第16話 安息の拠点

「はぁぁ……どうしたものかな………」



 カエは困惑していた——



 それと言うのも……女神に散々振り回された珍事が、主な原因ではある。

 

 また……その他に——





 最後は若干ではあるが溜飲を下げ、心に余裕が生まれたかに思えた。

 しかし……我に返ると自身の置かれた状況下に、ドッ——と、疲れが押し寄せる……そんな、憂鬱とした現状にカエは至っていた。


 あれからというもの、暫くステータスボードとのにらめっこを繰り返した。

 そして、ある程度の目処を立てたのち……文字列との睨み合いに区切りを付け、画面を閉じるのだが……


 ふと……何気なく、辺りを見回すと——



「……ッ………」

 


 木々の陰りの濃さが増しているのに気が留まる——カエはその時、辺りがすっかり暗くなり始めていた事実に気づいたのだ。


 それには彼女も、ハッ——として、急いで空を見上げれば——

 樹木の隙間より僅かに覗く空は……すっかり茜色へと染まり出していた。



 時刻はもう夕暮れ時——



 カエが初めて、この森で目覚めたのが朝だったのか——? 昼だったのか——? 正確なところは分からない。

 だが……体感としては、恐らく朝方であったと思う。森でカエが目覚めてから、ゴブリン……女神邂逅……試斬……レベルアップに、ステータスボード——と、ここまできて“終日”が経とうかとしている訳だ。


 つまり……

 

 このことから、現在カエに降り掛かっている問題というのが……

 


 『夜を迎えてしまう』という事だ——



 カエの現在地は樹海のど真ん中。近くに村や、町といったモノなんて……おそらくない。


 そこに、街灯や光源もあるはずもなく——これで夜を迎えれば、確実にこの森は完全なる闇が支配する事は容易に想像できよう。

 さらに言えば——カエは、この世界に産まれ変わったばかりの……つまりは根無し草——

 拠点の類いがある訳もなく、この森では完全なサバイバル生活を強要されてしまっているのだ。



「——どうしよう……? このままだと確実に野宿だ——サバイバルなんて経験ないし……それに、絶対この森……夜もとか…出るよ……ねぇ……?」



 この森でのサバイバルも、当然カエにとって悩ましい問題であるが——それ以前に、恐れるべきなのが“魔物”である。

 これまでに確認できた魔物といえば、スライムとゴブリンの2種類。

 散々たる試し切の結果、これらは取るに足らない存在であると理解したのだった。しかし……寝込みを襲われる——となれば話は変わってくる。

 夜というのはRPGの要素で言うと、昼間より敵の強さが増すイメージが付きまとう。

 そこには、夜行性の獣が、暗闇というアドバンテージを利用し、人に襲い来るのだから“苦戦”を強いられるのは当然。


 いくら、カエの能力が人外の力を持っているとはいえ、所見で魔獣の跋扈する森でサバイバルが出来るか——? と、いえば……やはり、無理があるだろう。それに、暗闇での戦闘は、どうしても一抹の不安を隠し得ない。

 そもそもが、ゲーム三昧のヒッキーに、サバイバルなど無縁でしかなかったのだ。


 しまいに——


 カエは朝から飲まず食わず……強さがあっても食欲には勝てやしない……それ以外にも精神面や睡眠の有無と、抱えた問題は山積みだ。


 カエは異世界転生、半日でピンチに陥っている。



「一番の最善策は……やっぱりだよなぁ……だけど……」



 ただ……カエに、この危機的状況の打開案が、全く無い訳ではなかった。


 カエの言う“あの木”というのは……女神ルーナと初めて会った広場——そこの中央に鎮座した立派な大木のことである。


 【神樹ユグドラシルの苗木】——ルーナは、確かそんな名で呼んでいた。


 と言いながらも、その見た目は地球では見たことのないほどの大木で、樹齢が何年なのかも想像がつかない。

 白く艶のある美しい幹に、藤色のガラス細工のような透き通った葉っぱ。周囲に謎光源の木の実を付けた、美しい樹木であったことが印象に残っている。

 ルーナが言うにはあの近辺は、魔物が寄り付かないらしい。それに、光源も樹木自体が謎の発光を放っている為、闇夜には心強い——

 あの場所は正に、この状況には打って付けと言えるスポットであろう。あそこなら、夜を迎えても取り敢えずは安心できる。



 と、そう……思えたの、だが……





「———あの場所って〜〜……はぁぁ——何処だったけ………?」



 この時のカエは、道に迷って……いや……森で“遭難”していたのだ——

 




 あの神樹とやらまで……おそらくではあるのだが、方向の検討は付いていた。


 しかし……


 カエが、ここ現在地に赴くまで……その道のりというのが、本当に純粋に真っ直ぐ突き進んで来たモノなのか——? と、いうと自信がなく、彼女の中でそうでは無い気がしている。

 道中……大岩や、谷の様な傾斜がある場面に直面しては、無理のないようそれらを避けて、カエは道なき道を行くスタイルで現在のこの場所まで辿り着いている。

 よって、その目的地ユグドラシルまで、真っ直ぐ向かって突き進めば辿り着く——とは限らないのである。



 それでも……


 来た道を戻るのか——? 



 だが、行動しようにも……どうしても、カエには戻れる自信が無い。

 それと言うのも、森での進行では目印がなく、精々が木々位……ここまで至った記憶が曖昧で、真っ直ぐ歩いたつもりでも本当に直進していたのかも不安に感じている。

 一応は“大岩”や“小谷”といった、目印に値しそうな存在は記憶にあるのだが……“大岩”は全体を苔で覆い尽くし、周囲と同化して近くでないと発見は難しい“小谷”に至っては、草木で視界が悪く、付近ギリギリまで気付けない——危うく転げ落ちる一歩手前であった。

 それを思い出して、カエの表情は酷く濁る。山で遭難した人の辛苦を、身をもって体感した心持ちだ……


 下手をすると、それらの目印1つ見つけるのにも多大な時間を有する。


 ここまで来るのに体感で一時間程。

 もう陽が翳り、周囲が薄暗くなり始めている。コレでは、戻り切るまでには辺り一面は暗闇……そうなってしまっては、森を歩く事すら困難となるだろう。ましてや魔物の心配もある。

 

 現状を考えると、辿り着くのは不可能と言っても過言では無かった。

 

 

「——ッだはぁぁ! もう、どうしたら……こんな事ならもっと考えて歩いて来るべきだった。こうなったのも、この装備がいけないんだぁあ!」

 


 そもそも、樹海に足を踏み入れるのに、カエは無計画過ぎたのだ。

 考えなしに森を数時間に渡り歩いては方向感覚を見失い。

 その当初では、自身の装備のイタイタしさからカエの精神を汚染……思考もふわふわした状態であった。

 

 その結果が遭難コレ……完全に、自業自得である。

 



 ココで少し補足——


 装備と言えばなのだが……カエは【光学迷彩搭載飛行型装置〈探知〉】と言うアイテムを装備している。

 現在は装置の能力を完全にアクティブにしてない為、待機状態となっており——迷彩によって、その姿は景色に溶け込んで視認できなくなっている。

 これは鳥を模した形の装置で、飛行型とある様に今もカエの側に浮いて待機させている状態だ。


 この装置の性能は、地形データの獲得や索敵、採取素材の探知……等々。

 使用制限が3つで、現状カエの近くに1つと、他2つを適当な軌道で周辺を飛ぶ様にプログラムしてある。

 【アビスギア】の新エリア探索に置いて【光学迷彩搭載飛行型装置〈探知〉】の使用はプレイヤーにとってセオリーとされている。それに準じてか、カエは装備一覧を弄った時にコレを無意識に組み込んでいた訳だが……

 つまりこの装置を使えば、飛ばした地域のマッピングを可能とし、現在の状況を打破する事ができる……はずなのだが……


 このアイテムも万能では無い——と言うより、がこの装置性能の真価を邪魔しているのだ。

 

 この装置のマップ情報を奪取する為には遠隔の抽出装置が必要なのである。

 その抽出装置があるのは、【アビスギア】を始めてからの最初の拠点となる基地になる。

 この基地もゲームを進めて行く際に、新しいものへと造り変えて行くのだが……

 ここは異世界——最初となる拠点ですら存在しない。よって、マップ情報が現状取得できないのだ。


 カエはゲームキャラに転生し……それでいて、ここが現実だとわかっていた……積もりだった。

 結局は……何処かゲームを引きずっている部分があったのも真実。しかし、それは昨晩プレイしていたゲームの進行度とは違う——言ってみれば強くてニューゲームの様な状態だ。便利アイテムなんて所持していても、最初の拠点なんてものは無く、まず基地を建てなければ抽出も出来ない。【光学迷彩搭載飛行型装置〈探知〉】で現状の打破は見込めなかった。



 あと、抽出が出来る施設と言えば……【セーフティハウス】と言うのがあるのだが………


 コレも……ニューゲームからと……なると……基地で…製作…部品………




「———? セーフティハウス……?」


 

——とここで、カエの思考に取っ掛かりが生まれる。



「もしかして……あるんじゃないか? これだけ無駄にゲーム再現された能力だ!? アイテム覧にあってもいいはず……」

 


 カエは直ぐ様メニュー画面を開いた。そして、出現した画面には項目の羅列が表示されるのだが、彼女が真先に選択したのが“アイテム”の項目である。

 すると、カエの所持するアイテム一覧が、ズラッ——と連ねたのだが、カエは迷うことなく項目をスワイプ……そこから、“セーフティハウス”——の文字を探す。



 そして、暫くして——



「————ッ!? ………あった……」



 項目にて、確かな“セーフティハウス ”の文字を発見した。



 【セーフティハウス】その名の通り、安全エリアとなるを建てるアイテムであり、このアイテムは【アビスギア】内でも必需品と言われる代物となっている。

 【アビスギア】はで広大なマップが舞台——誰しもゲームを始めると、拠点となる基地からスタートとなるのだが、ゲームが終盤に向かうにつれこの基地に足を運ぶ事が滅多に無くなってしまう。

 


 それは何故なのか——? 



 そこには、“広大しすぎた” 【アビスギア】の地理が関与している。



 昨今のオープンワールドゲームには、広大なマップをスムーズに探索する為に大方“ワープポイント”が設けてある事が一般的に多いものだ。


 しかし【アビスギア】はその例外——


 開発者がトチ狂ったのか【アビスギア】にはワープなんて、一切出てこないのだ。

 何をするにも自力で移動する必要があり、更にこのゲームのマップはとんでもなく広大となっている。どれほどかというと、マップの端から端までを歩いて移動した場合、リアルに数日掛かってしまう程だ……ホントどうかしている。

 普段の移動には、乗り物を利用するのだが……それでも、やはり移動に掛かる時間はプレイヤーにとって、不満のタネとなっていた。

 この手の問題は賛否両論で、何度もプレイヤー間で口論が飛び交ったのだが……開発者の拘りなのだろうか? アップデートを幾度も重ねようと改善されることは無かった——

 


 これらの観点から、一々『目的地』と、『拠点基地』とを、行ったり来たりを繰り返すのは効率の良いプレイとは言い難く、プレーヤーにとっては【アビスギア】内最大のネックとなっていた。


 そこで……注目されたのが【セーフティハウス】だったと言う訳だ。


 【セーフティハウス】は拠点基地の縮小版。その機能は多岐に渡り、休憩、探索準備、依頼受注、武器製造・改造、作戦会議場、プレイヤー間コミュニティー形成、情報管理……また、家具の設置によるハウジングも完備され、一部プレイヤーには人気が出たコンテンツも存在する。

 拠点基地でしか出来ないことも勿論あるが、大体は【セーフティハウス】でもことが足りてしまうのだ。これが、アイテムとして持ち運びが可能で、簡易的に設置できるとくれば……自ずと基地に帰る事が無くなってしまう。

 

 そして、この【セーフティハウス】は“アイテム”である。

 

 あれほど、アイテム一覧の再現率に呆れ果てたものの、まさかこの再現に救われるとは……当時のカエは予想だにしなかった事だろう——




 そして、カエは項目の一つ……件の【セーフティハウス】をタップする。すると、直ぐ目の前には……四角い白いボックスが突如として姿を見せたのだ。

 宙に出現したそれは、ゆっくりと地面に落ちて行く——そこを、カエがすかさず途中で受け止めてみせた。



「——おい……マジか? コレが使えるのは、俺の異世界ライフの安寧には、だいぶデカいぞ……やった!」



 この箱を地面に設置する事で【セーフティハウス】を展開することができる。

 今の箱の状態では然程重味は感じ無いのだが……この時のカエにとっては感動からなのか、腕にズッシリ——っと、確かに重く感じたと言う……



「さて、どこに設置したものかぁ〜?」



 【セーフティハウス】を設置、展開させる為にはある程度の広さが必要となっている。

 カエは辺りをキョロキョロと見回し、装置を設置できそうな場所を探す。

 幸い、森の中ではあったが、直ぐ近くに木々の少ない開けた場所を発見した。

 そこに目処を付け、そして……カエは開けた場の中心であろう位置に箱を置いた。


 すると……

 

 広場一杯に、角ばった平家の様なものが、淡く青白く浮かび上がるのを確認した。恐らくこれが完成予定図ということなのだろう……確認する限りでは中々に大きい。


 そして、カエの眼前には、いつもの画面が浮かび上がっている……



 

------【セーフティハウス】の展開を開始しますか?       (yes / no)




  画面には以上の問が記されていた。もちろん、カエはこれに対して……



「——ッもちろんで……イエス!!」



 ……と即答する。

 

 

 

 

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