第14話 チュカレた

「いッッッたァァアアア———イッッ!!」



 画面を殴りつけたカエは、己の拳を抱えて悶えていた。

 画面に触れた——その瞬間……途轍もない衝撃を跳ね返されたような感覚が、彼女を襲ったのだ。


 画面を殴ったのはこれで——初撃では、ここまでの痛みは味わなかった筈が——

 

 受けた衝撃から、カエの思考を一時…… “痛み”と“疑問”が占めていた。


 だが——そこから一拍を置くことで、カエの中での部分の片鱗が次第に……へとシフト——

 そこで漸くしてカエは、キィッ——と痛みの原因を睨みつけた。



——やり返しちゃったwww テヘりんッコ!!


 (——ッイラ!!)

 

——そう何度も叩かないで下さ〜い。カエさん、あなた……女神ルーナワタシだと分かっていながら叩きましたね? 駄目ですよぉ〜信仰心が足りてませんねぇ〜〜。——ッめ! ですよぉ〜ぷぷぷ〜〜www……


「——ッは…………く……クハハ……アッハハハ———! はぁぁ〜〜〜ウザい——……」



 画面には、もはやステータス表示が消えており、あの女(女神ルーナ)のメッセージであろう言葉が画面イッパイに綴られていた。

 その文章を読むに連れて、カエの怒りは頂点を超え——遂に、笑いがこみ上げてきてしまう始末——とうとう、頭がおかしくなりだした。

 


(……あれ〜〜? おかしいな〜〜? ゴブリンを殺した時には、なッッッにも——感じなかったのに——どうして、この女神が相手だとするんだろ〜〜?)



  現状のカエは、転生によって精神力が強化されてか——血飛沫程度なら視界に入れても、な〜にも感じてなかった——というのに……

 現在——女神に小馬鹿にされ、イライラしてしまった己がいる——

 当初、そのことで自身の人間味が薄れてしまっているのでは——? と思っていた一抹の不安が……「全くそんなことはなかった」と……皮肉にも気づかされる。

 これには、嬉しい誤算ではあるのだが……それを度外視したって、カエの内包する怒気が勝ってしまっているのが現実——彼女は今すぐ、この怒りを他所へぶつけたくて仕方がなかった。


 しかし……



 果たして、このまま憤慨に身を任せてもいいのだろうか——? 



 それでは、全くと言っていい程、建設的でないことは否めないのではなかろうか——?



 せっかく……力を与えた張本人が出てきているのなら、ルーナコイツに説明してもらうのが手っ取り早い。


 そう……カエの微かに残る冷静思考が告げてきている。

 

 この画面について疑問が尽きない。であるなら、ここは一旦冷静に……今ある怒りを引っ込めて、聞いてしまうべきだと——そんな、考えが過ぎったのである。



 カエにとっては、誠に遺憾ではあるのだが……………



 ひとつ、グッ——と堪え……沈着を装いつつ、問題の画面に対して話を振る。



「——ッこの画面の言葉は……ルーナ……で、間違いないですか?」


——そうで〜す! 偉大で美しい女神ルーナ様で〜す。さっきぶり? ですかね〜カエさん。どうやら、順調に力の確認はできているようですね? このステータスボードにも気付けたみたいで〜〜何よりです!


「……ッ! やっぱり——はぁぁ……もしかして、ずっと観ていたんですか?」


——は〜〜い! 勿論、ずぅ〜〜〜と、観させていただきましたよ。あなたの一喜一憂する姿がぁ〜面白かったので、つい見入ってしまいました。ふふふ——♪ 本当は〜〜こうして接触するつもりはなかったんですがねぇ〜〜。カエさんが、あまりにも神様に対して——信・仰・心ッッに問題がありましたので〜〜文句を言いに来てしまいましたよぉ〜♡ プンプン——!!


(——ッ!! ……ッ——イライラしたら駄目だ。平常心……平常心……)



 カエは歯を食い縛り、拳は力強く握りしめるほどに、怒りが身体の表面に滲み出始めていた。



 女神ルーナと別れてからというもの、立て続けの疑問案件に、信じがたい結果の雨霰——そこに、追い打ちを掛けるは、女神の“素っ頓狂”な言葉の応酬。これには『常軌を逸するな——』という方が難しいのでは無かろうか……?



 そんな状況下でも「これに耐える己は良くやれている」と——自身の内で己を鼓舞し、カエは耐えるのであった。


 そして、首を振って心境をリセットする……そこから再び、ルーナに対して会話を促した。



「それについては、こちらにも言いたいことがありますが……とりあえずは置いといていいですか? それよりもこのステータス……ボード? というのが、何なのか? ご説明していただけますぅ〜?」



 カエは貼り付けた様な笑顔で、説明を女神に求めた。

 本来なら怒鳴りたい所だが、機嫌を損ねられると面倒な予感しかしない……よって、彼女は現状での精一杯の取り繕いを見せた。



——えぇぇ〜〜どうしましょうかねぇ〜〜? 教えて差し上げてもいいんですが~〜? カエさん、私に対して失礼ですし〜~ステータスボード叩くじゃないですか〜? まずは、それについて……謝ってくださいよぉ〜〜〜



 どうやら、この画面は名称を【ステータスボード】と呼ぶので合っているらしい……

 ただ……この時の女神の態度は、『これ以上の説明を聞きたくば謝れ——!』と……コレには、再びカエの怒りが掻き立てられそうな一幕ではある。

 だが、それで聞き出せるのならば本望、許容範囲——この時のカエは、怒りに身を任せるような過ちは犯さない……



「——ハイ……すいませんで……」


——駄目です! 気持ちが、ゼンッゼンッ——こもってません!! 『申し訳ございません、美しき女神ルーナ様〜。この不甲斐ない私めに何卒、貴方様のお教えを授けください〜!!』ぐらいは言っていただかないとぉ〜〜〜勿論、私に対してのを忘れてはいけませんよ〜〜心を込めて〜〜リピートアフターミ〜〜〜サンッ、ハイッ!!


「………………………」




 もうキレていいのでは——? 

 



 もう……どうでもいいから、この画面を閉じて忘れてしまいたい……


 

 遂に、カエの内情は……そんな気持ちで一杯になった。



——もしも〜し? カエさ~ん。無視は良くないですよ〜〜? 聞いてますかぁ〜〜?


「——もういいです……」


——はい〜?


「もう、あなたに聞きません。自分でどうにかします。この文字列、邪魔なんで退いてもらえます?」



 カエは貼り付けた笑顔のまま、目尻がピクついていた……もう限界が近いのだ。心做しか……彼女の表情は、かぶった笑顔の仮面に、罅が入った様である。



——どッどどど、退けとはなんですか!? 女神に対してぇえ!!??


「もう、あなたと会話するとイライラするんです! もう自分で調べるんでいいですから! もう関わらないで下さい!!」


——イライラって——?! ムぅう〜〜〜やっぱりカエさんは、私に対して失礼です! もう、それなら私も怒りましたよ! そう仰るなら……何がなんでも邪魔してやますぅう〜〜!!



 ルーナは“邪魔してやる”と言った途端、画面にいっぱいの『www』の文字で埋め尽くされた。 

 このままでは、ステータスの確認がままならない状況に……



「——ッだぁぁあ!! ……こ、このクソ女神ィィィィ——!!」


——ハハハ! いい気味です〜。でもとうとう、純粋に悪口を言いましたね!! カエさんの職業欄を私の“”に書き換えておきましょう〜!


「——ッ!! ふざけるなぁ——!!」



 その後、ガンッ——と……またカエはボードを叩く……すると、またしても……



「————ッッ!! ——ッッッッ!!」


——フフフ……私からの神罰で〜す ♪ 学習しないですねカエさん! フフフ……


 (このクソルーナめぇぇ!! いつか、ゼっぇえええッッ——たい、やりかしてやらぁあ!!)


 



 と、こんな調子の応酬が、暫く続いた……

 






 …………10分後…………




 

 「……もう……チュカレた(疲れた)……」



 カエは遂に満身創痍……疲れ果てていた。

 

 それは、怒り過ぎたからなのか……女神に翻弄し尽くされてからか……1番の理由は、もう思い出せない——

 服が汚れてしまうのを気にもせず……膝が崩れ落ちたかのように地面に座り込んでは、どこか虚空をずーっと見つめていた。そんな彼女の瞳は、すでに虚ろとなり死んでいる。


 

——ここは私の勝ちですね〜♪ フッフーン♪ 女神に逆らった報いですぅ〜。反省してください。フッフフゥ〜♪



 いつから、勝負に発展してたのか——? っとツッコみたい所ではあるが、最早カエにそんな元気は無い。



「もう……放っといてくれませんか……?」


——もう! そんなこと言わないでくださいよ〜♪ 今回、女神である私に“不敬ッ”を働いたことは、カエさんの疲れ切った様を見て、沢ッ山——笑わせて貰えたので“と・く・べ・つ・に”許してあげます——ッて……もう、そんなにイジケないでくださよ〜。イジメてしまったお詫びに、この慈悲深〜〜い私が、ステータスボードについても簡単にレクチャーしてさしあげますから〜〜


 (——ッ……この女神は本当に、いい性格をしているよ……)



 ルーナのそのセリフには、もう呆れる他なかった。

 そして“とくべつに”を強調されてる部分には……普段のカエの性格上、ウザがっていてもいいところだが——


 現在の憔悴しきったカエは何も感じない……感じれない……

 

 一応、ステータスボードについては説明はしてもらえるらしい……それがせめてもの救いにも聞こえた。

 だが、その言葉を引き出すのにカエ自身、大いに疲れ切ってしまっていることに脱力する他ない——

 これならまだ、時間が掛かってでも、頭を抱えステータスボードとにらめっこしていたほうが精神的ダメージが軽度……幾分かマシだったのでは——? と、今更ながら思う———時既に遅しってやつだ。



——ではでは〜〜サクッと、グサッと、簡単に説明しちゃいますね~


「——ッ。えぇ……もう……?」


——ハイ。私はこの世界を管理している女神ですよ。と〜っても忙しいのですよ? あなたは、説明のために〜〜この女神たる私が〜〜時間を割いてのですから〜〜感謝してください!


(だったら……十分弱に渡って突っ掛かってくるなやぁあああ!!!!)



 こんな荒んだ心境で、話が入ってくるのだろうか——?


 


 カエは、とても……不安であった。


 





 




 

 









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