6-1話 ソルディア、始動

 精霊の導きと祝福に満ちたこのポーラリスティア魔法学院。ここではいくつか大きな行事がある。


 現代での学校でもあったような体育祭や文化祭めいた行事もあるが、花形として存在するのは大樹の宿る精霊たちが生誕する日に行われるプロムナードだ。

 年に一度、最も寒い日に行われるとされるその行事は新たな精霊の誕生を祝う年でもあり、同時にこれまでソルディアに所属していなかった者が新たにソルディア入りを狙える絶好の機会でもある。


「つまりそれまでにある精霊行事の数々に参加している奴らは、彼らに対するご機嫌伺いが目当てなのだろう?」

「言い方が悪いですよ、ルイス様。実際そのおかげで私たちの負担も軽減されるのですから」


 とはいえ、精霊たちはただ時期が来れば生誕するほど単純な存在ではない。

 定期的に魔力を分け与え、彼らから託宣される任務クエストを解決する必要がある。これは形としては不定期ではあるが、大半のものが既に精霊行事として目処をつけ、日程を取られている。


 精霊行事は精霊に選ばれた者たち、ソルディア関係者以外は必須の業務ではない。また既に学院を出て己が職に就いている者は参加を免除されている。

 元々数の少ないソルディアのメンバーの内、学院に所属している人は顧問であるカーマイン先生以外は流動的。五人もいれば多い方だとすらいえる。

 それでも精霊行事が滞りなく進むのは、ひとえに有志として参加する学院の生徒が多いことが大きい。


「記録を見ておりましたが去年は一昨年の倍近い協力者がいらっしゃったようですね。今年も恐らく同じくらいの人が集まられるかと。精霊に愛されていたリュミエル先輩が卒業なされましたから。」

 たおやかな笑みを浮かべるのは淡いブロンドの髪と蒼い瞳を持つ女性。

 最高学年の五年生であり、ソルディアの一員。現時点の学院内で最大の地位を持たれるアザレア=フォン=ルーンティナ第三王女だ。


「……兄の有無がそこまで影響されているので?」

「それはもう。何せあの方がいらした間は新たに生誕なされた精霊も皆まっしぐらに彼と契約を求めたくらいで……」

「いや本当申し訳ありません。心からお詫びしたい。」

 自然と姿勢は平身低頭になる。そりゃやる気をなくすはずだ。ゲームの中のシグルトもこんな気持ちだったのだろうか。つい想いを馳せてしまう。


「あらまぁ、謝罪する必要などありませんよ。私も先輩が在学中だった時には随分とお世話になりました。ソルディアに入れたのも半ばあの方がとりなしてくれたからというのもあるほどに」

 ──過去に何があったのだろうか。気になるが聞くのも怖い。カーマイン先生の時のような地雷を踏むのもごめんだ。しばしの葛藤かっとうの末に言葉を飲み込んだ。

 ルイシアーノに至っては触らぬ神ならぬ触らぬ兄に何とやらとでも思ったのだろう。先ほど先輩が手にしていた、過去に行われた精霊行事の記録へと目を移している。


 いくらかのページをめくり終えたルイスが、口元に指先を当てた。今ともにいらっしゃるのが王女殿下ということもあってか、普段の傲慢ごうまんさはほとんど鳴りを潜めている。今の姿だけを見れば非の打ち所がないイケメンだ。


「ふむ、精霊行事というからには儀式めいたものが多いと思ったが……意外とそうでもないのだな。燐光のつぼみの採集や要石への魔力の付与や。」

「ええ。そういった素材や魔力はあればあるだけ助かりますから。課外授業と絡めて燐光のつぼみのある森へとフィールドワークに向かったり、魔力を付与した要石は非常に重量も増すので生徒総出で山の頂上へ運んだり。」

「……思った以上に体育会系なんですね。」

「もちろん魔導書を読み解いて術を機能させるというのもありますよ?でもそういった知識はやはり先生やソルディアに所属している者の方が詳しいですから……」


 なるほど、体のいい労働力扱いか。

 内心で舌を巻く。

 貴族の子女にやらせるべきことなのかという疑問はあるが、そうして精霊に気に入られてでもソルディアに入りたいと思う人もいるのだろう。

 ある意味適材適所というべきか……。そこまで考えたところでふと疑問がよぎる。


「無知な私共に拝聴させていただければと思うのですが、アザレア王女殿下」

「アザレアで構いませんわよ。確かに王女という身分ではありますが、それ以前にわたくしは学生であり、あなたたちとは同じソルディアに所属する同輩なのですから」

「では失礼ながらアザレア先輩と。ちなみにそうして熱心に精霊行事に参加した生徒の内、成果が実ってソルディア入りが叶った方はいらっしゃるんですか?」


 そう尋ねれば愛らしい顔がこてんと横に傾いた。ロングストレートのブロンドの髪が横に流れる様は絵画のようだ。


「記録を拝見した限りは、十年に一人か二人はプロムナードで精霊様に選ばれた方もいらっしゃると聞きます。果たしてその方がどれほど精霊行事に熱烈に取り組んだ成果かはわかりませんが……」

「……成る程。」

 まったくの無駄骨ではないのだろう。

 それにしたって丸一年間粉骨砕身した結果、生まれた精霊たちが一斉に既にソルディア入りしている男の元へと飛んでいく……。

 その光景を想像して思わず視線が遠くを見やった。

 哀れだ。あまりにも哀れすぎる。


「──今年はせめて一人でも、そんな方がいらっしゃればいいんですが」

 ゲームの攻略対象のことを考えれば期待は薄いだろう。そもそも作中ではソルディアにいる=ヤンデレ予備軍の様な状態だったわけだし、そんな候補少ないに越したことはない。

 それを抑えてなお余りある申し訳なさを一縷の望みを抱いている人々に感じてしまった。

 本当そういうところだぞリュミエル兄。


「ひとまず初手の精霊行事は、異例がなければセレモニカの儀でしょうか」

 今日ソルディアとしてこの執務室に集まったのはメンバーの顔合わせが一つ。入学してすぐにソルディアに選ばれた私とルイシアーノからすれば、はじめての場だ。

 もう一つの目的として、そのセレモニカの儀についての打ち合わせがあった。


「ええ。とはいえそのお話はメンバーがそろってからしましょうか。もうすぐあなたたちの一つ上の先輩も来ると思うわ」

「一つ上……シドウ先輩のことですよね」

 あら、もう噂を聞いていたのかしらと笑うアザレア先輩にまあそんなところですと曖昧な笑みを返す。


 噂というか、ゲーム内というか。話だけならこの場の誰よりも知っているつもりだ。


 なにせ彼もまた攻略対象の一人なのだから。

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