第50話 第三者視点
ラヌトゥスの危険喚起は、結局……カエの好奇心を掻き立てる起爆剤としての役割を全うし、本来の目的を見失ってしまった。
そもそも危険性のあるエリアが近くに点在するなら……その近場を訪れる者に注意を促すのは常識あるものからすれば当たり前な行為。門兵である彼なら人一倍気を使うことであろう。
何もラヌトゥス自身、彼女らに【飛竜の棲家】について話をあげたことは、彼の行動としては正しいことである。
だが……
こと今回に限っては、この世界に転生した“ゲーム脳”のカエにその話をするのは間違いであった。
その、尤もたる理由は——
現在、危険地帯【飛竜の住処】上層を目指すべく“飛ぶ鳥を落とす”勢いで突き進むカエとフィーシア。
いや……ここでは“飛ぶ竜を落とす”勢いで——と言った方が適当であろうか——?
「——はい、討伐完了っと……」
「完全に沈黙……マスター、こちらも終わりました」
「うん、了解〜〜——フィー怪我は無い?」
「はい、問題ありません」
そして……その言葉を体現するかの様に——
この地を訪れた当初より、まだ体躯の小さな子竜と数回の戦闘を繰り広げながらも……当の本人達は、余裕な表情を見せていた。
「じゃ〜また上を目指して進もうか〜〜……ふふふ——早く、“ビック”な竜をまじかで見てみたいよ〜〜楽しみだなぁあ〜〜」
そう——彼女の見せる余裕な表情は、何も今し方の……戦闘に対するモチベーションだけとは限らず、カエの内方する“興”が大いに関係している。
この地を訪れる数刻前に、ラヌトゥスにあれだけ忠告を受けていたにも関わらず……彼女はただ『飛竜を間近で見たい』——その己の私的感情のみが、この地に誘っていた。
それには、彼(ラヌトゥス)の気遣いの一切が反故とされ……寧ろ、余計な一言であったと——何とも彼の思いが報われない。
そして……知らぬ間に、その思いとは別のベクトルに傾向するカエはというと……
この場に居ないラヌトゥスの憂慮を裏切るかの様に竜の懐へ向けて……奥へ——奥へ——と突き進んで行く。
否——【飛竜の棲家】は鋭利に尖った山脈型の天然のダンジョン……“奥”と表現してみたが、実際彼女達が目指す飛竜の元は遥か天上に位置する。
よって、実際は彼女の発した“上”との言が正しかった。
「マスター、1つよろしいでしょうか?」
「………ッうん?」
「私は、今も昔もマスターのサポーターです。私は、マスターの決定を疑いはしませんし、マスターの向かうところは何処であろうと喜んでお供いたしましょう。別に、マスターを疑う訳ではありません。ですが、何でまた“ドラゴン”? とやらを見に、この様な場所に——? 差し支えなければ、お聞かせ願えますか?」
と、ここで——
心情の昂揚を隠し得ないカエとは裏腹に——冷静沈着にサポートに徹し、こんな辺鄙な地にも主の為にと、献身的に付き添うフィーシアだったが……さすがの彼女も、カエの行動理念に疑問を抱いてか、己の不理解をカエに投げ掛けた。
通常、一般視点の第三者の立場でモノを考えれば、目的地を指定され……隣接する危険エリアに近づかない様に注意を喚起されたなら——その言を心に止める。そして、まず 『近づこう!』と考えないのが通例である。余程の事がない限り、大多数の者はその選択しか選ばないであろう。
よって、彼女の言う疑問は当然な発言だ。
しかし……
カエに限っては今回取った行動の裏には……
——異世界転生による非現実の体感——
——自身に備わる人外の力(異世界特典)——
——憧れのドラゴンとの遭遇——
等々と、『感覚が麻痺するであろう条件が揃っていた』事——
また……その他にも……
——“竜の鱗”に関するギルド エル・ダルート支部内部における問題性——
——強請り女来襲——
——通り魔告白男によるストーカー被害——
などによる『カエのストレス値の上昇、及びそのストレス発散の為の息抜き』が、彼女の行動理念に影響を及ぼしていたりする。
しかし……そんな少数派な考えに傾向したカエを他所に、フィーシアはどうも、第三者視点として——大多数の意見派である様だ。
だが……
彼女の言葉の含みからは純粋に『否定』——との意見ではないことが窺い知れる。
言ってしまえば彼女……フィーシアはカエと同じで、一般の枠組みから外れた存在であると言える。
それは即ち、カエに備わる人外の力(転生特定)と同じく、彼女にもまたカエに負けず劣らずのゲーム【アビスギア】の力が備わっているということ。
現在2人が居る場所と言うのは、【飛竜の棲家】と言われる山岳。その中腹辺りを少し跨いだか——といった所まで足を踏み入れて来ていた。
ここまで来る間、危険地帯に足を踏み入れた現状に、フィーシア自身全く苦に感じているようには見せていない。
よって彼女の『不満』と言うのは、何も感情的——“心痛”や、身体的 ——“苦痛”といったモノに有らず。
ただ……
彼女の場合……単に、己の疑問を率直に主人に問うてるだけで……現実主義、効率的な彼女が——今し方の疑問を吐露するのは時間の問題であったのだ。
これもまた、彼女らしいと言えば彼女らしい発言であったと言える。
と……そんなフィーシアに現状を納得してもらおうと、カエは……
「チッ、チッ、チッ……フィーシアは分かってないね。飛竜……まぁ、俗に言う【ドラゴン】って言うのは『ロマン』なんだよ。あの何者も寄せ付けない王者たる風格——それは、この世界(ゲーム)に準じる者として、是非この己の眼に近くで焼き付けたい! そう思うのは必然と言っても過言じゃないだ!」
「…………ふむ……?」
迷う事なく、軽い口調で発言を返した。
この時、カエは事の詳細を『ロマン』だと抜かし仰たが……結局の所、直訳するなら「ただ私的に近くで見たい」と何とも独りよがりな考えでしかない。
これには、思わずフィーシアも疑心顔である。
エルダ・ルートの街を訪れる少し前に一度、大空を飛行する巨大な竜をカエは遠目で目撃している。それに影響されてか、その当初から既に彼女の欲求には火が灯っていた。
そこに【飛竜の棲家】と言う名の“油”を注いだラヌ坊——
結果……その燃料を糧に、こんな辺鄙な場所を訪れているのだ。コレを“私情”と言わずして何と言うのだろうか?
そして……その後も……
「——て、言うのは建前みたいなモノで、本当の目的は力の検証。最初はゴブリンから始まって昨日は狼と虫(カマキリ)だからね。早速次のステップに踏み入ろうとの考えたのさ。結局、街中での情報収集が頓挫しちゃったんだ。今、私たちに出来ることは、“力”に“なれる”事かな〜って。前の世界と今の状態はどうも、少し違和感が拭えない……なら、そのリハビリや確認は早急にやれる時にやっておいた方がいいよ。この世界のことは、まだまだ分からないことだらけだからね。問題に直面する前に、ある程度は力を付けておきたいじゃない?」
「——ッ! なるほど……それ程までに、深いお考えがあっての事だったとはマスター……流石ですね!」
「……ッん!? あ〜……ま、まぁ〜ね? ははは……」
と、何やらカエは長々と話しを捲し立てた。
これは『私情』を隠すためのミスリードの様にも聞こえるが……今の話もカエの中では別段、嘘を語っているわけでもなかった。
しかし、カエの脳内を簡単に細分化するなら……
『検証』2割——『私情』8割——
といったところ……何とも、ご都合主義カエの口八丁な一面が露わになった瞬間であった。
それにしても、さすがはフィーシアと言うべきか……マスター至上主義の彼女は、これをすんなりと受け入れ、いつぞやの眩しい熱い視線をカエに向けている。
「——地元の人間が、『危険地帯』と言うぐらいだしさ。いい感じの戦闘経験が積めると思ったんだ。それに……“大きな竜”が見たいって言ったのも、ちゃんと理由があるんだよ。そもそも、自分の力がどこまで通用するのかを実地で試すのも、大切なんだけども……今回に限っては戦うまでするつもりもないし……」
「……? 戦わないのですか?」
「ああ……あくまで見るだけだよ。別に戦わなくたって、この異世界に存在する脅威を持った存在を知ることが出来るし、いきなり戦闘はリスキーでもある。なら、後々見聞を広めて——情報と照らし合わせた時に驚異度を理解できればいいんじゃない? 情報もまた力ってね〜〜時間は沢山あるんだ——ゆっくり安全策を取るに越した事はないよね」
「……すごく理にかなった考えだと思います。私はまだまだ未熟だったのですね」
そして、更に言い訳を畳み掛けるカエ——
あくまで、理由として『安全策』の為だと吐かす。コレには『危険地帯』に足を踏み入れといて、どの口が言うのか——と、ツッコミたいところでもある。
だが残念な事に、この場には……どこまでも主に甘く盲目信者のフィーシアが彼女を責め立てる訳もなく——既にカエの独壇場でしかなかったのだ。
それでも……
カエの口八丁も、不思議と間違った考えだとは言えない。
異世界に転生を果たしたカエには、この世界で生きていくために女神ルーナによって“力”が与えられた訳だが……実際、それがどれほどまで通用するのか分からない。
初めは当然、脅威度の低い相手から徐々に自身を知るところからだろう。だが、いつまでもその過程を繰り返すだけにいかないのは重々承知で——幾ら人間離れした力が有ろうとも、いずれは自身の脅威に当たる存在と巡り合わないとは限らない。
脅威度を測り、己の知識の中に基準を構築する必要性があり、相対する存在が己より格上であるかの有無を感じ取ることも——また……生きるために必要なスキルではなかろうか。
もし仮に、カエの手に負えない敵が現れたのなら……?
その時は、全力で逃げればいい——今はその時の為の準備期間なのだと考えるなら、カエの突飛な行動にも一理あるのではなかろうか?
カエ達は、エル・ダルートの街の一件から情報収集を諦める他なかった。
であるなら、まず現状で出来ることから着手するのは効率的な考えだ。
いきなり『危険だ!』『近づくな!』と言われる地に、知識も無く足を踏み入れるのは……どうかと思うが……
彼女達のポテンシャルなら、ここまでの道中の戦闘具合からも察するに、特に心配はいらない。
ただ……
ラヌトゥスが促す『危険地帯』との言に含まれる内容は、何も魔物だけとは限らない。
実はそこには襲い来る魔物の他に、“地帯”と表現するように、ここ【飛竜の住処】の『地形』もまた——“危険”の由縁を担っていた。
だが……
彼女たちからすれば、それも大した問題ではなかった。
「う〜〜ん、と……ここら辺かな〜〜……【ダイヤモンドダスト】起動……」
この地はそもそも、鋭利に尖った円錐状の山岳地帯であるといった。ただ、山岳と言うものの……現実は、その山の中央を一直線に縦に真っ二つに割ったかの様な大渓谷——エル・ダルートの街はそもそもが何百もの山々や、溪谷に囲まれた陸の孤島とも取れる立地にあり、【飛竜の棲家】もその内の一つに過ぎない。
初めは何の変哲のない普通の山ではあったのだろうが……中腹にふと出来た地面の亀裂から、山岳特有の強い山風が吹き抜けていく事により——風化を促し——長年の途方もない時間の経過を経て——現在の地形を形成していった。
カエ達が現在居る地点というのは、その大きな亀裂の内部となっている。
通常山岳と聞けば、その山の側面をただ頂上に向かって歩めばいいと思うだろうが、山肌もまた尖った形状の岩が蔓延っているため、ただ闇雲に登山をするルートは現実的ではなかった。
それに、この地を目指す者は当然安全かつ通り抜け可能なルートを選び【飛竜の住処】を目指すのだが……必然に取られ、ルート選択を推し進めると、何故か必ず亀裂の内部へと誘われる特殊な地となっている。
カエ達も順当に進んで来たことにより、先人達よろしく亀裂内部へと足を踏み入れると、何千メートルにもなる断崖絶壁をひたすらに最深部を目指し登って来ていたのだった。
「フィーシアこの辺りから進もう。恐らく“飛竜の寝床”はもう少しだと思うし、後は一気に進んじゃおう!」
「了解しました」
「一応大丈夫だと思うけど、足元には気をつけてね?」
「その点は心配は無用かと……私はマスターを信じてます。きっと大丈夫です」
カエは再び最深部を目指し、断崖絶壁の攻略に乗り出す。
かに思えたが……ここで、なんと、彼女が進もうと示した先は——
とても人が通れる様な、以前に……そこには何も存在しない“崖”であった。
下を覗き込めば……渓谷特有の奈落の底だけが静閑とあり続けるだけ。
ここから一歩でも前に足を踏み出せば間違いなく、一般人では無事では済まない。
だが、カエはその断崖絶壁を前に——自身の力であるシステム【ダイヤモンドダスト】を起動してみせた。
何故、戦闘でもない場面で『盾』を顕現させたのか——?
一見、彼女の行動は理解しがたく思えるのだが、それが必要と迫られた答えは、自ずと目の前に現れた『盾』の形状を見れば——
一目瞭然となる。
カエの内包する根幹ともなる力——システム【ダイヤモンドダスト】
戦闘面では通常使用時、彼女の周りを無数の青いガラス片が浮遊し、それらをプレイヤーは操る事が出来る。
その尤もたる効果は——『盾』
破片を集中させる事で、一定の硬度を生み、敵の攻撃に対して絶対的な防御を体現する。
また副次効果として、その硬質の破片を対象に打ち付ければ“打撃”となり、鋭利な面で薙げば“斬撃”となる。
大まかに、彼女のシステム機能を解説するなら以上の通りだ。
しかし……それ以外にも……
【アビスギア】にとって、“それ”は余りにも使い勝手の観点から——殆どのプレイヤーから見向きもされず忘れ去られてるとさえ言っても過言ではない機能がある。
システム起動により具現化した破片達は一見……フワフワ、と軽々しく宙に漂っている印象だ。実はゲーム内ではこの宙に浮く破片を踏み蹴る事により、空中を『立体駆動』することができるのだ。
『立体駆動』……厨二心をくすぐる様なカッコイイ響きの言葉だ。聞く限りでは、「大空を素早く折れ曲がる様に飛び回り相手を翻弄する」的な立ち回りで強そうなイメージが付く“必殺技”の様ではあるが——
事実——ゲームではその様な使い方も、やろうと思えばやれなくもない。
しかし……そこには1つ条件がある。
[装備品の総重量]
この立体駆動なのだが、余りにも装備品が重過ぎると、跳躍がままならず……正直、まともに機能しなくなるのだ。
では、装備を軽くすればいいのか——? とすぐ思うことだろう。だが……思い出してもて欲しい……あくまで【ダイヤモンドダスト】と言うシステムの機能の尤もたる使用例は『盾』である。
盾は、考えが普通なプレイヤーなら堅牢さを活かすことに注力する。よって、自身の防御力を突出させるのだ。すると、自ずと得物も大手の物が中心となり、防御力に優れた戦闘服は大方、重圧で重いと相場が決まっている。
結果【ダイヤモンドダスト】は『立体駆動』という技には不適切という訳なのだ。
それでも、あえて『立体駆動』を使いたいと考えるプレイヤーは……
頭の可笑しな変人——
ロマンを求める変人——
無知者——
ぐらいであろう。
それに……わざわざ【ダイヤモンドダスト】で『立体駆動』を実現させるよりも——別の種類のシステムに『立体駆動』に似た動きに突出した物が存在する為……殆どのプレイヤーはそちらを選ぶのだった。
これらの観点が、【ダイヤモンドダスト】の『立体駆動』が数多のプレイヤーに忘れ去られ、廃れた理由である。
そこで、話しを戻すが——
今、カエの目の前にあるのは、その『立体駆動』の応用……
破片が段違いに形成され……宙に滞在する事により、出現したのは——蒼白い輝きを放つガラスの『螺旋階段』であった。
本来このダンジョンを攻略する冒険者は、崖をよじ登る為の道具を取り揃えたり、時には断崖の壁にあいた……“上部に抜けることの可能な傾斜の洞”を抜け——時間を掛けて攻略に当たるものだが……
しかし……ここまで登ってくる過程で、カエは立体駆動の応用機能を使用し、安全かつ脅威的な速さでこの断崖のダンジョンを攻略して来てしまっていた。これがこの地の“地形”が彼女達の脅威ではないと表現した所以だが……その様はまるで、先人達を小馬鹿にして笑うかの様であった。
ゲーム内では『立体駆動』の言葉が忘れ去られても、システム【ダイヤモンドダスト】使用者は、足場形成や高所移動時に今のカエと同じ使い方をする者は多かった。
因みにカエはゲームプレイ時、戦闘面で『立体駆動』を頻繁に使用していたので“変人”の1人である。
そこには、彼女がその気になれば、能力フル稼働で文字道理の最短距離、短時間で上層へと駆け上がることもできたが——勿論、それにはサポーターであるフィーシアも“カエとはシステムが違えど”付いて行くだけの能力はある。
が……カエは、あくまで能力調査の肩慣らしだと供述しているのだ。そこは、自身の体面を気にして、天へと続き輝く階段で誤魔化したのだろう——よって、適度な速さで登って来ている訳だ。
それでも……
この世界の住人の基準からすれば、異常なまでの速度ではあるのだが——
「マスター……日没までの時間なのですが……これほどかと…………」
「うん? ああ〜うん……わかった。でも、今の速さでも間に合いそうだね。じゃ〜〜もう少し頑張ろう〜フィ〜シア〜!」
「——ッはい……了解です。マスター」
そんな彼女達は、余裕な様子で階段を踏み締める。
竜の居る寝床まで後少し……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます