第45話 来訪者の正体と歪む矜持
カエが宿の入口カウンターへと向かう道中——
「——ッあ!? どうも、おはようございます。ミュアンさん」
一階への階段を下り切ったところで、訪問者について1番事情を知っているであろう、宿屋女将のミュアンと出会い頭で鉢合わせた。
「——ッ!? お、おはようございます。カエさん——実は今、あなたに会わせて欲しいと尋ねて来ている人が……」
そして、互いに挨拶を交わすと、ミュアンよりカエの知りたかった訪問者について早々に話を切り出された。
カエが彼女を探していたのは勿論、その件についてなのは間違いない。
当初の目的地は入口カウンターに辿り着く事ではあったが、その前に彼女と出会えたのは喜ばしい限りだ。それと言うのも、下手にいきなり来訪者と鉢合わせてしまう前に、ミュアンからその人物の情報を知り得たかったのだ。
ただ、その話しを聞く前に優先する事がある。
「ミュアンさん、その話しの前に……この子を預かって貰えないですか?」
「え? ……ッ……ミュ、ッミューリス!!」
「実は、ミューちゃん……いつの間にか、私のベットに潜り込んでまして……」
「むにゃ〜〜魔法〜〜ふふふ……」
そして、カエに背負われていた未だ目覚める気配のないミューリスを母親へと受け渡す。正確には、潜り込んでいたと言うより乗っかられていたとの表現方法が正しいのだが、そこは別に率直に言う必要もないので暈している。
「すいません! うちの子が……大変ご迷惑を……!!」
「いえいえ……迷惑とは思って無いですよ。今も、お母さんが心配していたらいけないと思って連れて来ただけですから……」
「——ッ……そうですか。ありがとうございます」
「……私も、ま〜ほ〜……使うの〜……にぇへへ……スースー……」
「全く、この子ったら……後で叱りつけないと」
「ははは……」
母が心配するのを他所に……ミューリスは尚も幸せそうな顔で寝息を立てている。その寝顔を見ていると「親の心、子知らず」とは正にこの事を指すのだろうなぁ〜と……ついカエの脳裏では、そんな言葉を思い描いていた。
「ところで……私を尋ねて来た人って……」
「ッああーそうでした! その方、今は食堂で待ってもらってます。男の人でした」
「——ッ男?」
そして漸くして肝心の来訪者の話を傾聴する。どうも尋ねて来た人物は“男”であるようだ。
実は、この時点でカエの予想が外れてしまってしまっている。
短時間でカエ達を発見できる方法となれば尤も有効な手段は人海戦術——その方法がとれて、かつ執拗な執着心を持ってそうな人物となれば……てっきり“強請り女” (自称顔が広い)であると考えていたが……どうも違ったらしい。
そこで——カエの“男”で思い付く候補は3人となった。
荷馬車の男【シュナイダー】
門番の【ラヌ坊】
ギルドで出会った【通り魔告白男(アイン)】
心当たりは、この3名——
だが……この内、通り魔は除外してもいいだろう。昨日のフィーシアにやられた一撃を考えれば半日足らずで復帰して来るのは考えられない。第一あんな別れ方(頭突き放置)をされて、再び探しに来るなんて「どんな鋼メンタルだよ!」と思えてならないからだ。
よって候補は残り2人……
「ふ〜ん〜……まぁ、取り敢えず会ってみたいと思います。わざわざ伝えていただき、ありがとうございました。ミュアンさん」
「いえ……こんな事で良いのであれば幾らでも対応させて頂きます。それに、こちらこそ、うちの子のことを……ありがとうございました」
だが、強請り女でないのなら、カエは別にどうでもよかった。
それに、2人の内——どちらであっても、これといった厄事には至らないであろう。
そう思い至ることで、安心して来訪者を確かめられるというものだ。カエはミュアンに一言お礼を伝え、食堂を目指して歩き出す。
「それにしても、カエさんはモテるのですね。あんな“若い青年”が早朝から尋ねて来るなんて……ふふふ……」
「ん? 若い……青年……?」
と、その別れ側に、ふとミュアンが艶聞にも似た発言をしてきた。
“モテる”に関して言えば、別にカエにはそんな心当たりはない。ただ今の発言では来訪者は若い青年だそうだ。これを考慮するとなると、“シュナイダー”は初老男性であるので……来訪者は門番の“ラヌトゥス”と言う事になるのだが……
(まぁ……行ってみればわかるか……)
「——ッ……よお!」
「——ッうげ!?」
「良かった〜……また君に会えた!」
そこでは、カエの予想だにしない人物が待っていた。
「いや〜……なんか俺、昨日急に気絶しちゃったみたいで……気づけば君は居なくなってるし〜……少し記憶が朧気なんだ——と、まぁ〜それよりもだ。また、君に会えて良かったよ!」
「——ど……どうやって、見つけ出して……?!」
「え? なんか、君と一緒にいたお嬢ちゃん……シェリーちゃんだっけ? あの子が大通りの方に行って、ちょうど三叉路のところに出たら、聞き込みしてみてって言うもんだから……実行したんだ。すると、まさか本当に見つかるとは……猫獣人の娘に連れられた黒外套の女の子二人組の話を聞いた時は、君だなって真っ先に思い至ったよ! カエちゃん……!」
「……ック……」
(おんどれー!! シェリー嬢!! 何してくれちゃってるの!!)
食堂を訪れると、そこには……テーブル席に腰を落ち着けている1人の人物が居た。
A級冒険者、パーティー名【清竜の涙】のアイン。カエが散々、ストーカーだとか変質者、告白通り魔だと内面で罵っていた人物。
カエの来訪者予想では消去法で真っ先に削除されていた候補であったが……まさかまさかの、彼が来訪者だったとは……
カエの会いたくないランキング、ツートップのうちの1人である。どうも彼は異常なまでの鋼メンタルの持ち主であったようだ。
(全く、一体何のためにここまで執拗なんだよ……!?)
思わず、カエの表情は険しいものとなる。
——フィー……分かってるとは思うけど手は出さないでね。まずは私から話してみるし。
——……了解しましたマスター。
彼を目視した段階で、フィーシアより薄ら黒いオーラが漏れ初めていたので、【チャット】を通して釘は刺しておく。しかし昨日のこともあったからか、彼女の放つ気配は以前に比べると少ない。どうやら、うちの子はしっかりと反省し、学んだようで嬉しい限りであるとカエは思いつつ——だがその反面、この状況は彼女にとっては決して喜ばしくはなかった。
恐らくは偶然なのどろう。まさか、シェリーの憶測アドバイスで見つかってしまうとは思いもしなかった。あの受付嬢は、変に“勘”が鋭い所があったが……本当に、余計な事をしてくれたものだ。
そして……
「——それで、一体何の御用でしょうか? 冒険者パーティへの加入の話しなら、お断りしたと思いますが……?」
カエは思わず苛立ちを隠し切れない様子で、語気を強めた口調でもってアインへと問いかける。
今に至るまでに再三にわたり、ストーキングを受けたが……この男による迷惑な押し掛けは、これで三度目だ——
『三度目の正直』との諺が存在するが実際問題、三度目の正直なんて事はない。
三度も押し掛けられようものなら、譲歩——と言うよりかは大抵、怒りが湧くというものだ。
いい加減、この男による執拗な追いかけをやめてもらいたいモノである。
「ああ——違う違う! 今日君に会いに来たのは、その事とは別なんだ! まぁ、諦めてはないんだけどね……」
「——はぁあ?」
「……ッ!? ——き、君に会いに来たのは……こ、これを渡すためだよ!」
カエの不機嫌な態度に慌てて反応したアインは、すかさず話しをそらした。
そして、彼が懐から取り出したのは小さな巾着袋。それを食堂卓の上に置くと……中から、ジャラっ——とした金属質な音が食堂にこだまする。
「……これは?」
「この袋の中には金貨で25枚入ってる。君が倒した【ジャイアンマンティス】の素材の換金額になる」
「……? じゃいあんと、まんてぃすぅ?」
「——っ……恐れながら、発言失礼しますマスター。恐らく、マスターが討伐した魔物のことではないかと……」
「——ッん? ああ……でかい蟷螂……それでジャイアントマンティス」
それは昨日のこと——
カエが森の中での能力検証の最中——斬り伏せた一際大物の魔物が、確かに巨大蟷螂であった。つまり、あの魔物の名が【ジャイアントマンティス】で間違いないのだろう。
フィーシアが補足を入れてくれたことで漸くっといったところでカエは思い出した。
だが……
その魔物の換金額を持って来たとは——?
「君に、このお金を受け取って貰いたいんだ」
「……ッは?」
「あの魔物を倒したのは君の一刀だったからね。このお金は君のものだよ」
つまりは『魔物を倒したのは君だから、その素材の売り上げは君に……』との事だった。
「「………」」
確かに、魔物を倒したのはカエかもしれない。だが討伐した後になって、魔物を追ってる2人の“人物”の存在を知り、その当時は文句を言われる前にその場を後にした。
素材やお金に頓着していないカエだ。その事に関しては特に気にはしていない。ただ、その時の“人物”は即ち冒険者……その内の1人が、目の前にいる“
彼は、その事で討伐者へ還元しようと、わざわざ会いに来たと——何とも、律儀な人物である。
だが……
彼の行動は一見、律儀で好感が持てる様にも見える。
しかし……
その彼の思いやりに対してカエは——
「……要らないです」
キッパリと断った。
そもそも根本からして、カエは特にお金に頓着はしていない。
何か必要に迫られているのなら、多少気持ちの持ち様も違っていたのかもしれないが——現状では特に困っている訳でもなく、お金が無くたってカエは満足していた。
もし仮に……お金が必要になれば、それはその時に考えればいいだけのことだ。最悪、まだ狼の素材も幾分かある。だったら、それを換金するだけの話しであろう。
現状、金銭の悩みは皆無なのだ。
それにだ——
彼(アイン)は譲られた益をカエに還元するべく会いに来たのが目的だと言うが……
一度、気を使って置いて来たモノを、再度渡し返され気分が良いか——?
と、聞かれれば……その答えは“否”だ——
返され還元されるとしても……そこには、どうしても拒んでしまう感情が芽吹く。
更に言えば、金額も金額だ——
ジャイアントマンティスの素材の売り上げの換金額が金貨で25枚——これはカエの感覚で25万円相当——まさか巨大蟷螂がそこまでの高値で取引されている事実には驚いた。だがしかし、その大金をポンと出されて「うわ〜ありがとう〜嬉しい〜」とはならない。もう、そんな大金——カエには恐怖しか感じない。
つまり……これらの観点から、カエは彼の申し出を断るに至っていたのだ。
それに対するアインの反応は——
「——ッ!? いや、これはカエちゃんが……倒した君が得るはずだった利益だ! 俺達に気を使ってくれたのは分かってる。でも、倒してもいないのに、俺はこの金を懐に入れる訳にはいかない。それは俺のプライドが許さないんだ」
カエの否定を、アインは更に否定する。彼は是が非でもこのお金を受け取って欲しいみたいだ。
ただ……
「いや……要らないので、帰ってくれます? 私はただ、急に突進してきた魔物を斬っただけです。それにあの魔物は既に一定のダメージがありましたし……あれは、あなた方が与えたものですよね? 私の攻撃がたまたまトドメをさしたまでですので、特に気にしないでください」
「いや……俺たちが与えたダメージなんて高が知れてる。君の一撃が魔物を倒す致命になったんだ。これは俺のプライドにかけ……」
「——ッだから!! もう、そういうのいいから持って帰ってくれませんか——って言ってるのぉお——!!」
「——ッ!?」
食い下がってくるアインに対し、カエは我慢の限界を迎える。
「私は別にお金なんて要りません」
「——ええ?」
「魔物だって、話が拗れると嫌だから置いてきたのに……それと、プライド、プライドって——あなたは譲られたモノを、わざわざ相手を追い掛け回して突き返すことを“矜持”とおっしゃるので——?」
「え……いや……それは……」
カエは既にアインに対して嫌気がさしていた。
急な告白……ストーカー……フィーシアの手の甲に口づけ、等々……
そして、今この時をもって三度目の付き纏い。これにはカエの心理も、いい加減にして欲しいの一心である。
彼は、気を使い獲物の利益を譲渡しようと尋ねて来て居るのだろう。だが、真の意味でカエの為を思うのであれば、この付き纏い自体をやめてもらいたいと言うもの——寧ろお金を貰うより、お金を払ってでもいいから辞めてくれないだろうかとさえ思ってしまう。
もしかするとだが……譲渡にしても、会いに来る口実である可能性すら有るのでは……そう、有るかも知れない“裏の考え”すら思考し始めている。
「魔物素材の所有権で言えば、あなたが冒険者として依頼を受けて追っていた獲物ですよね? それに素材をギルドまで運ぶにもそれなりの手間が掛かる。これを全てで“事”を考えれば、あなたは一定の責務を果たしていると言えますね? 冒険者の仕事として利益を受ける権利があなたにも当然、あるんじゃないですか? 昨日も言いましたが、そもそも私たち冒険者ですら無いのですよ?」
「え、とぉ〜………その〜……?」
少なくとも、彼は自身の冒険者仲間と魔物を追い詰め体力を奪っていた。仕留めたのが自身でなくとも、討伐後の素材となった魔物をギルドまで運ぶ労力を消費している。例え、カエがトドメや致命を与えた功労者で素材の利益の一端を受け取る権利があるとしても、全額をポンッと出すのは間違っている。
カエ自身、お礼は要らないとは申し出た手前——無償の施しがアインに取っては素直に受け入れられない部分でもあるのかもしれない。
だが……
「それとも冒険者とは慈善活動の一貫なんですか? ポッと出て来た人物に毎回毎回所有権を譲る気です? それって、あまりにも甘すぎる考えではないですか? 冒険者を仕事として選択したのなら、誇りを持つべきでは……?」
「…………はい……その通りかと……」
そう、彼の行動は“甘すぎる”とカエは思えてならなかった。これも、カエの苛立ちの増長の一部だ。
冒険者のルールや一般的セオリーなんてのは知らないが、いくら何でも彼の申し出は唐突過ぎたのだ
そして、それ以外にも1つ気になる事もある——
「それと……あなたの冒険者メンバーの……えっと〜………」
「……マスター……レリアーレです」
「そう! 彼女! レリアーレさんは“この事”についてなんて? 今日は、彼女は一緒じゃないのですか?」
昨日は、アインのパーティーメンバーのレリアーレという女性が彼と一緒にいたが、今日は居ない。
今、尋ねて来ているのは彼1人だった。
カエはテーブルに置かれたままの袋を指差し“
「——ッ……きょ、今日は……お、俺1人で来た。リアは、そのぉー……宿で……まだ、寝てると思う。“この事” は知らない……です……恐らく……はい……」
「………ッ……はぁぁ〜〜——だったら尚のこと、このお金は受け取れませんよ。今の、あなたは己の矜恃を示す順序が間違っています。まずは、そのレリアーレさんに事情を説明して謝罪して来なさい! 拗れるとややこしくなるお金の話しはそれからでしょう? 仲間を蔑ろにして、プライドもクソもへったくれもないですよ! どうぞ、お引き取りを——!!」
やはり……彼の連れは案の定、この事を知らないでいる様だ。
カエはその確認が取れるや否や、言を吐き捨て卓上の袋をアインの目の前へと手で弾いて転がしてみせた。
それが、食堂内にコインの擦れる乾いた金属音だけを残し……やがて、沈黙が訪れる。
アインはカエの口舌に言い返す事が出来なかったのだ。
カエは、口を噤んだ男を人睨みすると踵を返してアインへと背を向けた。
「——ッ……ちょっと、待って! 話しを聞いてくれ!」
「ッ嫌です! 失礼します!!」
アインは諦めずに、カエをこの場に留まらせようと引き止めるが……彼女は振り返る素振りを見せる事なく、冷たく遇らった。
カエの中では、時既に……アインとの対話は完全に完了してしまっていた。彼女の態度は「もう話す事はない」と強く表明している。
そして……カエの背後では、対峙の終了を把握したフィーシアが、男へ軽く会釈を済ませると、カエの背中を追いかけて行く。2人は食堂にアイン1人を残す形で部屋を後にした。
再び、室内は沈黙が支配する。
そして、室内に差し込み始める朝日の光……それが男の背中へと掛かる。
その釁隙から覗く一筋の光線は何処となく冷たさを帯びていた。
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