第57話 魔弾を切り裂く攻防
レリアーレが戦闘に入った同時刻——
必要に駆られ、A級冒険者を襲う運びとなったB級冒険者……“レノ”——
彼は、ここ“飛竜の棲家”にて、2人組の冒険者パーティー【清竜の涙】を待ち伏せ強襲。そして、レノが放った魔法の一撃はアイン、レリアーレの2人を引き離すことに成功した。
そして、レノは近接職のシーフの男の相手をし……もう1人の神官を仲間の2人に一任する。
神官など……近接で攻め立てれば取るに足らない存在。大方、大した時間をかける事なく、始末を付ける事は簡単に想像できる。2人で、1人を叩くなら尚のこと——
後は、仲間の
何のこともない……簡単な事である——
だが……
(ふざけるなぁあ……! どういう事なんだ、“コレ”はッ——!?)
何の造作もないことの筈——
別に、2人が神官の相手が務まらないとは思っていない。
それに、自分自身もA級と渡り合えないとは考えていなかった。ましてや、
男にとって……容易い筈……だった……
なのに……
(——ッ何で、この俺が……?!)
レノは苦戦を強いられ……大いに手を拱く結果となっていた。
「燃え尽きろよA級——!
フルプレートの男【レノ】は、アインに対し手を振り切る。すると、男の手は炎を纏い——まるで振り切る遠心力により飛び散らせるかの様に、魔法の弾丸が複数放たれる。
アインは——それに……
「エンチャント——
自身の2本の短刀に、魔力を纏わすと飛び仕切る炎の乱弾を1つ……また1つと見事に切り落としていく……その弾丸は決して——弾幕、弾速共に生半可なモノでは決してない。しかし、それでも一撃たりとも取りこぼさないアインの剣速もまた負けず劣らず——上級の冒険者に恥じない姿勢を体現してみせている。
「——ッチ!!」
コレには、レノも顔を顰め舌を打つ。
短刀の刃と魔法の弾丸が衝突する瞬間——激しく破裂音を発するものの、その火炎による衝撃は一切アインに届く事はない。そこには決して魔法の威力が低いといった理由があるのではなく。それは、耳を劈く程の破裂音を奏でていることからもよく分かる事だ。
ただ、その勢いを去なす最もたる功労は、アインの持つ短刀に巻きついた風の奔流にあった。
風魔法のエンチャントによる効果……それは『弾く力』である。風は、魔法、打撃に対し、共に弾き飛ばす力が魔法の中でも随一。例え、自身よりも大きな物体や自称が発動者本人に降り掛かろうとも、場合によっては起死回生の一撃を生む事ができるのが『風魔法』なのであった。
だが……そんな『風魔法』でも、尤も不利になるのは『炎魔法』である。
「何で……俺の炎(火炎の弾丸)が、風魔法の——エンチャント如きに負けるんだ!?」
そして、それにはレノも疑問に感じていたのか——吐き捨てる勢いで叫びを上げる。
何故……アインの風刀が、簡単に炎の弾丸を切り裂いたのか——? 実はコレにも魔法の熟練度が関与してくる。
もし、同じレベルの者どうしが『エンチャント』、『魔法』をぶつけ合った場合——基本勝つのは『魔法』の方である。それもそのはず——『エンチャント』は魔力をただ武器に纏わしただけに対して、『魔法』とは魔力を圧縮させ方向性や形を持たせたモノを言う。したがって、そもそも内包するエネルギーが違うのだ。レノが「エンチャント如きに…」と表現を挙げたのもコレが関与してのものだ。
だが……今回に限っては——
アインの『エンチャント』なのだが——この技術を彼に教えているのは“誰”なのか——そんなの1人しかいない。そう、“レリアーレ”である。
彼女は、『光魔法』使いの【神官】——根本からして『光魔法』は魔法の属性の中で特に習得難易度の高いモノである。したがって、それを極めた彼女は魔法職の卓越者なのだ。
アインは常日頃冒険者として技術を磨いているのだが、魔法に関しての直接の『師』と呼べる人物は、同じパーティーメンバーのレリアーレである。コレほどの適任者が近くにいるのだから、魔法に関して師事するのなら彼女の他ない——
また、アインは『魔法』を学ぶ上で、敢えて『エンチャント』のみに絞り“魔力弾”や“障壁”を捨てていた。
アインは近接職——そこに魔法をも使用する者を【魔剣士】とも言うのだが、魔剣士は器用貧乏になりやすい傾向にある。
『魔法は学ぶは一生』……そこに剣技ともなると、かなりの所業なのは容易に想像が効く。ただ、エンチャントのみを極めるとなると話は変わってくる。
アインはそこをレリアーレより学び突き詰めることで、それだけに限れば、かなり熟練度が高かった。
炎に風魔法をぶつけてしまうと——本来、炎を強めてしまうのが当たり前なのだが、アインのエンチャントには炎の弾丸をも上回る魔力と技術が織り込まれていた。
アインは、
しかし彼は……時に突飛な事に走る可笑しな人物でもあるが、その裏ではセンスの塊の様な“鬼才”でもあった。
彼のエンチャントは、ただのエンチャントではない——アインの学ぶ力、吸収する力とは、常人に比べると卓越している。したがって、彼のエンチャントに及ぶ熟練度は限界を超え……今では、『魔法』と言って過言でない域に片足を踏み入れつつあるのだった。“鬼才”と彼を言い表したのはこの為である。
それに対して……
B級冒険者レノが扱う魔法は、彼自身独学で学び形にしたモノである。独学で魔力の弾丸を形成するまでに至った彼の技術とセンスには驚きを禁じ得ない。だが……やはり“独学”では限界というものが、どうしても付き纏う。
魔法を学ぶうえでは『教えを請う』のが一般的で、魔術の学園への入学——もしくは、有名な魔術師に弟子入りが通例である。というのも、そこまでしなければ一流の魔術師は愚か、魔法を扱う事すら難しいのが当たり前なのだ。
レノの放った
だが……
この魔法合戦は、アインが優勢だとしても、事戦闘に限ってはどう転ぶかは分からない。たまたま開戦の初撃が魔法であっただけのことであり、アイン——レノ——両名は、そもそも近接職であるからして、その本質は……
アインは、
そして、爆発音はアインに耳鳴りを残し、周辺の気配感知を妨げる。
よって、その瞬間——アインの視界から……
「——ッ! あの男 (レノ)は……!?」
散々、投げやりに炎の弾丸を放っていたレノの姿を見失った。
「一体どこに——!」
アインは、すかさず周辺を見渡す——魔法の余波の爆煙はまだ若干漂っていたが——1人の人間を包み隠す程のものではない。
まるで、男が煙となって消えいったか——? と冗談に似た考えが巡ったが……実際そんな事はあり得ない。
したがって、次にアインの向けるべき視線の方向は——
「——っ上か!」
周囲ではなく上——その考えに至るのも、周辺に遮蔽物が無いことからも簡単に思い至る……よって、アインは直ぐ宙へと視線を向ける。
「——ッ!!??」
すれば再び——
すかさずアインは自身の短刀を反射的に振るう。一拍、発見が遅かったのか、その対処は初撃を防いだ時ほど、衝撃を完璧に防げてはいない。若干、アインにもダメージが及ぶ——しかし、それでもまだ許容の範囲内。武具を纏わない肌が剥き出しの部分に軽い火傷を負ったが、コレぐらいならまだ(レリアーレの)回復魔法で簡単に治癒は可能である。
それに……アインの足元で気を失った“彼”は完全に守り切れている。よって、まだ慌てる段階にまでは至らない。弾丸はまだアインに降りしきってはいたが、それを切り裂くにつれて、彼は気流に修正を加える。そして数秒後には、衝撃を完璧に防ぎ切る。
1つ……また1つ……と弾丸を捌いていき——やがて、弾幕の壁が晴れた瞬間——ようやく……捉えた——
「コレも、捌き切るのかよ——!? クソがぁああ!!」
見失った男……レノの姿だ。彼はアインに自身の存在がバレた事を悟ると、声を荒げて悪口雑言を漏らす。そんな彼は、それでも諦めていないのか両手で自身の得物——大きなバスターソードを振りかぶっていた。
そして、その巨剣はアイン目掛け、振り切られ——いや……
(——ッ!? 違う!! 狙っているのは“彼”か!!)
レノの狙っていたのは、アインではなかった。正確には刃の軌道上にはアインも含まれている為、一概に意識がいっていないとは言い切れないが——レノの表情には、悪態を吐きながらもニヒルな笑みを覗かせていた事から、真の彼の狙いには瞬時に予想はいった。
現在、アインの足元には戦闘に入る前に、奇襲を掛けてきたところを気絶させた青年……“シュレイン”の姿がある。
アインはレリアーレと分断を余儀なくされた炎球を受けた場面で、咄嗟に彼を抱えて退避していた。そして、レノとの戦闘が苛烈を極め始めてから今に至るまで、アインは気を失ったままのシュレインを守りながら戦っていたのだ。本来なら、自身の命を狙ってきた彼を守る義理はないのだが……レノの彼に対する口ぶりからは『脅迫』に近く——脅されてた事実を知って、彼を助ける方針はアインの中では既に固まっていたのだ。
戦闘に関して言えば、彼の様な荷物を抱えては隙に繋がってしまう危険な行為ではある。
だが、アインという人物は困っている人を見過ごせない飛んだお人よし……例え、危険な選択だとしても、可能な限りでは人命の為に自身の信念を貫く——そんな人物がアインである。
それを念頭に——
アインとレノの戦闘が激化してからというもの、レノの放った魔弾はアインを狙って——というよりは、シュレインを巻き込む積もりで放たれていた。それは、アインの良心に漬け込んだレノの戦略——何とも卑怯な行為ではあるが……アインの甘い考えは戦場では本来不釣り合いなのだ。どちらかというと、レノの様な冷徹、卑劣な者の方が生き残る——そんな皮肉が支配する世界が戦場なのである。
だが……
ここまでのアインの戦闘では、見事に降り仕切る炎の弾幕から見事にシュレインを守り切っていた。そこには、魔法の余波すら通っていない。不意の攻撃では、軽い火傷を負ってしまったが、それでも青年だけは守り抜いていた。
コレには、流石であると——アインは賞賛に値する。
そして……
現在、レノは魔法から切り替え……巨剣による一刀をお見舞いしようとしていた。勿論、狙うはシュレインだ。コレで、アインの動揺、隙が生まれたならレノの思惑通り——そして、今のアインはレノの一撃を防ぐのは難しいと思えた。
何故なら……
一見、アインはバスターソードの一刀を、今まで散々披露していた『風魔法』のエンチャントを用いて防いでしまえばいい場面にも見える。だが、それには少し問題があった。
実は、【エンチャント】とは——付与してから、使うにつれて磨耗する。そこには、武器に流した魔力の力を借りて事象を引き起こしているのだから当然で……有限とはいかない。そして、アインは
レノによる一刀はアインの直ぐ目の前へと差し掛かってきている。今からエンチャントを切り替えるのは、猶予的に考えればギリギリのライン——だがそもそも、直前まで切り伏せていた
コレには、レノも……
(……ッ取った!!)
と、内心では確証していた事だろう。
だが……
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