第111話 まるでホラーゲームをやらされてるような気分

「では……マスターは、この彫像を何度も目撃しているってことなのですね。その都度、私は……」

「そう。さっきのフィーシアのセリフも、聞くのは4回目なんだよ」



 そしてカエはこれまでの経緯、取り乱した理由をフィーシアに語った。


 これにより、カエの気はスッ——と晴れる思いだ。まるで、酒の席で上司の愚痴を吐き捨てる。それほどまでに心が洗われるよう。カエは、生まれてこの方酒なんて飲んだことはないが……あくまで気分的な話である。


 ただ……これがきっかけで何か解決の糸口が見えることを願って、フィーシアに視線を注ぐ。すると彼女は俯き、口に手を当てて熟考している。


 もしかすると、フィーシアからいい案が聞けるのでは——そう望みを彼女に向ける。


 すると……



「マスター? 一つ提案があります」



 フィーシアは考える姿勢を解くと、真剣な眼差しで言葉を口にする。そんな彼女には、何やら打開案があるみたいだ。



「本当? こんな短時間で!?」

「ですが……確証はありません。想像に基づく範疇の私見になりますが……」

「それでも構わない。君の考えることは、いつも正しいし。それに助けられてばかりだからさ。遠慮せずどんどん言ってよ」

「——過大な評価。恐悦です」



 だが、そんな彼女はどこか自信なさげな物言いだが……この時のカエは、考えがあるならなんだってよかった。どんな些細なことでも、このおかしな現象について分かることがあれば……と、あぐむフィーシアに発言を促す。


 

「では、僭越せんえつながら……次の彫像を目指してみましょう。マスター」

「——次の彫像?」



 ただ……この時のフィーシアの考えに、カエは疑問符を頭に張り付ける。


 今——カエを襲った現象は、彫像を目撃する度にフィーシアのセリフがリセットされている——というモノだ。本人にも確認してみたが……彼女の脳内メモリからは3回分の目撃情報が消えていた。この現象はフィーシアの記憶が消えてしまったのか——はたまたカエは同じ現場を時間を巻き戻して追体験しているのか——事実はどうあれ、おかしな現象を体験している事実は確かである。

 ただ……夢を見ている。カエの精神が正気でない。これらの可能性も十分考えられたが……フィーシアの“ほっぺ”は柔らかいと感じている。それに気が狂っている感覚も感じられない。でなければ、これほどまでに思考を巡らせ、熟考なんてできないだろう。

 だが……この現象に対し、何も手を講じないわけにはいかない。いつまでも、霧の中に立ち往生。フィーシアとの時間を『センスのないオブジェですね』とのセリフだけで埋め尽くすのなんてゴメンだからだ。


 だが……これについての打開策として、フィーシアのあげた策は次の『彫像を目指す』ことだった。


 これでは、なんら今までと変わりなく、全く同じ行動に他ならない。


 一体、どういうことなのだろうか?



「それだと今までと変わらないと思うけど……」



 当然、カエはすぐにこれを聞き返す。



「いえマスター……一見同じなように思えますが……今回に限っては決定的に違う部分があります」

「……ッ!? 違う……部分?」



 だが、一見同じ行動を薦めてきたように思えるのだが……明らかに「違う部分」とやらがあるそうだ。


 そして、フィーシアは続け様に詳細を語る。



「ええ……今はマスターが謎の『既視感』を強く認知している点。そして、私とマスターの2人がこの事実を共有しているという違いがあります」

「ふむ……なるほど……」

「このまま、ここに居続ける訳にもいきません。ここは一つ、変化が生じる可能性に賭けてみませんでしょうか?」



 その内容は、理にかなっている。確かにフィーシアの発言の内容からは、先ほどとの変化が語られている。

 この現象についても、まだ謎である部分が多く——自分達に何が起こっているのかも把握できてない今——『状況の把握』とは大きな変化に他ならない。

 先ほどはカエも、なんの意識を向けず彫刻を幾度となく通り過ぎてきたが……ここで意識を向けることで、変化が生じる可能性だってある。


 この案に乗るのも一考の余地はあると思える。



「分かったフィーシア。それで行ってみよう」

「——ッ!? よ、よろしいのですか?」

「良いも悪いも……フィーが『可能性に賭けてみよう』って言ったじゃん。ここはそれを信じてみようと思っただけだよ」

「ですが、あくまで私見の推測です。憶測の域を出ていませんが……」

「それでもいいさ。何もしない訳にもいかないし、それ以外の良案も思いつかないんだから、試してみる価値はあるんじゃないかな。とりあえず次を目指してみようか——」



 こうして、2人は5つ目の彫像を目指すことにした。


 ただし、この間……認識に違いが出ないか、細心の注意を払いながらだ。



「フィー……何か、状態に変化はある?」

「いえ……今のところは……」



 大体、5〜10分ぐらいおきに互いに状態を確認する。こうすることで、異変を感じた時に対処できるだけでなく、どの段階で異変は起きるのか調査も兼ねていた。


 そして……互いに声を掛け合って、それも5回目に差し掛かったところで——



「お!? あれは——!!」



 白い霧の壁に黒い影が見え始める。


 おそらくあれは——カエの中では、お馴染みとなってしまった鳥の彫像だろう。



「フィー大丈夫? 変化や異変は感じる?」

「いえ…… 特には感じませんが……」



 そして、彫像をはっきりと目視する前に、すかさず状態の確認とフィーシアの状態をみる。

 だが、これといって変化は感じられず、身体的にも良好だ。



 異変は感じない。



「にしても、で、この鳥も代わり映えしないよな。違うデザインも採用しないのかね」



 ついに、鳥の足元まで訪れると、カエはこれを見上げ、不満を口にする。ここまで嫌気を差したのも、この濃霧の中を何度となくを見てきているからだ。翼を折りたたみ、ただ静かに一点を見つめ鎮座する。散々目撃してきた4躯と同じ構図。これでは自身のここまでの歩みが、果たして本当に前に進めているのか疑わしい。

 よく観察すれば、彫像の位置に亀裂が入り、折れた翼までとくれば……カエが沈鬱とするのも仕方がないだろう。


 と、ここで——



「……ん?」



 再びの既視感。


 カエは先程からこの彫像を見ると既視感に苛まれる。これは2つ目の彫像の時から感じている。これが何なのか気付けないのだが……確実にカエの思考をチクリと刺激するのだ。



「まったく感興を引かない彫像……」



 すると、カエと同じく彫像を見上げたフィーシアに気を奪われる。

 何気ない感想。カエ自身何の疑いを持つことなくフィーシアを視界に捉え、そこには何の変化も生じない少女の姿——


 だが……



「……ッえ?」



 この言葉は、カエに安心感を与えることはなかった。







——振り出しに戻る——







「では……マスターは、この彫像を何度も目撃しているってことなのですね。その都度、私は……」

「そう。さっきのフィーシアのセリフも……ってこれさっきも言ったな……」



 再びフィーシアに説明をして理解を得る。

 だが、彼女の感情は味方を得たとしても、まったく安心感を与えてはくれない。なぜなら、その味方はまるで記憶を失ったかのように——


『センスのないオブジェですね』


 その発言を放つ瞬間に戻ってしまうのだから……



「ですが……マスターの話を聞く限り、この彫像が原因なのでは? 先程は、彫像を見る直前まで私の記憶があったことからも——鍵は、やはり彫像コレなのではないでしょうか?」

「う〜〜ん……やっぱり?」



 カエはフィーシアの発言を聞き、再び彫像を見上げる。


 欄干部分が一際大きな台座を形成し、3メートルほどの高さの鳥を模した彫像。継ぎ接ぎなどは見当たらないことからも1枚岩を削り出して造られているのだろう。

 止まり木で羽を休める巨鳥は経年劣化により角は丸みを帯び、境界は朧げ。なんとなく鳥だと分かるが、翼には大きく亀裂が入り、あと少しすればその正体も分からなくなってしまいそうだ。



「でも、変な感じはしないんだけど……さっきから見ている彫像となんら変わりない同じもの……だし?」



 だが、カエは違和感を見つけることはできなかった。


 今まで通り過ぎてきた彫像をマジマジと見た訳でもないため、異変は愚か——違いすら分からない。


 あるとすれば謎の“既視感”だけだが……


 その答えは見当たらなさそうだ。


 

「何度も何度も目撃する同じ彫像——無限に続く霧の道——見えるのは流れる欄干のみ——で、フィーの記憶がリセットされて繰り返される。同じ回路を永遠と繰り返し歩く……【ホラーゲーム】でもやらされてるような気分だよ」

「……ほらーげーむ?」

「あぁ……なんでもないよフィー……」

「……?」



 自身に付きまとう現象を、カエは【ホラーゲーム】に例えた。


 それは同じ場所を永遠と歩き回されてる気分から例えた比喩に近い話だが……ホラーゲームとはよく言ったものである。


 大体、こういったホラーゲームというのは、幾度となく無限の回路を彷徨い歩く事で、やがて変化が生じるものだが……そんなものは現状一切感じず、フィーシアの記憶がなくなっていることからも「時が巻き戻っている」のではないかと思えてならなかった。

 先程から、カエが彫像について変化を気にしている様子はここから来ている。


 だが……


 そもそも、こういった記憶力が物を言う場面ではフィーシアの方が得意なのだ。


 忘れっぽいカエにはホラーゲーム謎解きは荷が重すぎた。


 でも……



「……ん? 待って……変化が無い?」



 カエはある事に気づく——



「この彫像、おかしいんじゃないのか?」



 それは、彫像の異常性に……



「マスターどうしましたか?」

「だって、なんの変化も無いっておかしいんだ。この翼の傷——」



 気づいたのは彫像に刻まれた傷だ。



「まったく同じなんだよ——この傷」

「……!? ということは……」


 

 カエは、ふと彫像の傷を撫で、言葉を口にした。


 カエはホラーゲームなら同じ回路を彷徨い歩くことでいつか変化が生じる——と思い込んでいた。

 だが、今重要なのは変化に気づくことではない。

 

 寧ろ、その逆——全くを、もっと早く自覚するべきであった。


 彫像の傷は……これまでに目撃して来た巨鳥と、位置で翼を砕いていた。


 そう……なのだ。



「今、ここにあるのは……最初に目撃した彫像と同じモノだった。それはこの翼を折るように刻まれた経年劣化の跡(ヒビ)が物語ってる。まったく同じ割れ方をする罅なんて……ありえるのか? いや……あり得ないんだよ! つまり……」

「私たちは初めから、前になど進んでなく『同じ時』『同じ場面』を繰り返していると……?」

「おそらく……そして、私の記憶だけは維持されてね。あり得ない話だけど……そうとしか思えない」



 巨鳥の罅が語った事実。



 それは……カエとフィーシアは同じ石像の前を、幾度となく通過していただけ——



 同じ場面を繰り返していたのだ。

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