第49話 飛竜の棲家

【飛竜の棲家】



 そこは、空に向かい高々と聳え……かつ、地の底へ深く沈み込んだかの断崖絶壁の渓谷。大地に刻み込まれた大きく広大な傷跡を、無許可に風が吹き抜け悪戯に撫でていく——

 その風音は——足場の乏しいこの地に踏み入った者には谷底へと誘う死の歌に聞こえ……空を舞い踊り、谷間を抜けて行く渡り鳥にとっては舞踏曲となろう。


 ここ大渓谷は、エル・ダルート近郊の【飛竜の棲家】と呼ばれる複数点在する渓谷の1つである。

 

 谷と表現したが、その実情は険しく鋭利に尖った円錐形の山脈——その中心を巨大な剣で両断し割ったかの様な地形をしていた。

 谷間は足場が少ない断崖絶壁を形成し、人が訪れるにしては過酷なエリアである。それも……この渓谷の名前にもある通り、飛竜がこの地を好み多く生息するのだから、その危険性は尚のことだろう。


 だが、その様な危険のある場所でも一部の腕に覚えのある冒険者は、果敢にも足を踏み入れる事がある。

 腕に覚えが無くとも——貴重な竜の鱗を求め、やって来る者も居たが……無謀な者は大抵、谷風の奏でる死の歌を恨みながら谷底に沈むか——歌を聞く余裕もなく、竜の腹の中か……


 兎にも——角にも——奢りが過ぎれば、簡単に命を失ってしまう天然のダンジョンが、ここ【飛竜の棲家】なのだ。



 だが本日は——


 風切りの音に紛れ、魔物と戯れる武闘の曲を奏でる者が……



 ドラゴン見たさに安直な考えで……しまいに冒険者でもない2人の少女が、この過酷な地に足を踏み入れていた。

 

 



「——ッおりゃあ!! 次ィイ!! 【ダイヤモンドダスト】!!」


『グギョアア———!!??』


「マスター! 伏せてください……」


「——ッん!?」

『ギャギャ——!! ————ッ? ………』


「——ターゲット……沈黙……」



 谷の中腹……そこには3メートルほどの小型の飛竜と戯れるカエ、フィーシア両名の姿があった。

 『3メートル』と聞けば生物にしては大きく感じるが、成体の竜は軽く20メートルを超える事から、カエ達が戦闘を繰り広げている飛竜は、まだまだ子竜である。


 襲い掛かって来た竜は全部で4体。


 カエは、地に降りてこちらを威嚇する様に咆哮を上げた1体の竜に瞬間的に接敵し、自身の大太刀の一刀でもって斬り伏せる。

 そして、続け様にシステム【ダイヤモンドダスト】を起動——彼女の周囲を無数のガラス片が、太陽光を反射し煌めき奔流した。

 カエが、宙に鎮座する飛竜の1体目掛け腕を振れば、その無数の青いガラス片が飛来し——両翼の根本を見事に切り落として見せた。

 翼を失った竜はそのまま地面へ叩き付けられ、その時の衝撃がトドメとなって“絶命”——


 飛竜も自身より矮小な生き物に負けじと、仲間の命を奪ったカエ目掛け、自身の武器——鋭利な鉤爪を突き立てようと、高速で飛来——

 カエはそれを迎え撃とうと、【ダイヤモンドダスト】の破片を手元に戻し、自身と竜の間に大盾を造るも……その盾が役目を果たす間もなく、フィーシアの遠距離からの狙撃が、竜の首を撃ち抜く。そして、死して尚勢いが止まらない子竜は、その勢いのままカエの隣りを素通りし、砂埃を上げて地を転がる。やがて岩壁に激突する事で沈黙した——


 カエがフィーシアへと視線を向ければ、既に、最後の1体の飛竜が片翼を失った状態でフィーシアの隣りに骸となって転がっていた。


 

================================

------ログ------

        :

        :

------飛竜〈幼体〉を倒しました

------飛竜〈幼体〉を倒しました

   >>>>戦闘終了……

   >>>>討伐タイム 16.78秒



================================



 ——戦闘……と言っても、僅か十数秒での出来事である。


 

「おお……流石はフィー……」


「……ッ——マスターに、お褒めいただき恐縮です……」


 

 そもそも、何故……カエとフィーシアが街を離れ、人が寄り付かない危険な渓谷で——それも、冒険者紛いの竜退治をしているのか?



 それを説明するには、数刻前へと遡り……



 ある人物との出会いが関与していた。







——数時間前——





「はぁ~〜……そんなことが——」


「ええ……そうなんですよ“ラヌトゥス”さん……ですので、今日はもう宿に戻って大人しくしていようと考えていたところです」



 カエが、ここエル・ダルートで置かれた自身の状況に落胆し、いい加減諦めて宿屋に引き篭もってしまおうか……? と行動に移そうかとしている最中——

 

 ここで唐突に、気鬱となった彼女に話し掛けてきたのは、昨日この街を訪れた当初お世話になった門兵の男“ラヌトゥス”であった。

 彼は、門前に広がる倉庫広場で、隠れる様に腰を落ち着けたカエを見つけると……その見知った人物の気落ちした様相に、堪らず声を掛けたそうなのだ。

 

 気が付けばカエは——事の経緯を彼に話していた。


 カエ自身この時、何故彼に相談したのかは分からなかった。鬱気な様相を目撃されたことが、要因の一端ではある。その状態に思考が定まりづらくなっていたことも関与しているのだろう。

 ただ……ラヌトゥスはこの街を訪れ、右も左も分からないカエに今後の指標を示してくれた優しい人物である。そんな彼だからこそ……カエは、この男を信用に値する唯一の人物であると——希望を見出したのかもしれない。


 そして……



「確かに、この街のギルド支部は、上の人間が変わった事で、良い噂はあまり聞かなくなったって言うけど——それで、今後は君達どうする予定で……?」


「嗚呼……そこは……取り敢えず、宿でもう一度方針を固めて早急にこの街を出ようかなぁっと……幸い、宿の女将さんは良い方だったので、彼女から近隣の街の情報を聞いてから——と、いったところが無難なところですかね……?」



 カエはここへきて、この街を出る算段を模索しだしていた。本来は、もっとゆっくり時間を掛けて情報を吟味し、精査した後に旅立つつもりでいたが……

 強請り女の取り巻き冒険者の多いこの街で、これ以上騒ぎを起こさずに情報収集は困難だと判断した。

 そもそも、カエは何も悪い事はしていないにも関わらず、犯罪者の様に追いかけ回される。これでは、この街に居続けるのは今となっては居心地が最悪。滞在なんてこっちから願い下げである。

 であるなら、もうカエ達に残された選択肢の最終手段——そこへ、意識が向くのは至極もっともであったのだ。

 まだ、街中ではカエ達の捜索は続いている。ここに居続けても、おそらく見つかるのも時間の問題である。

 せっかく心配して声を掛けてくれたラヌトゥスには悪いが、ここは足早に彼には、別れを告げて宿屋へと——


 と、カエが考えていると……



「——ちょっと、それは待ってくれないか?」



 ふと、ラヌトゥスから呼び止められてしまう。

 それは、事の詳細を聞いた彼が、考える素振りを見せた数秒後の事であった。


 

「ここは1つ……俺に任せてはくれないだろうか?」


「……? 任せる? 何をです?」


「いや、特に他意はないんだ。君たちは、今濡れ着を着せられ冒険者に追いかけられているのだろう? 聞く限りでは、君達は何も悪い事はしていないし、それに俺も“竜の鱗”を持っていた事は荷物の検査時に見ている訳だ。だから、ちょっと俺に時間をくれないか? 今すぐには、門前の警備でココを離れる訳には行かないが、就業後に上司に話してみるよ」



 いきなり「任せて」と言われた事に、カエ自身驚いた。だが、どうやらラヌトゥスは上に掛け合って、この問題を解決しようとしてくれるみたいだ。

 門前の警備を任されている辺り、彼は街の治安に関するコネは持って居るのだろう。この状況をどうにか出来るなら、カエにとって願っても無い申し出ではある。


 ただ……



「それは……本当にいいんですか? 私の感覚の話ですが、この街のギルドの問題は……かなり根の深い話だと感じました。それで、ラヌトゥスさんが行動に出て、アナタ自身は大丈夫なのですか? 私たち、知り合ったばかりで……何でそこまで……」



 申し出は有難い。しかし、その行動をとる事で、果たして——ラヌトゥス自身が大丈夫なのかとカエは不安になった。


 だが、彼は……



「だ、大丈夫だよ! きっと…………お……お、女の子が困って居るんだ! それは男としては黙ってられない!」



 強気な、姿勢で返答を返してくる。しかし、言葉が定まりきらないラヌトゥスを見ていると……カエは、とても心配である。



「——ッ……お、俺はこの街の門兵——門兵は誰よりも、訪れる旅人を向かい入れ……そして、送り出す者! それでいて、街の治安維持の最初の要と言っても過言じゃない存在だ。この街を訪れた旅人が、このエル・ダルートの街に嫌気をさして旅立って行く姿は……門兵として見ていられない! 折角、自分が守っているこの街に来てくれたんだから……ならせめて、その人の笑顔ぐらい守れなくちゃだめだ! だから……そんな君達の笑顔を守る為なら……」



 つい、不安に駆られたカエを察してか……次の瞬間にはラヌトゥスは言葉を捲し立て始める。

 一見そのセリフは、歯の浮く様なありきたりな臭いセリフである。しかし……このラヌトゥスという男——本当に根が優しい人物なのだろう。

 でなければ……昨日出会ったばかりのカエ、フィーシアに対して、自身の身を考え見ずに、ここまでの申し出は簡単には口にできまい。


 なら、ここは1つ彼の男気に報いてあげなければ、野暮なのではなかろうか……?



「…………」


「……ッ!? あ、や……く、臭すぎたかな? 俺のセリフ……ははは……いや、でも……当然の事だから……別に……へへへ……」


「分かりました」


「……へえ?」


「そこまで言うのなら……お言葉に甘えて、頼らせてもらいますよ。フィーシアもそれでいいかな?」


「はい——私は問題ありません」


「——ッ!? お、おおとも!! 大いに頼られるともーーははは……!!」

  


 そして……カエは彼の申し出に承諾した。


 カエが軽く顔を綻ばせて返事を返すと、ラヌトゥスは何やら顔を赤くさせ動揺していた。この事に、疑問に思うカエだったが……深くは追求をしなかった。



「でも……もし、危なくなる様なら無理は禁物ですよ。それだけ約束してください」


「あ、ああ……わかってるよ……」



 ただ、勿論それには彼の安全が第一である。カエは最悪のケースでもこの街を出ればいいだけだが……彼は実際この街に住んでいる。そんな彼がこの街を追い出されるのは、流石に悪いので、そこは無理をしない様にだけ釘を刺して置く事を忘れない。


 ここまで言っておけば恐らく大丈夫であろう。



「では……私たちは一旦……宿屋へ……」


「ああっと——そのことだが……」



 話しも終わったかに思い。事態の収束まで宿で待機をと……カエが会話にピリオドを付けようかとした矢先——

  


「君たちには、一旦街の外へ出て貰いたいんだが……」


「街の外へ……?」



 ラヌトゥスは更なる提案をしてきた。


 

「それは……また何で……? 宿の人が怪しいとでも……?」


「いや……そうじゃないんだ。どこの宿を取ったかは知らないが……宿屋は、冒険者の出入りが激しい施設だ。どこから見られるとも限らないし……宿の店主には良くして貰ったのだろう? なら、最悪宿屋自体に迷惑が掛かるのだけは避けるべきなんじゃないかと思ったんだよ」


「まぁ〜……確かに……」


「それで……エル・ダルートに居ること自体、結構危ない橋だと思うんだ。“この街で笑顔でいて貰いたい”と言った矢先ではあるが……ここの門を出て真っ直ぐ行った森の中に野営要の広場がある。俺が行動している間、2人にはそこに退避していて貰いたい」


「ふむ……」



 ラヌトゥスの話は納得のいく内容であった。確かに、カエ達がお世話になった宿屋【孫猫亭】に危害が及ぶのは、カエにとって不本意である。



「2人は……野営の経験は……?」


「あぁ……多分、大丈夫です」


「そうか……なら、通行許可を発行してくるよ。ギルドで“ノート”は貰ったよね? 貸してもらえるかい?」


「あ……はい……」



 そして……とんとん拍子に話は進んでゆく。野営の心配が出たが……それはセーフティハウスがあるため大丈夫であろう(※純粋野宿は無理)。彼の提案はカエの中に受け入れられる。



 ただ、心配だったのが……



「でも……その野営地は大丈夫なんですか? そこにも、冒険者が居たりするんじゃ……」



 その彼が提案した野営地にも、監視の目が有るのでは……と思えるのだ。

 しかし……それに対して……



「それは、恐らく大丈夫だよ! その野営地と言うのは、近場の狩や依頼を長期的に遂行する冒険者が利用する所で……つい昨日から拡散し出した噂を耳にする冒険者は居ないだろう。それに、君達を探す者は大抵街の中を探し回ってるみたいだし……」

 

「それでも……外に探しに来る冒険者が居ないとは……」


「それも大丈夫……! 探しに行った所で、あの野営地は国が管理しているから。エル・ダルートから国管轄の管理人が定期的に巡回しているんだ。この街は国境に近い最後の街だから……街の外の監視は割としっかりしている。そこで、もし問題を起こそうものなら冒険者なんて、ひとたまりもないさ」


「へぇー……そうなんですね。なら、この街のギルドの監視もしっかりして貰いたいモノですけど……」


「ははは……その通りだ。何とも耳の痛い話だけど、国が監視しているのは街の外——特に国境とこの街の間なんだ。街の中は、街の衛兵が居るからっ——て、国はあまり関与しないんだ。ただ監視員が寝泊まりしてるだけでね。ギルドはギルドで“特殊な監査員”が居るらしいけど……こんな辺鄙な街には、なかなか手が伸びないんじゃないかな……?」


「灯台下暗し……てやつですかね……?」


「とうだ……もと…暮らし? それは、君の祖国の言い回しかな? まぁ、この街に居るよりは何倍もマシだと思えるよ。ただ念の為、テントを張ってからなるべく外に顔を出さない様にはしていたほうがいいかな?」


「分かりました」



 と——最終的に外へ一時的に対比する方針が固まったのだった。



 その後は、ラヌトゥスによって街を出る許可を出して貰ったのち、足早に野営地を目指したカエとフィーシア。

 この一時的退避の期間はラヌトゥスとの相談により、2日と定めた。

 2日後——落ち合う場を宿屋【孫猫亭】とし、宿屋の方にもラヌトゥスが話を付けてくれるとの事。至れり尽くせりで嬉しい限りである。



 ただ……



 ここまでの経緯では、カエ達が【飛竜の住処】を目指した理由が一切感じ取れない。

 だが、その答えというのは——この時ラヌトゥスとの別れ際……彼が最後に発した言葉に原因があった。



「——ッあ! 最後に1つ注意事項を……」


「——ッ……と、何でしょう?」


「ここの門を出て真っ直ぐ道なりに進めば、今話した野営地にはたどり着くんだ。でも道中、右手の方に尖った険しい山岳が見えて来ると思う」


「尖った山岳?」


「そう……その山岳は【飛竜の住処】と言って、ちょっとした危険地帯になってる」


「——ッ! ヒリュウ!?」


「今の時期は繁殖期で竜も殺気だっている。だから、絶対に道から逸れず真っ直ぐに野営地を目指すんだ。【飛竜の棲家】に近づきさえしなければ、特に襲われる心配、は……」


——ソワソワ……


「……あれ〜……おかしいな? ここは、怖がるところだろうに……何故君は、そんなにもソワソワしてるのだろうか……?」

 


 と、いったように——


 

 ラヌトゥスの口から『ヒリュウ』との単語が放たれた瞬間より、カエの好奇心に強く刺激を与え——その結果……



 なんて事のないただの注意補足だったが……それは、彼女を焚き付けるには十分だったのだ。





 野営地を目指す道中——



「フィーシア……提案なんだけど……」


「……ッ……何かありましたかマスター?」


「いや〜〜“何か”ってほどのことじゃないんだけどね。さっきの、ラヌトゥスさんの話しに出た山岳地帯……」


「【飛竜の棲家】……ですか?」


「うん……その〜〜まだね……時間も〜〜時間だし〜〜」


「…………はい……」


「…………行って見ない?」


「…………」



 という会話がくり広げられ……彼女達は【飛竜の棲家】を目指した訳だ。



 ラヌトゥスは、彼女を思って危険を知らせたというのに……話してしまったがために危険地帯へと誘う形となった。



 何とも彼(ラヌトゥス)が報われない話である。



 

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