第7話 “俺”の……“私”の名前は……
この世界には、【勇者】1人に対して【魔王】が3人存在する世界であった。
(この女神は、次から次にとんでもない話を……頭が痛い……)
説明される内容に新たな項目が追加されるたびに、その中身すべてがいちいち強烈——
最初は驚きの声さえ上げていたが、次第に口から漏れ出る声量は低くなっていく。
最早、こんなのばかりでは……俺の頭が痛くなる一方である——
(俺は、この世界で生きていくなら、せめて平和に暮らしたいよ……面倒事はゴメンだ……武力なんていらんってぇ……)
——切実な願い。
ただ、平和にひっそりと——があくまでモットー……それだけのこと。
俺はつい昨日まで、平和な日本で普通に働いて、家に帰ればゲームばかり……そんな平凡極まりない人間であった。
それが……
突然、異世界に転生——?
勇者以上の力——?
思うに……とんでもなく面倒なことになりそうな予感しかしない。
俺は異世界で『俺TUEEE』とか『異世界無双』とかがしたいか……? っと問われれば……おそらく、全力で『NO THANK YOU‼︎』と叫ぶであろうか——
たとえゲーム好きであっても、実際にその世界に入りたい——というわけでもないのだ。
そもそも、考えてみて欲しい——
生と死が隣り合わせのゲーム世界にでもいってみろ。戦いに明け暮れる日々をおくるなんて……
平和な日本育ちの人間の“俺”だ……確実に精神が殺られる自信がある。
血を見た瞬間には……速攻で、吐いてそうだ……
そんなところで、話は戻るのだが——
この世界が平和な情勢下にあるのかは分からない……だが、ゴブリン、スライムがいて、勇者、魔王とくれば……おそらくは——戦いが身近な世界線の可能性が濃厚極まりない。
要は、命の価値というものが低い世界観なのではないだろうか……?
さらに、俺には勇者以上の力があるときた。
変に己の力を誇示し、世に広めてしまえば、確実的に面倒ごとが喜んで俺の下に舞い込んで来ることだろう——
そして、更にこの世界に実在する【魔王】が3人——
【魔王】……イメージとしては人類の敵。
まさに『人間を滅ぼし、この世界を我が物に!!』的なことを言ってそうな……そんな存在が……3人……?!
本当に……この世界は大丈夫なのだろうか——?
「…………もしかして、勘違いしてるかもぉ〜ですけどぉ〜……」
不安が思考を埋め尽くさんとしていた——そんな折を見てか、女神が軽い口調で話しを挟みこんできた。
「【魔王】と言ってもぉ……『人類の敵〜!』『悪ぅ〜!』ってことではないですからね?」
「——ッ、それって……本当ですか?」
「ええ——遥か昔には勇者、魔王間でそういったこともありましたが……今世紀ではもうそんな争いはないです。最早、御伽噺レベルですね〜。【勇者】【魔王】なんて肩書は——最早、名残のようなものですぅ~」
つまり……
魔王≠悪——!!
この世界の魔王は俺の想像上の生き物とは違うらしい。
これが聞けただけでも大分、俺の心に余裕が生まれるというものだ。
そして、さらに女神が説明を続ける。
「【魔王】というのがですね。その名の通り“魔族”の“王”なんですが……魔族の括りが広いんですよぉ〜。【エルフ】だったり、【獣人】なんかも魔族の括りですね。人類と、その他魔族——といったところですか? 人に王が沢山いるように、魔族にも王が複数人いるんです。寧ろ、3人は少ない方ですね」
「なるほど……」
人に王がいれば、魔族にも王がいる。ただそれだけの話だった。
【魔王】がRPGテンプレでなかったことに一安心である。
話でチラッと登場した【エルフ】、【獣人】、これら種族は異世界ものでよく耳にする。つまりは、多種多様な種族がこの世界にはいるらしい。
王がいれば国もあるということで——それらが多数混在し、それでも秩序が保たれているのなら……この世界は案外均衡の取れた情勢と言えるのかもしれない。
女神が俺に『この世界で好きに生きてください』と言うのなら……ここは、世界を旅して、他種族を見て回ってみるのも楽しいのかも……
これも、方針の一つに付け加えても良いと思ってしまった。
この世界でも生きていける——ここにきて漸く……そんな気がしてきた。
「——この世界はあなたが思う程、混沌とはしてませんので安心してください。あなたに力を授けたのも、この世界には少なからず、“魔物”と呼ばれる危険な生物が存在します。あなたの身を案じたがためなのです。深く考えなくていいですよ」
「ホントですか——? 信じて大丈夫ですよね——?」
「心配無用です! 私は女神様ですよぉ~信じる者は救われますぅ〜〜!! ふふふ」
(あんただから、心配なんだよな……)
不安要素がすべて拭えた訳ではない。
たとえ、これ以上の情報追求を求めたとしても、それはさらなる混乱を招くだけ……
ならば、これ以上の質問は不必要。俺の精神が殺られる前に打ち切ってしまおう。
どうせこの世界で生きていくのだ。異世界情勢なんかを見て回って、見識を広げていけばいいのだから……結局は……
「——はあぁぁーー……わかりましたよ。それで納得しましょう……女神様」
「——ッ! ありがとうございます♪ そう言って貰えて何よりです〜! あ……それと私のことを『女神様』と呼ぶのは——別にそれでも悪くはないですが~どうせなら、“名前”で呼んでください。他人行儀なのは、いい加減嫌です。アナタとは末永く仲良くしたいので〜そのほうが嬉しいのですぅ~よ〜〜」
「——ッえ……えぇっと……たしか……“ルーナ”でしたっけ?」
「——ッ呼び捨てはイヤです!! ちゃんと“様”をつけてください。女神に対して失礼ですぅ〜!」
「……め……面倒くせぇ……この女神……」
「ッめ、面倒くさいとはなんですか! ッ面倒くさいとは!! ッ罰当たりですよ!!」
やたらと起伏の激しく、騒がしい女神である。
彼女に対しての礼儀云々は、内心で“ポンコツ”呼ばわりしてる時点で、等に捨てきっていると言うのに……
「——それはそうと——私は名乗りましたが、あなたはまだですよね〜〜? あなたの“お名前”はなんですか——?」
「ッはい? 名前? 今更?」
「そうですぅ~! この女神である私に名乗らしておいて、あなたが名乗らないのは、どうかと思うんですよ~!」
「そんなこと……女神様なら、誰を転生させたとか知っているんじゃ……」
「いえ……そうではなくて、この異世界での【名前】……です!」
「——ん? ……あ……はぁ〜〜そういうこと」
生きていく上で【名無し】というのも何かと変だ……出会いがあれば自ずと、名乗りは必要になってく訳で……
つまりは、一期一会——
ルーナは「異世界での名は……?」と問うているのだろう。
確かに、その事は重要ではある。
ただ……今、自分の体は“女”で転生してしまっている。前世の“男”であった時の名を引っ張ってくるのはミスマッチか——?
どうも、そんな気がしてくる。
(さて……どうしたものか……)
「新緑かいわれ大根さん……っとでもお呼びしましょうか?」
「——ッ! 嫌………それは…ないです」
新緑かいわれ大根——と言うのは、俺の【アビスギア】でのオンラインネームである。
だいたい、俺がゲームで付ける名前は、食べ物系統がほとんど……カシューナッツだったりポップコーン、カチョカヴァロ(チーズ名)……まぁ…こんなところだ。実際の現実で名乗るものではない。
この女神はそんなことまで知ってるのかと、呆気ににとられる思いだ。
「——そ・れ・な・ら♪ わたしが名付けて〜………」
「——う〜ん………どうするかぁ〜な〜……」
「あのぉ〜〜! 聞いてますか〜〜!? WA・TA・SI・GA……」
「あの! ちょっと黙っててもらえます!? 今、必死に考えてるんで——!」
「——ッ!! ひどぉーーい! 女性に対して『黙れ!』だなんて……私、とっても偉い女神なのにぃぃ!!」
いきなり、女性チックな名前なんて考えもつかない……しまいには、異世界ともなれば洋風な感じがいいのかもしれない? だが、正直自身のネーミングセンスはあまり期待が持てない……どうしたモノかと、俺は熟考してしまった。
そして、暫し考え込んだのち——
(だったら……)
「——なら………俺は……いや、“私”は【カエルム】と名乗ろうと思います」
「んん……? へぇ〜ほぉ〜ふぅ〜ん……そうですか……」
女神は素っ気ない返事を返してきた。彼女はイジケてか——しゃがみ込んでは、指で地面をなぞっている……唇を尖らせ『私、女神なのに……女神なのに……』とブツブツつぶやいてた始末——
そのいじけた様子は、なんとも愛らしくも………いや、無い……
彼女に関して言えば愛らしさより、憎らしさが
「うーむ……ですが、何〜〜か、語呂が悪いですねぇ〜……」
「私には、ぱっ——と、思いついたのがコレだけだったんです」
「だったら……“カエ”さん……と、お呼びしましょう! その方が女の子っポイですし……」
「では、それで——もう、お好きなように呼んでください……」
そして“俺”は【カエルム】とこの世界での名前を決めた。愛称は略して【カエ】といった感じだ。
この【カエルム】というのは、どこから引っぱってきたかというと……俺の妹の名前からの引用であった。ただ、勘違いしないでほしいが……“現実”のではなく“ゲーム”——の方の話しである。
俺の影響でか、妹もそこそこゲームをプレイしていた。もちろん一緒に遊んだことも、多々あった。その妹がオンラインネームとしてよく使っていたのが【カエルム】であり、それを参考にさせてもらった。
たしかラテン語で《空》を意味しているとか……?
「——ゴホン! では、カエさん! あなたはこの世界で好きなように生きてください。そのための力は授けましたし、説明も大方しました。多分大丈夫ですよぉ〜!」
「多分って……適当な……」
ルーナは咳き込みを1つ。それが会話の流れを一旦はリセットへとなす——
そして、ミュージカルを彷彿とさせるかのように両腕を広げ、身振りは大袈裟に……“カエ”と名を呼ぶとともに『好きに生きて』と、再び話を振ってきた。
感じからして、女神ルーナとの邂逅も佳境ということなのか——?
「まだ、聞きたいことはありますか?」
「特には……あとは自分で情報を集めてみますよ。今は、聞きたいことも定まりきっていませんし、頭がもう一杯です……強いて聞くなら、力の使い方とかなんですが……」
「う〜〜それを、一から全部解説すると日が暮れちゃいますぅ~めんどくさいですぅ~」
「そう言うと思ってましたよ……」
彼女のパターンは何となくわかってきた。案の定……やはりコレかと呆れた物言いの回答が返ってきた。
『聞きたいことはまだあるかぁ』と聞いてきたから、聞いたと言うのに——『面倒くさい』ときた。
彼女はもう、ずぼらを隠す気は微塵も感じられない。もう、女神に対し完全に呆れ疲れてしまった。
「むむむ……では少しだけヒントを——システム----起動----開示——っと念じてみてください。最初は声に出してみたほうがいいかもですぅ~」
「——ん? ……それだけですか?」
「あとは自分で試してくださ~い。どうせあなた、チュートリアルをスッ飛ばしてプレイしながら、感覚で覚えていくじゃないですかぁ〜」
「たしかに、そうなんですけど……(よくもまぁ……俺のプレイスタイルを……)」
俺は、初めてのゲームをプレイする時はだいたいチュートリアルは飛ばし、やりながら感覚で覚えていく。それを、この女神は……なんだか、俺のこと何でも知られていそうな気が……気分の良いものではない。
「では……あとは、ご自身で頑張ってみてください。あぁ〜ちなみに、この樹の周りは、魔物といった手合いは近づかないので、初回の試行錯誤に興じるなら、この場か……周辺ですることをおすすめします」
「はぁ……そうですか……わかりました。そうさせていただきます」
この樹(ユグドラシルと言ったか?)の周りはモンスターは近寄らないらしい。取り敢えずは、落ち着いて力の確認が出来そうで一安心である。
「それでは、私はそろそろ行きますね〜」
そう言うと……女神ルーナは、淡く発光しながら、体が次第に消えはじめる……ついに、この女神とも別れのときであるようだ。
「もし、また私に会いたければ、教会に祈りにでも来てみてください。私の気が向けば、会えるかもしれませんよぉ〜♪」
「はあぁ……そうですか、期待しないでおきます」
期待に値しない提案——おそらく俺は今後……それを本当の最終手段としてしか試さないだろう。
「それでは、ごきげんよ〜♪」
ルーナは口軽に——それでこそ、とうとう消えいってしまうという最後の瞬間……
女神は、ある気になる一言を溢した——
「——ッあ! そうだ忘れてました! カエさん! この世界には“レベル”というモノがあります。その確認に関しては『ステータスオープン』と念じていただければできますのでぇぇ〜♪」
「え? ……なにそれ?」
「それではぁ〜♪」
そして女神は光の粒子と化して消えていった——
最後の言葉は気になったが……もう疲れてか、その件を思案することを諦めた。
反応する気力はもう、“俺”……改め………“カエ”には残されていなかった——
どこまでも白い空間——
女神は、先程転生させ邂逅を果たした筈の、“魂の持ち主”を見つめていた。
彼女の眼前は空間が歪み……その中心には、その“少女”が映し出されている——
女神は笑みを浮かべ——今見つめている“少女”……とは別の、ある《少女》の顔を頭の中に思い浮かべていた。
彼女のその表情には、どこか含みがある一方で……とても艶やかで美しい……
だが、その反面……不思議と面妖な印象もチラつかせている。
先程の一幕での気抜けた印象は——今の彼女には絶無であった。
「ようやく——転生させるに至りました……」
その空間に存在せしは女神だけ……
しかし、彼女は聞こえてるはずがない……《ある人物》に語り聞かせるかの様に、呟き口を漏らしている。
「あちらの世界でのアフターケアはこれで終了です。あとは……“彼女”に会えるかは、あなた次第と言ったところですかね……《ソラ》さん………」
そう口にすると彼女は……沈黙するとともに、しばらく転生者“カエルム”の姿を………何時迄も………
ただ——見つめ続けていた。
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