第64話 億を超えた力

【死中に活あり】

 …25%以上のHP減少を確認した時点で自動的に発動する。発動者は100%の攻撃力強化効果を獲得する。効果時間は10秒。ただし重複は不可能。又、<死中に活あり>のスキル効果発動後25%の回復効果を得た時点でのスキル強化効果は解除される。





 ここまでが、カエの用意した『バフ(攻撃や防御等の強化効果を発生させる事)の重ね掛け』の全てであった。


 後は、強化の程を竜の身をもって試行するのみだが……


 では実際、どれほどの変化(強化)が彼女に起こっているのか——? 少し振り返ってみようか。

 まず、カエが摂取した不味さに定評ある薬剤アイテムの数々だが——その獲得した攻撃力の値は、(極小)〜(大)まで、それぞれ10%、30%、50%、80%——であった。


 その摂取後……発動させた【背水の陣】【起死回生】に、ドラゴンを目前での戦技【破滅の種デストラクショ】と戦技に呼応したスキル【死中に活あり】。

 更に言えば、どさくさ紛れにフィーシアの銃弾型アイテムも相まって……





 最終強化割合は、何と——



 325.25064倍





 この強化効果は、基本となる攻撃力に強化効果パーセントの合計が乗る訳ではなく、強化効果を獲得の時点で効果が重ねて掛かり、強化状態の数値にその都度強化が乗る為にここまでの数値を叩き出していた。


 「ちょっと何を言っているか分からない」とお思いだろうが……


 ゲームの仕様上『%』と表記されているのが悪く、実際は……10%の強化効果獲得で1.1倍。20%なら1.2倍と都度増加するという事だった。つまり、この2つの獲得例で言えば——

 


 10%+20%で……計30%の強化効果を得る……


 のではなく——


 (基本攻撃力)×1.1×1.2と段々と重ねていくイメージだ。 <こっちが正解>


 

 例えば基本攻撃力の数値が『100』の場合——[30%]の強化なら『130』に……[×1.1×1.2]の強化なら『132』になる訳だが……


 一見、微々たる違いに思えるが……これが最終的に天と地ほどの差が生まれてくるのであった。


 だが——


 別に、今はアビスギアの強化仕様の解説を語りたい訳ではない。


 それに、カエも正直——ここまで計算を元に強化度合いを把握してまでゲームはしていたくなかった。そんなの攻略ガチ勢か考察厨にでも任せておけばいい。

 今、知っていて欲しいのは——カエの攻撃力は約300倍弱、増加しているという事だ。

 カエもゲームプレイ中はザックリとした数値認識でしか留めていないし、正確な数値化なんて頭が痛くなる行動をするほど几帳面ではなかった感覚派なプレイヤーである。



 と——話しを戻そう。





 カエは現在約300倍弱の攻撃力強化効果を得ているのだが——では、実際……



 この世界では、どれほどの強化状態を形成しているのか——?



 だが……その答えに行き着く前に——1つ思い出して欲しい「セリフ」がある。



 それは、桃色髪のとある女神のセリフだ。





『カエさんも力を試してみて気づいたと思いますが……結ッ構、強力にしすぎちゃったんですよね…………例えば、この世界の人々の平均攻撃力が仮に200だとして、100万だろうが101万だろうが対して変わんないじゃないですかぁ〜? 結局、相手は一撃で粉微塵です!』





 それは……カエが森でこの世界の力の仕様【ステータスボード】についてルーナ画面に問いただしていた場面だ。

 カエは自身のステータスボード……その一部表示部分に斜線が引かれた非表示に関する疑問を彼女に投げ掛けた。すると、彼女はその説明に対し——この世界の平気攻撃力を200と過程し、更に続けてカエの攻撃力を仮に100万と例えを挙げていた。

 つまり何が言いたいかというと……女神ルーナの語ったあの仮の数値は、わりかし真実に近しい数値を吐き出していたのではと思うのだ。

 正確な数値を吐かずとも……真実がもし、平均221.0087065………とかなら「まぁ〜だいたい200〜かな♪」と咄嗟に話しにあげてしまいたくなるのではなかろうか? 特にあの女神なら尚更だ。

 女神ルーナがズボラな性格なことは、彼女との散々な邂逅で嫌と言うほど分かっているつもりだ。それを考えると、この仮説にも真実味が帯びてくるというものだ。

 であるなら……カエの非表示であった攻撃力も『100万だろうが101万だろうが…』の部分に掛かってくるのだと考えが及ぶのも不思議ではない。

 少なくとも100万…101万…と言っている辺り、100万を下回る事は考えづらい。つまり、カエの持つこの世界で言うところの攻撃力は推察では『約100万』と言うことになる訳だ。


 そして……



 カエの強化状態——スキルの条件上、5秒間だけ、かつ一撃のみと限定こそされてしまうが……約300倍弱の倍率と照らし合わせると……



 この時点で、彼女の攻撃力は単純計算で——




 軽くを優に超えているという事だ。

 





「——ッ……その首、断ち切る!」



 この時のカエは戦技発動の影響で、その体にはかなりの負担が掛かっていたはずだ。だが、彼女はドラゴンの首に自身の手にした戦斧の斧刃が触れる寸前——声を荒げて己を奮い立たせる。一瞬の苦痛を和らげる緩和行動とも取れる叫びだ。



「——これが……億を超えた力だ——」



 いや違う——この時の彼女は、大いにこの状況ゲームを楽しんでいた。感覚がハイになっていると言うべきか——一種の興奮状態。

 カエという人物はゲームを数値化し、計算の元にプレイするのはあまり好まない。だが、カエがドラゴンを討伐するにあたって用意した『バフを重ね掛けた一撃必殺』だが——そこで必要とする薬剤アイテム……スキルによる能力向上の倍率程度なら、サイトや動画等の解説で何度か数値は目にしている。よって、計算を苦手とする彼女でも『だいたい300倍?』程度の認識はあった。

 それもあってからか……カエは、平気攻撃力200の世界で、億を超えた威力を叩き込める興奮と……打倒ドラゴンとの憧れの存在への挑戦による絶頂が——身体にくる30%のダメージを苦としない……度外視した姿が今の彼女だ。

 その表情には、引き攣った笑顔をのぞかせ、今にでもこの爆発しそうな攻撃力上昇現象を放ちたくて仕方がない。ウズウズとした感情が感じとれる。


 ただ……そんな待ち遠しかった彼女の欲求は、僅か数秒後には叶うのだがな……


 


「——ッッッ断刀(首チョンパ)——!!」



 そして、カエは無意味と不可解な技名を最後に叫ぶと、戦斧【デストラクション】をドラゴンの首に振りかけた。

 この時のドラゴンは、まだ杭の電撃によって痺れている。カエの攻撃は避けられない。確実に一撃に見舞われる。

 カエは一撃が入る直前……ドラゴンの首元の鱗を瞬間で観察をする。

 表面を金属質な光沢を放ち、真紅に染まった鱗は何処か血を連想させ、自ずと畏怖に震えた。こちらに恐怖が伝うと同時、鱗の頑強さも伝わってくるようだ。金属質の光沢もそうだが——鱗が敷き詰まるドラゴンの皮膚の表層には一切の傷がない。この無傷の体現は、竜という存在の完全無欠の頑強さを語っている。

 

 だが……それでも——


 カエの一刀が表明に触れると、反応は思っていた以上に、全く……一切——帰ってこない。


 2日前にゴブリンを斬った時もそうだったが、刃が触れると、スゥ——と鱗を貫通して一切刃を拒むことなく沈んでいく……

 鱗が層になっていようが、骨があろう部分だろうと関係ない。硬質の鱗に対して斜めに刃がぶつかったとしても、真下に進むベクトルが揺らぐことがなかった。

 ただ……この時のカエは、身体に掛かる負担と気分の高揚から、刃を伝う感覚を考察するほど意識が向いているのか不明ではあり、彼女自身このことに気づいていたかは分からない。

 だが……飛竜の首に降り落ちたカエの一撃というのは、戦斧の内包する『億超』エネルギーの想像の割に……どこまでも静かであったということだ。


 真の破壊力というものは……無駄な破壊現象に及ばない——と、言うべきか……斧の通過過程では一切の破壊音は残らない。


 そして……



 気づけば現場には……禍々しい印象の風切り音を奏でた白い戦斧を——振り切った姿勢で持ち構えた少女の姿があった。

 そして……その傍らには首を、歪むことを知らない見事な断面で一刀両断されたドラゴンの骸が……





 ゆっくりと地面に沈んだ。













——報告します。マスター。ターゲット生体反応完全に沈黙——作戦終了です。お疲れ様です……マスター。


「……作戦終了——? ……報告ありがとうフィー……」


——ただ今、私もそちらに向かっています。少しお待ち下さい。マスター。


「——ッん……了解……ふぅ……」



 どれほど経っただろうか——? 



 カエは、斧を振りきった状態でしばらく呆けた様子で斧刃の切っ先をただ、ジッ——と見つめていた。その先の地面には、恐らく斧の一振りによる余波によって大きな溝ができていた。深さは底が見えず計り知ること叶わなかったが、切り口の淵に艶があることで、カエの放った研ぎ澄まされた刃の異常さがよくわかる。

 この時……チャットを通し、フィーシアから上がった討伐報告が気掛かりとなり、浮いた意識が、やっと彼女に降りてくる。

 カエは、手にした戦斧をまるで杖でも付くかのように体の支えにして一息ついて見せた。



 ただ……その彼女の近くには……



 そんなカエを捉える2つの眼。その持ち主の男もまた……事象の内容に理解が及ばず。しばらく現場をただ見据えて硬直したまま立ち尽くしていた。


 だが……そこへ——



「……ッ——ッアイン!?」


(——ッ!?)



 直立不動の男……アインに駆け寄る。1人の女性が声を飛ばすことで、停滞した時間が遂に動きを見せた。


 

「——ッあれ?! リアなんで……ココに? 俺、逃げろって言ったはずだろ!」


「アインを置いて逃げれるわけないでしょう! アインのバカ!!」



 アインに罵声を飛ばしたのは、彼の冒険者仲間のレリアーレである。彼女はアインに駆け寄ると思わず胸に飛び込み、精一杯の声量で叫ぶ。



「馬鹿って……? 俺はリアを助ける為に……」


「分かってる……分かってるわよ! アインの選択は正しいんだって……でも、私は……ワタシ……アインのバカ、バカ……ばか〜〜……」


「——ッ!?」



 レリアーレは、今にも消え入りそうな悪態を繰り返し吐きつつ、アインの胸を何度も叩く。だが、威力の全く感じられない拳は、決して痛くはない。その代わり、その手からは震えによる振動のみが伝わってくる。

 一瞬、上目使いで覗かせた彼女の顔は目頭に涙を貯めて今にも決壊してしまいそうで……

 アインは、初めこそ逃げていなかった彼女を叱責するつもりであったが……そんなレリアーレの弱々しい様相を見てしまうと罪悪感が湧き、ついそんな気は何処かへと霧散してしまった。



「ゴメン……俺にはこれしか方法が思いつかなかったからさ……」



 アインは自身の胸に顔を埋めたレリアーレの頭を軽くなでて謝る。



「でも……私はアインを置いて1人なんて……もう、今後はこんなこと嫌だからね!」

「……え〜とぉ〜……そこは、素直に逃げて欲しい……」

「——ッ嫌だからね!! うぅ~……」



 レリアーレは、まるで駄々を捏ねる子どものように懇願する。普段の彼女はそんな様相は微塵も感じられないのだが、今回に限っては仲間の死の危機に直面して、余程堪えたのであろう。この反応も致し方ないと言えようか。



「……あ〜とぉ〜……分かったよ。善処する……」

「善処〜〜?」

「——ッ……ハハハ………はぁ……」



「あの……お取り込み中すいませんが、どいていただけますか?」



「「——ッ!?」」



 と、ここで——


 2人の形成する空間に、空気を読まず突如割って入ってきたのは——容姿、服装、全てにおいて真っ白な少女——フィーシア。

 彼女は、何も無い空間から突然姿を現したと思ったら……抱き合う2人を「邪魔だ!」とばかりに一瞥し、主人の元へと駆け寄って行く。



「ああ! そうだ……ドラゴン——!?」



 アインは、その白い少女を目で追うと現状の理解に追いついた。

 と言っても、自身の危機に舞い降りた黒髪の少女。彼女の起こした事象は決して理解し難いモノであったが……

 国が軍をなして討伐する様な、天災と目される竜を——その存在を、まだ年端も行かない少女が、たった一撃のもと首を切り落としてしまったのだから——



「彼女達……一体何者なの? 大型飛竜種をたった一太刀で倒しちゃうなんて……」



 それには、レリアーレもアインと同じ心持ちなのか——徐々に回復しつつある思考でもって、カエとフィーシア……2人の正体について思わず疑問を口にする。

 


「彼女達については分かんない事だらけだ……正直、驚きっぱなしだけど——ただ、これだけは分かるよ」


「——何が?」


「また、助けられたってね」


「——ッ……そうね」



 ただ、それでも唯一分かっている事は、2人はまた彼女達に助けられたという事だ。

 今回に限っては、命の危機に直面していた。あの少女達がいなければ、今頃アインとレリアーレは……


 ドラゴンをも個人で討伐してしまった彼女には疑問が尽きないものの……命の恩人に向けるは、“怪訝”の眼差しであるべきではない。

 

 アインとレリアーレはそう考えを改め、意識を切り替えると……


 飛竜の骸の袂——“黒”と“白”の2人の少女の下へと歩み寄っていく。

 

 


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