入学前

ルイシアーノ編

【改稿版】1-1話 父の無茶ぶり

 拝啓、目の前にいらっしゃるお父様へ。

 ご機嫌はいかがでしょうか。

 いま私は貴方の横っ面を思いきり、扇子せんすでひっぱたいてやりたくてたまりません。


 けれども、ええ。私はこれでもお父様を愛しておりますから、笑顔でもう一度聞き直して差しあげましょう。訂正するなら今ですよ。

「……で?お父様。今何とおっしゃいました?」

「おや、聞こえなかったのかね。私の可愛い娘シグリア。」

 ならもう一度、今度は結末から伝えようか。満面の笑みを浮かべて髭をなでさする。


「シグリア、お前も明日の誕生日で十歳となる。かの侯爵、フェルディーン家の嫡男が同年代ということだし、彼に仕えるように。

 なに、性別のことは心配しなくていいさ。我が家には代々『性別認識変換魔法』が継承されている。」

 これで周囲のお前の性別に対する認識を女から男に書き換えればオールOK!男子寮に放り込んでもバレないぞ☆とサムズアップする父。

 どうやら最後に与えた猶予ゆうよを彼は親指とともになげすてたらしい。


 いや、本当にふざけていると思う。

 たしかに我が家は魔法騎士を代々輩出はいしゅつしてきた。

 目の前にいる父も、兄も。十の歳を一つの区切りとして侯爵や公爵をはじめとした上流貴族に仕えてきている。


 貴族の子に仕えることで礼節と教養を学び、その家にいる衛士から鍛錬たんれんをつけてもらい、そして十五歳になったところでこの国の中枢、魔法学院へと進んできたのだ。

 卒業後は魔法騎士団に入団するか、従者として仕え続けるかは当人の希望次第だが。


 いや……だからって女の私を男の従者に?そして学院へ?無茶では?


 女性が学院に進むこともないわけではないが、彼女たちの大半がそれこそ高位の貴族、あるいはその縁者だ。

 魔法を専門的・実践的に学ぶための高等専門機関である学院。そこは高位の貴族たちと、一握りの優秀な人間だけが通える場所。

 たかだか男爵とか子爵の子女が通えるような場所ではない。いや、だからこそ侯爵家とつながりが欲しいのは分かるのだけれど。


「だからって性別を偽れとはどういうことです!性別認識変換魔法なんて聞いたこともありませんよ!?」

「そうだろうそうだろう。何せ我が家秘伝の術だからね。」

 本当か?胡散くさい。


 秋の穏やかな陽光が外から入ってくる室内は、けれどどこか薄ら寒い。

 父親の正体の知れぬ笑みのせいか、私の怒りのせいかは分からないけれど。部屋のすみにいる女中さん、ごめんなさい。


「仮に魔法があろうと何故その事実を隠されたのでしょう。私はこれまで女としての生き方しか知りませんでした。それを明日からはい男として生きろといわれて、出来るとでも?」

「言ってなかったのはたしかにこちらの、家の都合だ。だがお前なら出来ると思っているよ。シグリア」

 信頼されている?

 一体なにを根拠もなくと睨みつけていれば、女心など小指の爪の半分ほどもない父が言い放った。


「シグリアは昔から口がうまいし男勝りだからな。魔法もあるし、男だって言いきればバレないバレない!」

 殴りたい。殴っても許されるか。というか殴ろう。父に兄がいればそうも育つわっっ!!


 扇子せんすはここにはありませんが、この勢いなら素手で殴っても許されるはず。

 いくら父親だからって言っていいことと悪いことがあることくらい知るべきでしょう。


 淑女しゅくじょらしからぬ考えに至っている私。天国のお母様が見たら泣くかも知れない。

 でも原因は彼女が愛していた、そして今も愛し続けているであろうこの男だ。しょうがない。


 握りこぶしを作り構える。

 だが、そのまま踏み出そうとした足は、次の父の一言で床に縫い付けられたように動かなくなってしまった。


「という訳で、明日はクアンタール家次男のシグルト=クアンタールとして、フェルディーン家の嫡男、ルイシアーノ=フェルディーン殿にご挨拶に行くからそのつもりで居なさい。」

 ……………なんですって!?


 眩暈がする。足元がおぼつかない。

 だってその名前で思い出してしまったのだ。


 この世界が一体何なのか。私が誰なのか。私の主になると告げられた少年の名前、その正体を。


 今出た名前は乙女ゲームの攻略対象。ここは乙女ゲームの世界だ。

 それも、対象全員ヤンデレの!!!!?

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