?」


「見てください、マスター……! 鱗が一杯です!」



 竜の寝床は丸みを帯びた窪地となっている。その中央で飛竜が寝入っていた。

 竜は睡眠時の身を守る為なのかは分からないが——翼をコンパクトにまとめ、長いであろう首と尻尾を曲げる事で、体躯をまるめて身を堅めている。

 その為、竜の体格の全容を正確に把握はしづらいものの、それでも近くに寄れば『一体、全長何十メートルになるのやら?』 と疑問に思わずにはいられない程には、その竜の巨大さは誰しも驚愕に耐えないのは明白であった。

 だがそれでも……そのハッキリと“竜の巣”だと思える窪地は、そんな巨大飛竜をも小さく錯覚させる程の広さがあり。「東京ドーム◯個分?」との表現方法に走るぐらいには広大な造りを見せていた(まぁ、あくまで感覚的話しだが——)。

 カエの周辺は、焦げた様な黒ずみを見せ、周囲とは明らかに別域であると分かる。だがそんな黒ずみに紛れ……同じ色合いの破片が沢山散らばっていた。それは、おそらく、抜け落ちた竜の鱗……カエが所持する一枚だけの鱗とよく酷似している。


 近くにフィーシアの姿がない事に気づいたカエは、そんな彼女の姿を探すと、物静かに鱗を拾う彼女を発見したのだった。



「貴重な鱗が——こんなに取れました! 旅の資金として持ってこいですね」

 

「あ〜〜とフィーシアちゃん? 鱗を集めるはいいけど……それは、インベントリ内に仕舞って出さない様にしてね。見られるとマズイし……でも頑張って集めてくれてありがとうね」


「いえ……これもマスターのためですので……フフフ」


 

 カエを苦しめた要因を生んだ“竜の鱗”がこんなに転がっている状況は複数の点からして、かなり複雑な心境だが——一応は貴重なモノである。

 要は金貨が周辺に転がっている様な感覚な訳だ。

 コレを旅の資金として貰って置くのは、何ら間違った事では無いはず。フィーシアの行動は凄く正しい——しかし、複雑は複雑……

 状況が整うまでは、人目に付かないインベントリ内の肥やしとなりそうだ。



「竜を見るって目的は達成したし……じゃあ〜〜私も、鱗拾い手伝うよ」


「いえ……コレは、マスターの為にと私の判断で始めた事ですので……マスターは暫く休んで待っていて下さい。後は、私が……」



 カエは『竜を見たい!』という、己の欲求が満たされたのでイソイソと資金集めを頑張っているフィーシアを手伝おうとするも……彼女からは「休んでて良い」と言い出されてしまう。


 だが……カエに、そんな提案を受け入れられるはずも無く……

 


「えぇぇ——ッヤダ! 自分だけ休むなんて、する訳ないじゃん」


「ですが……マスターの手を煩わせるのは……」


「……ねぇ、フィーシア……私、言ったよね? 私たちは“家族”だって……“家族”は助け合うものだから……フィーシア1人にばっかり雑用はさせられないよ!」



 フィーシアの提案を突っぱねた。そもそも、カエはフィーシアとは家族になると……そう、硬く心に決めたのだ。コレだけはカエの中では譲れなかった。



「……ッ!? ……で、ですが……」


「それにフィーは妹だから……つまり、私は“お兄ちゃん”……あ〜〜じゃ無くて……今は“お姉ちゃん”……か——? 妹にばかり仕事させて、それを近くで寛いでる姉が傍観しているって状況。私って……凄〜〜く嫌〜〜な……お姉ちゃんじゃない!? それ? フィーシアは、私にそんな最悪な人物になれ〜〜って言うの?」


「——ッ!! 申し訳ありません! わ……私は、そんな……つもり……では……」


「……う~ん……ごめん……ちょっと意地悪な言い方だったか……」



 フィーシアは基本無表情ではあるが……この時の彼女は、薄っすらと泣きそうな目で、言葉を吃らせ俯いてしまった。

 フィーシアには意地悪な言い方をしてしまったが、これも彼女を諦めさせる為の一種の口実だ。彼女の場合、少し乱暴でも考えを一新してもらわねば——彼女の身を尽くし奉仕する態度を変える事は恐らく難しい。カエには、そう思えてしまったのだ。

 別にそれで彼女を困らせたい訳ではない——ないのだが……


 これも、フィーシアの事を思ってこその愛の鞭。



 そして、いつかは——



 この時のカエには、ドラゴンウォッチングの他に——再び、一つの野望が誕生していた。それは、今目の前の、瞳を潤めた彼女を幸せにする事は勿論で……



 そんなフィーシアが——



「——うう〜マスタ〜……」 


「まぁ……ちょこっとずつ慣れていこう! どうせだったら“お姉ちゃん”とでも呼んでみる〜〜なんて……」


「……ッ…………(カタカタ)」


「——は、無理か……ははは、ごめんね! 無理にとは言わないよ——ッあ! でも、(鱗を)拾うのは手伝うからね! コレ、ゼッタイ!! フィーはあっち! 私は、こっちね!」


「……マスター………ッ————貴方の心遣いに……感謝します」


「ははは……お堅いな〜〜」



 彼女は感謝の言葉を静かに漏らすと共に、不器用な苦笑いを見せた。



 いつかは……そんなフィーシアが——

 


 純粋無垢な100%の笑顔を見せてくれる日が来ることを——



 その為に……



 カエは、彼女を目一杯、甘やかす——


 

 そう決めたのだ。







「それじゃ……ぱぱっと拾っちゃおう。日没までには麓まで降りていたいし……」


「——はい……了解です。マスター」


 

 2人は再び作業に戻っていく。


 日没までは、およそ2時間……この場所から、彼女達がその気になれば、恐らく1時間もあれば下山は可能だ——よって残された時間は、余裕をみて20分ぐらいか……? 

 当初の希望として、辺りが暗くなる前には麓まで降り。セーフティハウスを起動し落ち着ければ——と、事前に方針を固め話し合っていたカエとフィーシアだったのだが……


 その事を考慮してか……残された時間を有効に使うべく彼女達は足早に鱗拾いを再開するのだった。


 が……



 その時——



……………………ッッッ………!!



「——ッ?!」


「……? ……フィーシア?」



 作業を再開しようとしたフィーシアが、急に何かに気付いたかの様に、ハッ——とした視線を、あさっての方向へと飛ばした。

 ここ竜の巣のすぐ隣は、断崖絶壁となっているのだが……カエ達も今し方、その崖を登って来て居る。

 丁度、フィーシアが視線を向けた方角も、その登って来た方角であった。そんな彼女は視線を向けたままの状態で膠着している。



「フィーシア? どうかしたの?」


「………マスター……今……」



 フィーシアは周辺の気配を敏感に捉えるかの真剣な様相を浮かべていた。

 その彼女の態度が、視線に飛び込んできた事が気になったカエは……彼女に声を掛ける。すると……

 フィーシアは主人の声を皮切りに、カエに自身の得た“気づき”を伝えようとしたのか……僅かな間を置いた後に口を開く。



 だがそれと、同時に——



——グォォオオオオオオーーーーン!!!!



「「——ッ!!??」」



 背後から、耳を劈く大きな獣の咆哮が上がったのだ。



 その正体……そんなもの——カエ達からしてみれば、1つしか答えがないじゃないか……



 そう……先程まで、寝息を立てていた“真紅の鱗の飛竜”——



 かの空を統べる王者が目覚めた“第一声”に他ならなかったのだ。



「——ッええ!? 嘘!! 何で……!?」


「……マスター! 危ないので下がって……!」



 その事実に驚き、すぐに2人は慌てて飛竜との距離を取った。慌てながらも、その迅速に行動した姿は流石であると言えようか……

 

 だが……この状況は——


 カエは竜を起こしてしまわぬよう……細心の注意を払い対策を講じていたにも関わらず目覚めさせてしまった。

 一時、騒いでいたクセ——細心の注意とは? と思うだろうが……それでも、目覚める兆しは見せなかったのだ。

 今頃になって、竜の意識が覚醒した事が甚だ疑問でしかなかったのだ——彼女には……

 だが一概に、飛竜が目覚めた原因が彼女達の責任かは、この時の状況からは分からない。

 ただの偶然的に覚醒してしまった可能性もなくはないが、理由がどうあれ起きてしまった事実が曲がる事はない。


 本来、この大きな個体の竜との戦闘は、情報不足の観点を考慮してリスキーであると断じていた。



 だがそれも……もう……



 “腹を括る”しかない——



「——ック! 仕方ない……フィー! 戦闘準備!! いつでも迎え撃つ準備……」


「了……いつでも行けます」

  


 そして、2人は光学迷彩を解き——戦闘態勢に入った。



 ——ぐっルルル……グギャーーーーーゥゥウウ!!!!



 竜も準備が整ったのか、初めの咆哮以上の高い雄叫びを上げ、一対の翼を、バサッ——と広げた。

 

 そして……



——グアァーーーーーゥゥウウ!!!!



 大きく前後に翼を羽ばたかせ……次の瞬間には、驚くほどの速さで空へと浮き——天高く上昇してみせる。

 何十メートルもの巨体が瞬間で飛び立ったのだ。明らかに物理法則を無視したかのような不思議現象——


 だが……そんな事よりも……



「……クッ!?」



 カエに襲い来るのは……羽ばたいた瞬間に発生した風圧だった。カエは思わず、激しい砂吹雪に目を閉じてしまい、飛竜の脅威的な上昇速度に驚愕することは叶わなかった。

 


 それに、そんな事象よりも——

 


 この状況は非常に不味い——とカエの警鐘が鳴ったのだ。



 これから戦闘に発展するかもしれない場面。なのに視界を奪われてしまった。さらに、飛竜の咆哮で先ほどから耳鳴りまでもが……カエに追い込みを掛ける。

 この視界と、聴覚を奪われた状況で、もし戦闘に突入してしまえば——? 

 これは大きな失態である。カエはまだ転生を果たして間もない。戦闘を経験したのも数日前から。やはり、コレほどの存在を相手取るのは早かったのだ。



………………………



 そこは経験の浅さが、カエには恨めしく思えてしまっていた。


 だが……そんな後悔を嘆く余裕なんてものは、今することでは無いはずだ。



……マス……ー……



 宙に鎮座するであろう空の王者は……きっと今にでもカエを侵入者として排除すべく、こちらに攻撃を仕掛けてくるはずだ。


 なら……カエがするべきは、視界の回復と、戦闘に意識を集中させる事——

それができなければ、あるのは“死”——なんてことも……



 今すぐ回復に注力を——



 戦闘に集中して——



「——ッマスター!!」



 だが突然、一つの叫び声に注意は刈り取られた。



「——ッ!? ッあ……ッはい?」


「大丈夫ですか……マスター?」


「え? あ〜〜と……うぅ〜〜ん? ッえ? あれ……大丈夫?」



 フィーシアの呼ぶ声を聞き意識の集中力が霧散した。

 急に、彼女が叫ぶものだから……つい驚いてしまったカエ——フィーシアが、これほどの大声を出すのは不思議で……それに釣られてしまった。



「——ん!? あれ……竜は——?!」



 カエの視力が回復し、現状把握に周囲を見回す。

 すると何故か、驚くほど辺りが静かである事に気付いた。竜との戦闘に突入したかに思えたのだが……その肝心の脅威対象の姿が見当たらないのだ。

 カエはその詳細を知るべく、フィーシアに視線を向けて疑問を呟いた。

 


「マスター……その、ドラゴンなのですが……先ほど——谷底の方へ飛んでいってしまいました」


「谷底って……つまり……あの割れ目から下層目掛けて下の方に——ってコト?」


「はい……」



 フィーシアが言うには——どうやら、飛び立った飛竜はカエ達に目もくれずそのまま【飛竜の棲家】の中央に大きく通る亀裂を抜け、上層から下層目掛け飛んで行ってしまったそうだ。

 


「……? 何で……?」


「実は、先ほどドラゴンが目覚める直前……可笑しな物音を聞きました。恐らく、それが原因かと……」


「物音……つまり、竜はそれに反応して——なら、その標的は……」


「はい……別に居るかと……」



 “可笑しな物音” ——先ほど、フィーシアが不思議な反応を示したのは、それに気づいての事だったのだろう……



 物音——



 飛び去った飛竜——



 そして……



 標的——



 コレらが示唆するモノ……つまり、ここ【飛竜の棲家】には、カエ達以外の“何か”が居る……



 それは一体……?



 飛竜は下層を目掛けて飛び去ったそうだが……


 果たして、下層では何が起こっていると言うのだろうか?

 

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