第93話 裏技

——ギュラッラッラッラッ——!!!!


  ——ズゥダッダッダッダッ——!!!!



 カエは魔狼の出現を捉えた瞬間——すぐさま右手に構えた巨大な機関砲【回転型機関砲バーミリオン】を起動させる。すると3機ものバルカン砲が高速回転を始め、金属の擦れるモーター音と共にけたたましい発破音を周囲へと解き放った。


 するとさらに、カランッカランッ——と……使い終わった薬莢が空中で、あるいはすでに草原に落ちたものが積み重なり、金属同士がうちつける乾いた音を発生する。草原のコーラス会場は瞬く間に騒音で埋めつくされてしまった。


 そして……機関砲が放った金属の乱打は、やがてこちらに向かってくる狼の群と衝突し——



「ッッッキャイン——!!??」



 魔狼の体を最も容易く風穴を開けてしまう。衝突の瞬間——断末魔にも似た瞬間の悲鳴だけをその場に残し……魔物だろうが……それが例え群れていようが——等しく『死』が与えられる。



「ハハハッ——なんだよ。少し懸念してたけど『魔物』だろうが簡単に倒せるじゃん! 無双ゲーより無双してるぞ俺!? なんて言ったって——ほぼ一撃死だもんなぁあ!」



 この状況に、カエは興奮を隠しきれずに声を漏らす。生物を仕留めて歓喜に震えるのは人としてサイコパスではあるが——死の蔓延る空間はこの場よりも遥か先で間近で確認しているわけでない。精神にくる感情は全くと言っていい程感じられない。

 転生当初は『無双』だとか『TEE』を求めず、平和的に生きていくことを誓うも、今の彼女はただ死をばらまく機械のよう。うっすら笑いを漏らすカエは美人ながらも脅威の権現と思えてならなかった。


 そして……


 魔狼は今もカエ目掛け、仲間が死のうとお構いなしに疾走——だが、カエは何とかこれを食い止めていた。バーミリオンの物量は魔狼の群れ如きに遅れは取らない。


 しかし……



385…


369……


342………


318…………


279………………



 カエの視界には——“バーミリオン”の残弾数が表示され、驚異的速度で数字の減少を伝えてきていた。この武器は連射速度が速く物量面では驚異的な性能を発揮するが、その反面弾切れが速い——カエは、このバルカン砲が3機一括りとなった武器“バーミリオン”に<attachment>“リミッター解除”を装着することで一斉射撃性能を付与していた。こうすることで単純計算では威力3倍と、この武器の特徴である『物量』を最大限に活用している。が——その分、弾の消費量も3倍と……大きなデメリットが付与されてしまう。

 通常戦闘ではバルカン砲1機の弾を消費すると銃砲が切り替わり再び射撃を開始する。その間、弾薬を使い切った弾倉はリロード状態に入るものの、残り2機が弾切れを起こす前にはリロードは完了される。よって、この武器は実質リロード無しで砲撃を繰り返すことができていた。だが……“リミッター解除”装着により、一斉射撃を開始してしまうと、当然弾切れも3機同時……2分間のリロードタイムが発生してしまうのだ。

 このままではやがて弾切れを起こし、2分間の猶予を魔狼に与えてしまうことになる。カエの左には、チャージ状態を維持したままのレーザー銃である【幻夢ニブルヘイム—天音色—】を控えさせていたが、こちらは連射性……というよりトリッキーで一撃の威力に重点を置いた武器である。したがって、集団が広がって攻めてくる場面では正直性能は発揮できないのだ。

 こうして、敵の侵攻を抑えているのも“バーミリオン”の連射性あってのもの……リロードタイムに入ってしまえば一瞬で群れはカエの元に到達してしまうが……




…………4.3.2.1.0——



——reload time——…120秒…119…118………





 案の定——数分後には“バーミリオン”の弾が尽きリロードタイムへと移行してしまった。これより2分間カエは“バーミリオン”無しに群れと対峙することになる——


 のだったが……



「弾切れ…………じゃあだな」



 “バーミリオン”にはこの時——カエがしている証拠となる、青いコードが彼女の戦闘服と繋がっていた。だが……カエが一言「交換」と口にすると……“バーミリオン”は機能を停止したように浮遊現象が収まり……草原の上に、ズシン——と、音を立てて沈む。

 

 すると……カエの背後からは……



 もう一機の……





 機関砲——【回転型機関砲バーミリオン】が……





「リロードが嫌なら——弾のこもった“バーミリオン《モノ》”と交換してしまえばいい……ゲームじゃできなかっただ。クハッ……いやぁ〜〜できるかなって思ってたけど“バーミリオン《コレ》”を解除状態で、かつ無条件でブッパなせるって……ふ、あははは——! ゲーム調整が狂ってるぞ!? 解せぬクソゲェーじゃないかぁあ!?」



——ギュラッラッラッラッ——!!!!


  ——ズゥダッダッダッダッ——!!!!





 カエは叫んで再び“バーミリオン”を起動させる。





 本来、ゲームなら——装備とは装備項目にのみ名前が記載されている。これを装備するのは決まって“基地”や“セーフティハウス”のみ——


 カエは、この『異世界』に転生を果たしてからと言うモノ——“1つ”気掛かりを抱えていた——と……言うよりは、己の胸の内に秘めてはいるものの深くは考えていなかった。イヤ——分からなかった……が1番しっくりくる表現に近い。


 つまりそれが一体何なのかと言うと……



『“ゲーム”と“現実”との認識の乖離について』



 難しい表現を用いたが、要はカエはまだこの異世界転生の事を知らなさ過ぎるのだ。



 世界情勢、一般常識、種族、構成物質、魔物……と——



 まず世界を知らず、挙句に……



 転生特典、自身の力、女の子の体、フィーシア、転生前の事故死……



 己に降りかかった結果も——





 知らない。




 

 本当に何もかも知らなかったのだ。





 転生当初——カエは、この世界の女神【ルーナ】から、言われるがまま自分自身の力(転生特典)の把握から努めた。そこで、何気なく武器を取り出し闇雲に振り回して発生した現象を目の当たり——カエは酷く意気消沈した。ただ……フィールドで武器の装備、取り外しは本来、ゲームではできない行為だ。カエ自身、異世界を渡り歩くのは暗中摸索に等しい感覚を持っている。だからなのか……『そういうモノだ』と——勝手に決めつけ、今まで深くは追及してこなかった。


 しかし……


 よくよく考えて見ると、ゲームを現実に引っ張り出す行為は、『非常識』の体現ではないのかと——気付いてしまった。

 ゲームが現実になっているのは十分非常識だが……今、念頭に置きたいのは、ゲームを基準にした考え方だった。


 それは……


 



『…………?』

『……? どうしたのフィー? ライフルなんて見つめて……』

『——ッあ……いえ……』



 あれは、カエが力の検証をフィーシアと確認していた時だ。ふと……フィーシアが呆けるように自身の装備である、スナイパーライフルを、ジィ——と見つめ続けた姿を見せる。これを不思議に思ってしまったカエは、すかさず聞き返した。


 すると……



『あのですねマスター……リロードが終わっているんです』

『リロードが終わってる?』

『ええ……インベントリーにしまった時はリロードがまだだったに……弾倉の交換をと思って取り出したんですが……ッほら——』



—— 10/10 MAX ——



 フィーシアに言われ、差し出されたライフルにはオレンジ色の数字と『MAX』との文字が浮いた光の線で表情されている。



『うん……確かに装填済みだね? (インベントリに)しまった時は、フル装填じゃなかったの? 間違いない?』

『ええ……間違いありませんマスター……私は確かに竜を撃ち落とすのに2発、発砲しました。マガジンも抜いていません』

『それで銃が邪魔になって、仕舞い込んだ後にもう一度取り出したら……』

『これです(装填済み)』

『…………え? それが本当ならヤバくない??』

『はい……ヤバいです』



 そして、とんでもない事実を知ったのだった。



【一度、インベントリに仕舞い込んだ銃系統の武器は、再度取り出すと弾の補充が完了している】



 【アビスギア】に登場する武器の銃は拳銃から狙撃銃と多岐に渡るが……その殆どはリロードを必要とする。そして、判明した『インベントリ経由の装填』は——正直言えば、実用的には乏しい。と言うのは、わざわざ(インベントリに)仕舞ってから取り出す……この行為をする以前に、マガジンを抜いて新しいマガジンを装填する方が断然早いからだ(因みに新しいマガジンは『ゲーム仕様』によって宙に出現する)。

 では……何故、カエとフィーシアがこの事実に驚いているのか……

 それは、【回転型機関砲バーミリオン】のように巨大過ぎる機関砲の一部は、強力過ぎる威力に比例したリロード時間を有するからなのだ。

 “バーミリオン”は通常使用では、リロードは必要ないものの、特殊アタッチメントを装着する事で、威力は実質3倍に膨れ上がる。だが……これをすると威力は絶大であるものの、銃弾は一瞬にして使い尽くしてしまう。おまけに2分間ものリロードタイム……ハイスピードが売りのゲームとしては膨大なタイムロスだ。だが……大抵のプレイヤーは“バーミリオン”を装備する上でこの使い方を推奨していた。理由としては、通常使用では威力がイマイチ物足りないからである。

 場面で全弾一斉射撃をし、リロード時間は別の武器で抗戦する——これがこの武器のセオリーである。対人戦なんかで、角出合頭で銃口6個×3砲の赤い機銃を目にした時の絶望感——これは誰しも味わう【アビスギア】の洗礼であった。カエ自身も、何度……あの赤い悪魔の兵器に蜂の巣にされたことか……もうその数も覚えちゃいない……「また、テメェええ(バーミリオン)かぁあああ!!」と画面によく発狂した淡い記憶は——深くカエの心に刻まれている。


 でだ——カエは『インベントリ経由の裏技』に気づいた時——真っ先にこの武器(バーミリオン)に着目した。

 ゲームが現実になってからと言うもの武器を装備すると、3Dプリンターよろしく武器はゆっくりとその姿を表し、背に鎮座する仕様となっていた。ただ……これについて1つ思うことは、装備が顕現するまで相当な時間が掛かる懸念——それは大きな装備になればなるほど有する時間が大きい。始めはゲーム時代の『フィールドでは武器の装備変更ができない』との固定観念から深くは考えていなかった武器出現の演出だが……『インベントリ経由の裏技』と『回転型機関砲バーミリオン』を結びつけた時——カエはこの派手演出に頭を抱えた。



『名案だと思ったんだけどなぁ〜〜結局、装備して出現するのに2分掛かったら、リロード時間と一緒じゃんかよ! ハイスピードゲームの再現なんだから、そこもハイスピードにしとけってんだ! あの女神……』



 これは、霧の中——DM装置を準備する最中の一時に、カエが自身の装備を見直し最終確認をしている時の一言だ。『インベントリ経由の裏技』は既に“バーミリオン”に結びつける構想はあったものの、ここにくるまでカエは検証を一切していなかった。「まぁ〜大丈夫だろ?」とのヒッキー思考の怠慢が原因であるのだが……後回しにされた案件は大方問題を抱えると言うもので……カエはため息混じりに地面に置かれた機関砲を睨みつける。バーミリオン自身、そんな視線を浴びる謂れはないのだがな。



『…………ん?』



 だが、その時——カエは1つ気づいたことが……



『あれ? 俺、今未装備だけど……何でコイツ(バーミリオン)消えてないんだ??』



 と——






 



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