第100話 弱点
『——で、さっきも言ったけど……その魔物の名前は幻獣【ミスト】——普段は滅多に出現報告の上がらない。珍しい魔物だよ』
「まぁ……“幻獣”と言ってるあたり、珍しくはあるんだろうよ……それとも、攻撃がすり抜けるように再生されるから『
『そこは、どちらともな存在だと言えるかな。ただ、幻獣って言うのはとても厄介な魔物なんだ。脅威としてはドラゴンの方が上だが……厄介なのは幻獣の方が上さ』
「ドラゴンより、厄介……確かに、ドラゴンと戦った時に比べて手こずってるからね。てか、ドラゴンは不意打ちで一撃だから……戦ったまでは言えないけど」
幻獣【ミスト】——この魔物は、幻獣と言うだけあって珍しい存在であるようだ。そんな存在と、このタイミングでまさかの邂逅を果たした事実に脱帽ではあるが……そこよりも、この魔物がドラゴンよりも『厄介』だと言う言葉に、身に染みて感じいるというのだが、アインの一言で改めてこの感覚がカエの脳内で確信へと昇華する。
「なら、単刀直入……この魔物、ミストの弱点は? どうすればいいの?」
ただ、この事実を鬱陶しく思いつつも、カエはすかさずアインに答えを聞く。既に戦闘を始めてからだいぶ時間が経過してしまっている。できることなら、事が公になる前にカエはこの場を後にしたい。ミストについて知っていそうなアインに聞く……これは当然の反応だ。
『えっと……確か、ソイツには大して物理は効かない。魔法が有効だ』
「……ッは? …………詰んでね?」
だが、返ってきた答えにはカエは絶句——まさかの物理無効属性。確かに、数分前から斬っても手ごたえはない。綺麗に再生してしまってるのが良い証拠だ。
『因みに……カエちゃん得意な魔法とかは……』
「——ッハン! 魔法なんて使えませんよ!!」
『——ッえ?! カエちゃんの力は魔法じゃないのかい?? さっきの爆発とかは……』
「……あれを準備するのに時間と手間がかかるんです。それに……あれがコイツ(幻獣ミスト)に効くとは……」
カエの力はゲームの再現である。因みに【アビスギア】には、『魔法』の概念は存在しない。自身に備わった力が何なのか……ただ、それが何でアレ『魔法』でないのはおそらく間違いない。
現に、カエの刀の斬撃は、ゲームのシステム上の『氷』としての属性を有していたが、コレはあくまで科学兵器しての氷——ミストの動きを若干阻害はするものの大してダメージが入っているように見えなかった。
『マスター! 私も今そちらに向かって援護しましょう。システムを使えば……一瞬でそこに……』
「——ッイヤ……それはよくない。コイツの謎が分からない今。フィーシアが参戦しても同じだ。それに、暴れているのは私だけで十分。もしバレてしまった時に、フィーシアまで変な目を向けられる事態は避けたい」
ここで、フィーシアがアインの声に割り込み参戦の提案が投げかけられたが……カエはコレを即答で断った。というのも……もし、今回の派手な暴れようが周囲に認知されてしまった場合。フィーシアまでも脅威の対象として、目を向けられる可能性もある。少なくともカエはそう考えている。それに、ミストの再生メカニズムがわからない今——カエと同じ力の持ち主であるフィーシアが参加したとしても状況は変わらない。なら、彼女に目の向くことのない安全策を考えるのは当然だろう。
『ですが……マスター』
「ごめんね……コレだけは譲れないんだ」
コレにフィーシアは、か細い声を漏らした。
この声を拾っただけでも、彼女が心の底から心配していることなど容易にわかってしまう。だが、ここは彼女のためを思うと、無理を言ってでも引き止めることは、兄として……イヤ、姉として、とても大切なことなのである。
『——ちょっといいかい……カエちゃん。実は一つ方法がある』
カエとフィーシアの間で沈鬱とした空気が流れる中。ここでアインが空気を壊し、間に入り込んできた。それは、ミストの攻略方を彷彿とさせる物言い——沈鬱を霧散するにはグッドなタイミングだった。
「……ッ? 方法!? なら……それを早く言ってくれよ! で……それは……?」
当然、カエはこれに食いつく。これで、沈んだ空気に丁度いい兆しが見えるか……
と思いきや……
『カエちゃん——ッ攻撃の手を止めず斬り続けてくれ』
「…………はぁ? 物理……効かないんだよね?」
アインのこの発言に、脳内に疑問符を貼り付けた。
「何? 冗談を言ってるの? 馬鹿にしてるの?」
『——ッ!? ッあ、違う。そうじゃないんだ。それには理由があッて……』
「ああ〜……なんか、長くなりそうな話だな。手短に……」
その時——
「——キュア!!」
——ズドォオーーン!!——
アインが慌てて説明を口にしようとし、カエがコレに呆れつつ反応を口にした瞬間——突如一発のカミナリがカエ目掛けて落ちる。
『カエちゃん!? カエちゃん!! どうした——大丈夫かぁあ!?』
「ああ……うるさい。問題ないから、早く説明して——」
『でも——今、凄い音が——!!』
「だから……ッ問題ないって——!! たかが雷を斬っただけだから——!!」
『——カミナリをきった?? たかがぁ〜〜??』
説明を求めるこの間も、カエの戦闘は継続している。これはゲームパワーのあるカエだからこそ、この均衡を維持している。アインには迅速に話してもらいたいモノだが……彼はカエの神プレイにドン引き——説明を聞き出すのには、まだ時間がかかりそうだ。
しばらくして……
『…………で、ミストは実体がほとんど希薄なんだ。身体の一部を切り落としたとしても、霧散する魔素を拾ってすかさず身体は再生する』
「……で、斬り続けろって? それだと意味ないような気がするけど……」
そして、アインはミストについて語り出した。現状、攻略方法を知るには、現役の冒険者である彼に頼る他ない。不本意だが……ここは、大人しく拝聴する。
『幻獣は基本希薄な存在だ。物理より魔法で周囲の魔素を消費する方が、ミストの再生を抑制できるんだけど、体の一部を切り落とすだけでもミストに多少なりともダメージが入るんだ』
「多少なりともッて……そんな悠長な事を……」
『ミストは、身体の再生の為に自身の核に内包する生体エネルギーも同時に消費する。だから……』
「——ん!? ちょっと待て……核?! それってコイツの弱点じゃないの??」
ただ……その説明の最中——カエの意識は一つの単語に意識を奪われた。
アインは確かに「核」と言葉を口にした。
コレは幻獣ミストの弱点ではないのか? カエは、そう想起した。
しかし……
『いや……核はあくまで概念のようなモノなんだ。存在はするけど、その形は捉えることのできない。例え、核なるモノを両断したのだとしても、片方の方から再生は始まる。カエちゃんの言いたいことはわかるけど……核は幻獣にとって弱点ってわけじゃないんだ』
「…………」
アインはこの仮説を瞬時に否定した。カエの言いたいことをいち早く汲み取るような態度は、なんとも忌々しく感じ口を噤む。
ただ……
『だが……ミストの身体を斬る行為はダメージは少ないが、それでも有効なんだ。それは欠損部が大きい程いい。その分、再生に回すエネルギーが増えるからね。カエちゃんはそのままミストを斬り続けて、核が内包する生体エネルギーを削りきればいい。コレが最善な筈だ』
「——なるほど……」
だが……カエはここまでのアインの解説で大方理解した。
仮に、この幻獣【ミスト】という魔物が……物理現象に対して完全に耐性を有していたなら……そもそも不可解な点があったのだ。カエはミストと戦闘を繰り返す中で……ミストがカエに斬られる度に「驚く」姿勢。もしくは距離をとってコチラを伺い「牽制」する様子を見せていた。
もし、ミストが完全に物理現象を無効とする魔物だとしたら、そもそも「斬られる」との事象を気にせずカエに襲い掛かればいいのだ。それをせず、「斬られた」という事実を気にする姿勢は、コレ即ち「斬られたくない」と言っているようなモノ。この事からも、カエの斬撃は着実にミストにダメージを与えていた証拠と言っても過言じゃなかった。
アインに弱点を聞かずとも……推理できるだけの材料は揃っていたというわけだ。
つまり、このままカエはミストに攻撃を浴びせ続ければ……ミスト自身が内包するエネルギーを使いきり、いずれ再生が不可能となる。時間は掛かりそうだが、確実に倒せる。あとどれほど刻めば倒せるかは未知数だが……カエ自身、体力、処理能力共にまだ余力はあった。
なら、アインの言う方法を実行するだけである。
だが……
「…………めんどくさい」
『——ッへ?』
カエはコレに煩わしさを覚えた。
「フィーシア? 君〜〜そこに居る?」
『……ッ——はい! なんでしょうかマスター!』
『——ッグヘ?!』
カエが、画面に対してフィーシアの名前を呼ぶ。すると彼女は遠くから飛んでくる勢いで画面へと滑り込んで来た。この時、アインがお間抜けな声を溢していたのは、フィーシアの体当たりに押されて、画面前から吹き飛んだからである。
画面をアインが占領するとフィーシアは城壁の上から援護射撃に努めていた。ミストの身体はこの時の銃弾で肉が弾ける現象をカエは目撃している。城壁からはかなりの距離が離れていると言うのに、彼女のスナイピング技術に驚愕である。勿論、カエはその流れ弾に当たることは一切なかった。
「フィー、実はこの魔物。このまま攻撃していても倒せるらしいんだけど……」
『はい、それにつきましては横で傾聴してました』
「でも……時間掛かるらしいんだよ——」
そして、カエはフィーシアの顔が画面一杯に表示されると言葉を口にする。
そこには……
「で——リーサルウエポン使っちゃおうかと思って……」
今までにない。新たな単語が飛んだ。
『アレを使うのですか?』
「うん……だって、コイツめんどくさいんだもん」
「——キュア!?」
『ですが……アレはもしものための最終兵器だったはずですが……』
「うん……でも、このままじゃ時間掛かるし、もう疲れちゃったからさ。ほら……ゲームは1時間毎に15分休憩って言うしね。もうやっちゃおうと思って。それにせっかくフィーが準備してくれたんだから……使わないのも勿体無いかなって……だからフィー任せたよ!」
『——ッ!? ハイ! お任せください!』
そして、カエとフィーシアは『最終兵器』なるモノの使用に踏み切る。
「時に……アインは居る? 変な声で鳴いてたようだけど……」
『はい……今、コチラに……』
『……イタタタ……え? なんか、呼んだかい?』
「アイン? このミストだけど……全身を吹き飛ばせばどうなる?」
『え? それは……まぁ……致命にはなるんじゃないか? 魔法が効く理由ってのも、魔素が魔法に吸収されて再生し辛くあるからなんだが……根本から『身体』自身消えて飛んでしまえば概念そのものが消えてしまうから……実質、倒した——って事になると思うが……え?』
アインが再び画面の前に登場すると、カエは前提条件を払拭するために最終確認を彼に聞いた。
『ちょっと待ってくれ——カエちゃん? ナニする気だい?? なんか嫌な予感がするんだが……?』
すると……この時のアインは、反射的に解説を口にしたが——ふと、ある『予感』が走った。
それも……最大級の警鐘を打ち鳴らす程の嫌な『予感』をだ。
「じゃあ、フィー! 『プランS』いってみよう! 誘導お願いね」
『了解しましたマスター』
『——ッ!? またこのパターン? カエちゃん、ちょっと俺から情報だけ引っ張り出して無視するのやめてくれないか!? せめてナニをするかだけでも……』
『邪魔です! 画面返してください』
『——ぁ痛ッ!!』
この時の彼の『予感』は答えを言ってしまえば“正解”だった。
だが……彼の憂いは決して報われない。彼が関わりを持ってしまった2人の少女は「やろう!」と思えば天災的な事象を引き起こす力を持っている。
そんな存在を只人のアインが止めに入れる余地など……
あるはずがなかったのだ。
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