第63話 これでもか!
「……」
カエは手にした2本の試験管を見つめ渋い表情を浮かべている。何故なら、直前に飲んだ赤い薬品ですら劇薬としか思えない衝撃が走っているのだ。戸惑ってしまうのも仕方がなかった。
だが、カエは既にドラゴン目掛け崖を飛び降りてしまっている。更に補足すれば、先程摂取した薬品にも効果時間がある為、彼女にはもたつく時間などない。
そして……
カエは意を決すると鼻を摘んで2本の薬品を仰いだ。
(——ッッッ!?)
【バイタリティ活性剤(大)】
…自然回復力(大)の効果を獲得(1秒で50のHPポイントの回復増加)効果時間90秒。
【背水ノ薬ポイズン強化剤(小)】
…攻撃力(極小)の効果の獲得 効果時間360秒。毒(小)状態異常の獲得(1秒で50のHPポイントの減少)効果時間180秒。
「ッだぁああーー!! ックソ不味い——!!」
次の瞬間、カエには再び衝撃が走った。
まだ、黄色の薬品は爽やかな風味で飲みやすかったが……紫色の薬品は衝撃が異常であった。口いっぱいに広がる苦味と不快感が途轍もなく、口腔内がピリピリ痺れる。なんて言ったって、こちらの方は劇物だ。効果自体も毒状態になるものだから、毒そのもの。飲み切った時点で、吐き気が込み上げてくる。だが、この事に関してカエの身体は耐えることはできていた。もう一つの薬品【バイタリティ活性剤(大)】によって、HPの自然回復力を獲得しているので、毒効果は打ち消してはいる。実害は文言上問題はない……筈……
ただ気分が悪い事には変わりない。カエは声を荒げる事で己を奮い立たせ、気合いでこれに耐えてはいる。
だが……最初に摂取した攻撃力増強のアイテムは、自ずと理解はできるが……続けて仰った2つの薬品効果には理解しがたい部分がある。
紫の薬品【背水ノ薬ポイズン強化剤(小)】は若干の攻撃力上昇を獲得する代わりに状態異常『毒』の症状を得るアイテムだ。【バイタリティ活性剤(大)】で『毒』によるダメージは問題がないのだが……それを考慮したとしても、得られる攻撃力増強は微々たるモノ——
“プラマイゼロ”と言ってもいいほど、意味がない様に見える効果だ。気分を悪くして、ほとんど気力を削ぐだけの行為だが……何故、カエが続けて2つの薬品を選んだのか……
その答えは、次の彼女の行動にあった——
「——ッ次! システム——スキル起動!!」
------システム
>>>起動
------個体名【カエルム】によるスキル起動宣言
>>>発動スキルを選択してください
カエは高らかの声を張り上げると、2日ぶりに聞く機械音声が鳴り響いた。カエはそれを聞くと次いで——
「スキル【背水の陣】及び【起死回生】を発動!!」
------スキル
>>>起動
------<背水の陣>
------<起死回生>
>>>両スキル発動します
>>>>>>それぞれの持続時間は 90秒 180秒です
2つの単語を叫び、発動と宣言した。するとカエの体を青と緑の2種類の輝きが唐突に渦巻いて見せる。さながら、彼女を着飾る光の羽衣を纏ったかの様な光景であった。
彼女の起こした今の現象は、ゲームにおけるスキル発動だ。
アビスギアでは、スキルといった特殊効果といったものが存在する。アビスギアの武具にはコンバットポイントと言うものがあり、武器や防具を装備すると、これらの内包するポイントが自動的に合計される。このポイントを割り振る事でプレイヤーはスキルを獲得、発動させる事ができるのだ。
ゲームでは、これらスキルを組み合わせ使用する事で、自身のプレイスタイルを形成する。スキルを組み合わせ戦略を練る。これが、アビスギアではかなり重要な要素で、ポイントの割り振り方を模索するのもまたゲームのやり込み要素の一つだったりする。
そして今、カエが発動させたスキルは以下の2つになる——
【背水の陣】… HPが減少した時 5秒間の攻撃力上昇+10%効果を獲得(効果重複最大5回まで——ただし重複した場合5秒の効果時間がリセットされる)。スキル持続時間 90秒。クールタイム270秒。
【起死回生】… HPが回復した時 4秒間の攻撃力上昇+25%(効果重複最大2回まで——HPが最大でも回復効果を確認した時点で効果は獲得可能)。スキル持続時間180秒。クールタイム300秒。
この効果を見れば察しが付くだろう。そう……先程の2種類の薬品効果が、ここにきて大いに発揮されるという事だ。つまり、カエの狙いは、この2つのスキル有きで考えられての事であった。
この2つのスキルは、簡単に言うと自身のHPに『減少』と『増加』が発生した時、攻撃力上昇効果を得るといったものだ。
現在、カエは2つのアイテム効果で、『毒』と『自然治癒』の効果を得ていた。よってカエの体力(HP)は1秒事に、減って〜と、増えて〜を繰り返している訳だが……この状態で5秒待つだけで、攻撃力+100%の上昇効果が獲得でき、さらに効果はスキルか薬剤効果の持続時間90秒間続くのだ。
正直、状態異常『毒』の効果は解毒薬系統のアイテム使用で解除は可能だ。だが……カエが欲した効果は、あくまでHPの『減少』と『増加』の継続——複雑ではあるが、そのお陰で恩恵を得ている尤も分かりやすい例が『自然治癒』効果だ。『自然治癒』は厳密には回復とは違い、体力がフルの状態では回復効果は発生しない。これでは【起死回生】のスキルが発動しないので、『毒』による減少作用をあえて残していると言う事だった。
つまり、これら複数のアイテム効果、スキル効果を複雑に絡め合わせる事で、攻撃力+100%……即ち、2倍もの強化効果を得ている訳だ。
これは、ゲーム内でも割りかし知られた強化戦法の1つである。
ただ……ここまでの説明の複雑さで理解がいくと思うが——スキル継続時間と『毒』の継続時間、アイテムの遣り繰り、スキル使用後のクールタイム(スキル再使用までに要する時間)等々……
これらの時間配分や計算を戦闘中に繰り広げるのは至難の業で……ゲームを感覚でプレイしているプレイヤーにとってはあまり好まれた戦法だとは言えなかった。
殆ど、攻略ガチ勢なプレイヤーにしか見向きされない戦法である。
因みにカエは感覚派なプレイヤーで、こういった計算に基づいた攻略はあまり好まない。今回の場合——瞬間的な爆破力を欲していたのと、攻撃も一撃だけしか与えないので、90秒の間で完結させると決めていたので使用に踏み切っていた。
そして——
「——これで、準備は完了だ。後は、軌道修正——【ダイヤモンドダスト】!!」
カエの『ドラゴン討伐』に用意した作戦は、薬剤摂取とスキル発動で大方準備の完了である。後は、効果で上昇した攻撃力を竜へと叩き込む——
カエは落下しつつ敵(ドラゴン)を視界に捉える。そして、攻撃を叩き込む位置を調整する為に、システム【ダイヤモンドダスト】を発動させた。すると、忽ちカエの周辺には青く輝くガラス片が展開され、カエはその破片を踏み蹴る事で、宙を飛び跳ねる様に駆ける……『立体駆動』——
そうして……狙うはドラゴンの『首』だ——
いくらこの世界が魔法が存在するファンタジーな世界で……例え、相手が天災と目されるドラゴンだろうと——結局“生物”を相手にしている事には変わりない。
ゲームの様に、膨大な“ヒットポイント”があって、何千回もの攻撃を浴びせなければならない訳ではない。
所詮“飛竜”と言えども“生物”——カエの最大限の攻撃でもって、首を断ち切れば、間違いなく“奴”は絶命する事だろう。例え、断ち切れなかったとしても、太い血管を傷つければ、その時点でゲームセット。血液を大量に失えば、生物は生きられないである。ましてや、脳に血液を送る血管ならなおさらだ。
だから、カエは最も狙いやすく、確実な弱点で、断ち切る可能性の高い『首』を目掛けて宙を跳躍する。
(——ッ?! 止まった……よし、今だ! 狙うならここしかない!)
カエが立体駆動落下を繰り出す中——突然、ドラゴンは口を開いた態勢で、硬直する姿勢を見せた。タイミング的にも丁度よく、カエはこれを好奇と見て最終跳躍——ドラゴンの首を狙える軌道上へと突入を開始した。
と、同時——
「——戦斧【デストラクション】——!!」
カエの手には、白い機械仕掛けの大戦斧が握られる。この時——彼女はようやく武器を装備してみせたのだ。
ここまで、彼女が武器を装備していなかったのは、戦斧【デストラクション】の重量が重すぎたのが原因だ。
カエはドラゴンの首に狙いを定めるべく行使したのがシステム【ダイヤモンドダスト】による『立体駆動』であった。これは、装備重量が重すぎてしまう場合、移動制限がかかってしまう為、ギリギリまで武器の装備が叶わず控えていたのだ。
よって、カエは狙う最終軌道に入ったところでようやく武器を取り出すに至る。
そして、ここまで来ると作戦はいよいよ大詰めを迎える——
武器を構え……ドラゴンとの接触まで残り秒読みの段階へと入ると……
突然——
空中から高速飛来する杭状の物体がカエの横合いを、ヒュン——と空気を切った音を残し通過……そして、ドラゴンの顔横を通り過ぎて地面へと突き刺さった。
すると……瞬間、バリィッ——と杭は轟音と共に稲妻を周囲に解き放つ。
——ッグアァゥウ!?
杭の近くにいたドラゴンは、ものの見事に雷の影響を受けた様子が見受けられた。
あの杭の正体は、敵を拘束する罠アイテム。杭が地面に突き刺さり適性生命体を感知すると、忽ち周囲には稲妻が走る。その威力は保証済み、何故ならカエの目の前には硬直するドラゴンの雷に痺れて麻痺する姿があるのだから……
この罠を射出したのは、フィーシアだ。それはカエ達が作戦を話しあった地点、遥か高所から打ち出されてている——フィーシアに要望した、ドラゴンの動きを抑える最後の詰めであった。
彼女の仕事は完璧だ。カエの想像していた地点へ、ピンポイントに杭が刺さって見せる。この隙が、ドラゴンの首に一撃を叩き込む事ができる千載一遇の好機を生んだ。
ただし、彼女(フィーシア)に頼んだ詰めはもう一つ——
杭がカエを通り過ぎて直ぐ……カエには、3発の弾丸が命中する。しかし、弾丸と言っても彼女にダメージは一切入っていない。何故なら——
強化薬弾 筋力増強特殊安定剤(小)
…攻撃力(小)の効果を獲得。継続時間 90秒。
強化薬弾 筋力増強特殊安定剤(中)
…攻撃力(中)の効果を獲得。継続時間 60秒。
強化薬弾 筋力増強特殊安定剤(大)
…攻撃力(大)の効果を獲得。継続時間 45秒。
強化薬を弾丸にのせて対象へと打ち出す——弾丸型アイテム。薬剤効果と重複可能で、弾丸を命中させたのは勿論、頼もしいカエのサポーターだ。
カエは、ドラゴンが目前に差し掛かって尚、更なる攻撃力を盛り込んだのだ。
そして、今度こそ……これが本当の最後——
「これでラストだ。戦技【
戦技【
効果……戦斧【デストラクション】の特殊技。発動と同時、発動者は30%のHPを犠牲にし攻撃力+200%の強化効果の獲得。ただし、1秒毎に5%ずつ獲得効果を失い続け、最終減少値は+200%〜−50%まで。継続時間は50秒とし、攻撃力減少効果の持続は、この戦技の再使用可能になった時点とする。クールタイム300秒。
カエは、首に斧刃の狙いが定まると、武器に備わった特殊な技——“戦技”を使用した。
「——ッングゥ!? 嗚呼ァア……ック——ツライ……」
すると、彼女に降りかかるのは途轍もない不快感だ。体の力が、一瞬で武器に吸い込まれたかの感覚。血の気が引き、立ち眩む。一時だが、視界も霞む。
ただ、同時——戦斧デストラクショからは、けたたましい風切り音が鳴り響き、灰色のオーラが、斧を包む機械仕掛けのパーツ1つ1つの隙間から漏れでた姿を現す。
戦技の効果には『発動者は30パーセントのHPを犠牲』とある。カエにのしかかった不快感はこの事を指していた。
現実で、人の命を数値化——言うなれば『HP』として表現するのは実にし難い。だが……人の寿命だったり、死に至るまでの『道』を仮に100%として……その内、30%を削る行為をしたら?
それは、人にとってどれほど危険な行為か——?
カエの行動は、いうなれば命を削る行為——いくら、アイテムとやらで回復するゲーム再現があるからと言って、現実の人間で試す行為では無いはずだ。
だから、この瞬間のカエの自身の命の30%を削ることは、それ相応の負担が彼女に伸し掛かった筈だ。
だというのに——
「………ク……ククク……これで、準備は整った——」
この時のカエは呟き1つ……そして、顔には不敵な笑みが滲み出ていた。
------条件を満たしました
------スキル
>>>起動
------<死中に活あり>
>>>スキル発動します
その時、一条の光が彼女にまた1つ巻き付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます