第12話 メインシステム《ダイヤモンドダスト》

 掌の先に、顕現した球状の青白い物体——それは、大きさとしてはバスケットボールほどだろうか……?

 その球体は、簡単に言ってしまえばガラス玉のような形相——しかし、目を凝らせば物体は透けて……見うる内部は靄が激しく渦巻き、所々光線が輝きを放ちつつ奔流する。


 まるで強烈な吹雪が、砕けたガラス片と共に球体の中に閉じ込められているかのよう——

 目にした者は、皆……球体が有するエネルギーの強大さを、容易に理解することであろう——



——メインシステム《ダイヤモンドダスト》起動準備>>>>>>>完了しました……



「——ッ……メインシステム起動……展開——」



 脳内に流れる音声が、準備の完了を告げると——そのままシステムの起動を……カエは迷うことなく宣言した。


 すると、ピキィッ——と、音を立て……青の球体には、綺麗に整った模様の亀裂が迸る。すると……



 内包するエネルギーを解き放つか如く……





 砕ける——





 破片が周辺にちり、内部からも夥しい量の蒼白い三角形のガラス片が四散する。そしてガラス片達が、カエを中心として周囲を無数の軌道を描く様に浮遊し、飛び回って見せた。



 それらはカエを抱擁し、守護するかのように漂っている。



================================

------ログ-------

        :

        :

-------光学迷彩搭載飛行型装置〈探知〉が

   敵性生物、個体名ゴブリンを発見

   >>>>詳細を表示しました————


-------メインシステム《ダイヤモンドダト》

   起動準備

   >>>>>>>完了>>>>>>

   マスターの了承を確認————

     ------起動します————


-------個体名ゴブリン………接敵まで……

   >>>>>>約…12秒———


================================



「——ッ——ウギャ?! ギャーギャー!」

「——ギャギャギャ!!」



 そこから、ゴブリンもコチラに気づいたようで——急に慌ただしく喚き出す。

 それを証明するかのように、ログ画面には最新の知らせが連なってみせる。


 だが……カエは、その場を動こうとはしない——


 ただ、ゴブリンの出方を悠然と眺めているだけ……余裕綽々といった態度を穿く——



 カエのその強気の姿勢は、彼女を包み込むガラス片が関係していた。









 【メインシステム《ダイヤモンドダスト》】



 アビスギアでは、キャラメイクの段階で『メインシステム』というのを選択する。

 これはアビスギアをプレイする上での主軸となる能力で、この選択次第ではプレイスタイルのほとんどが確立される。

 ここに、“装備”と“スキルプログラム”でもって——ある程度の方向性を追加することで、最終的な『個人スタイル』が完成するのだ。


 カエが好んで使用していたのが《ダイヤモンドダスト》を冠するシステム——これは“防御”に特化したタイプで、この青い破片一つ一つが盾の役割を担っている。

 他にも、“攻撃”の《プロミネンス》——“速度”の《テンペスト》——等と幾つかの種類があり、大体のプレイヤーは選択したメインシステムを極端に突出させる装備を揃える。例えば、攻撃なら威力の高い〈大剣〉〈戦斧〉を……速度なら〈短剣〉や〈刀〉などを……といった具合にだ。

 あとは、スキルプログラム等々で細かな調整を加えるのだが……この説明を、今は割愛しよう。コレを語ってしまえば、日が暮れてしまうからだ。


 何はともあれ……システムと強化の関係性——このセオリーとしては「突出させる」が尤も重要な部分である——そう、あるのだが……



 カエは、このゲームに対し……だいぶ捻くれたプレイスタイルを確立していた。

 

 まず、防御をメインとするなら大盾でタンクに徹したり、堅牢さを活かし敵の攻撃を耐えたあとに大剣でデカい一撃を入れる——といった戦い方や、《ダイヤモンドダスト》の能力単体でも大分硬いので、敵の遠距離攻撃は防ぎつつ、軽銃や重火器でコチラからも遠距離攻撃を〈チマチマ…チクチク…陰険ファイヤースタイル〉というやり口がある。


 だがしかし、カエからしてみれば……これらの様式には、一切の魅力を感じていなかった。

 何故なら彼女にはゲームをプレイする上での一種の信念があったからだ——




 『主流に乗っかりたくない』——ただ、それのみが彼女の貫く決意……

 



 ゲームというのは、プレイヤー間で情報が共有されたりするものだ。

 直接的に関わりがなくとも、攻略サイトや攻略動画で情報獲得が容易に出来る。

 そうしてくると、大体のというものが確立されてくる訳で……



 つまり——“皆、同じ物しか使わなくなる”



 ほとんどのプレイヤーが同じスタイル、同じ武具装備、同じ見た目……


 たしかにそれは最適解であって、効率的と言える答えだ。だが……



 そこには、全くと言って——『面白味がない』……



 カエは大多数のプレイヤーが見向きもしない様なスタイルを目指した。

 まず、メインシステムは“防御”を主軸とする。

 アビスギアの敵による攻撃威力は『大・中・小』と大まかに区分があるのだが、そこに最低限のスキルでもって、“中”程度の攻撃を防げるまでに持っていく。そして、残りの装備項目全てを“速度”に突出させるのだ。


 では……これの何が問題なのか……?

 

 それは、カエ『本体』の“防御力”をかなぐり捨てている点にある。

 実は、カエの装備だが——自身本体の防御力は、スキルを優先するあまり……かなり低い。



——Q. では敵の攻撃はどうするのか……?

 

——A. 全部————



 メインウェポンは〈刀〉……サブには〈ハンドガン〉を装備……中、近距離を主体で限りなく隙を少なく、それでいて敵に対し常に攻撃を——入れ続ける。


 そこで、攻撃が飛んでくるのなら……


 全てを——細かな弾幕はダイヤモンドダストの盾で——一種の“避けタンク”と言うやつだ。



 防御力がなにぶん低いため、数発の攻撃すら許すこともできない。これがカエの戦い方なのだが——【アビスギア】において、コレはかなりトリッキーな所業だと言えた。

 メインシステムがのくせにに特化させた挙げ句、近距離と中距離の武器、両方を使う。こんな装備選択をする奴は……まずいない。言ってしまえば、器用貧乏に成りかねないチョイスなのだ。


 そして、挙げ句の果ては——ダメージを受ける事は許されない。


 そのため、このスタイルを突き詰めるのであれば【メインシステム《ダイヤモンドダスト》】というのは——かなり重要となってくる。

 この世界で、“ゲーム”を『異世界特定』として受け取った身としては……「システムが使い物にならない——」では、カエにとって死活問題と言うわけなのだった。










「ギャギャ———!!」

「「「ギャギャギャ!!」」」



 ゴブリンはいよいよ攻撃に乗り出すようだ。


 始めに1体がコチラを指差し叫ぶと、他3体がそれに呼応し駆け出してきた。

 どうも、叫び声を上げた1体はリーダー格であるようだ。その証拠に駆け出したゴブリンは棍棒を武器としているのに対し、そいつだけは刃が欠けた薄汚いナイフを装備していた。その他にも、身に纏うモノも多少まともな感じである。

 現在も3体に先行させ、己はその場で静観を決め込んでいた。


 そして数秒後——3体のゴブリンは助走を付け、遂にカエに対して飛びかかる。だが、彼女にとってそれは、かなりゆっくりとした動きだ。避けることは容易いし、今から武器を抜いても十分——迎撃も間に合う事だろう。


 だが、今のはカエを抱擁する破片にある。

 

 カエは正面に右手をかざすと破片の軌道が変わった。そして……それらは手先に密集して重なり合うことで大きなを形成する。

 そこへ……ゴブリンは空中で思いっ切り棍棒を振り下ろし襲いかかるも……その攻撃がカエに届くことはなかった。


 キィィッン——と障壁と衝突した音が森に響き渡り、結果——青い盾に阻まれた3体は宙に留まることとなる。

 だが……


 重力がそれを赦さない——その後、宙に滞在するゴブリンは……すぐに地面へと引っ張られていく——


 そんな、ゴブリンが地面へと到達する前に——



 カエは既に予備動作に入っていた。



 空いた左手を引いた状態——そこから勢いよく腕を振りかざす。


 すると


 障壁は身体を一周しゴブリンを横から薙ぐ形で飛来……



 思い切り【ダイヤモンドダスト】の破片を打ち振り抜いた——



「「「——ギャッッ………………」」

 


 ゴブリンの口から一瞬、悲鳴の様なものが漏れると、ゴキッ——と衝突時に嫌な重音を奏で——


 真横へと高速に弾き飛ばされていく……



 あるモノは勢いが止まらず、地面を跳ねながら森の奥に消えて行き——



 あるモノは樹に打ち付けられ、幹が赤く染まった——



 一番酷いモノは、よほど当たりどころが悪かったのか……首と腕が捻れて折れ曲がっている——



 ひと目でわかる……ゴブリン共はどう考えても、だと言う事が——




「——ギャッ?? ——ギャ………ギャギャ———……!!」



 リーダー格のゴブリンは、瞬間すぎた仲間の死に理解が追いつかず、一瞬呆けた様子を見せたが——数秒を経て漸く思考が追いついたのか……声を荒げて逃げ出して行った。



(——うん……メインシステムは大丈夫そうだね。感覚もぉ〜……ゲームっぽいし……まぁ、盾の強度云々はゴブリン程度の攻撃なんかじゃ……わからないだろうけど……)



 動作に関してはカエの想像していたものと遜色なく、特に問題は感じられなかった。

 ただ、ゴブリンはRPGの中では大体が最弱に位置付けされる魔物だ。

 彼らが棒っ切れで叩いた程度で、《ダイヤモンドダスト》が壊れるはずもなく——最終的にどこまで耐えきれるのかは今の段階では確かめようがなかった。



 この世界の“中”程度の攻撃ってどの程度なのだろうか……? 



——そこに関しては、追々確かめるとしよう。




「——ッおっと……そうだった! もうひとつ実験〜っと……」



 そして、カエは《ダイヤモンドダスト》について、さらなる検証を続ける。


 彼女は思い出したかのように、現在逃走に踏み切っているゴブリンを視界に捉え——ソイツに対し……右手を振り上げた。

 すると……指先の延長上に《ダイヤモンドダスト》の破片が一枚——


 次の瞬間……ゴブリンに向けて、カエが腕を振り下ろすと……破片も動きと連動し、対象へと降り落ちた——



 今、試そうとしているのは《ダイヤモンドダスト》による攻撃である。

 実はこの盾、だけでなく敵に対しができる。

 先程は、弾き飛ばす形でゴブリンを即死に追いやったが——本当を言えば、この事に関しては、慮外の出来事であった。


 何故なら本来、ゲーム内ではそこまで威力はないはずなのだ。


 単に敵を弾き、怯ませる技なのだが——実際、現実ではゴブリンは死んでいる。


 だが、その事象も——よくよく考えると……あたり前であるとも思えた。


 生物に向って、硬質の板を高速で撃ち込み弾き飛ばしているのだ。もはや交通事故なみの事象である。

 この世界はゲームではない……現実であると理解しやすい事柄であった。


 では——


 斬撃の方は、どうなるのだろうか……?



 ゲームだと低威力のダメージをチクチク与えるだけの代物である。感じ的には「ダメージ1·1·1·1·1·1·1……」と、いった具合の低位威力連撃で——あくまで、追撃用の技でしかない。

 【アビスギア】の使用例で言えば——敵HPがミリ単位で耐えきられた場合の最後の追い込みや、スキルプログラムによる属性付与で状態異常を仕掛けるのによく重宝した。

 したがって……今、ゴブリンに向かって飛来しようとしている破片による攻撃も、仕留めきれないのなら別にそれでも構わなかった。

 今知りたいのは、対象にダメージを負わせられるのか……? それ一点だけにあった為である。


 しかし……


 ここで、またしてもカエにとって、予想だにしないことが起きてしまう。



 何と……《ダイヤモンドダスト》の青の破片が、スゥ——と……



 ゴブリンを通り抜けたのだ。




「……………………はぁ?」


「ギャギャ———ッ……?……………」




 一瞬……破片がゴブリンを透けて通り抜けたかと——錯覚した。


 いや、ではない——確実にゴブリンは斬られてる。



 ゴブリンは斬られたことに気づかず——僅か、数歩……歩みを進め——漸く斬られた事実が追いついたのか、身体の左右の対象の均衡が崩れ……



 地面へと崩れ落ちた——



 なぜ、このような事象を引き起こしたのか……?


 それは……あまりにも《ダイヤモンドダスト》の破片の刃——その切れ味が鋭すぎてしまったことが原因であった。



「——ッえぇぇ……可笑しいでしょう……切れ味ぃ〜〜……」



 どう考えても——「ダメージ1」……では説明のつかない事実が、またもカエを混乱させる。



 それでも……



 この世界は——そんなカエに、さらなる混乱を追加投入してくるのだ。











『レベルがあがりました——!!』



 その時……


 カエの頭の中に直接、知らない音声が——混乱を告げてきたのだ。

 



 


 

 

 





 

 


 



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