5-7話 問題がないことが問題
さて、カーマイン先生は放っておくことにした。兄にあれだけ
あくまで私の目的は、ヒロインがかわいそうな目にあうことを防ぐ。それに尽きる。兄?いやあの人なら何とかするでしょう。正直なことを言えば、気にしてるかどうかすら怪しい。あのチートだし。
書類も渡したことだし、自分の世界に入って語り続けている彼に申し訳ていどに声をかけて部屋を出る。
用事が済めばあとは寮にもどるだけだが、私とルイシアーノは所属寮が異なる。
本来は主人と従者が異なる寮に入ることなどあり得ない。主人の身の回りの世話をするために共に入学しているのだから。
だが、従者がソルディアに選ばれれば話は別だ。精霊に選ばれたものは、精霊のために尽くすことこそが最優先になる。たとえ主人側の生家が何と言おうと、この学院では精霊こそが最優先なのだ。
そのため
ルイシアーノの身の回りについてはおそらく、他の従者が派遣されることになるだろう。学院への所属はないが、身の回りの世話をするある種の特例だ。
お陰さまで私は
「……はっ、首輪が外れたような素振りをしているな?シグルト。
言っておくが、貴様も俺もソルディアに所属している以上は立ち位置は同じであり、ならば侯爵家の俺と男爵家の貴様。実質的な立場は俺の方が上なのだと努々忘れるな。」
「ええ勿論。ルイシアーノ様がお家大好きなお坊ちゃんなことはよく存じ上げておりますからね。」
「そうだな。貴様のようにこちらへといらぬ
「ぐっ……。」
完全に潰したと思ったところで返ってきたカウンターにうめき声をあげる。いや、身内ネタはずるいだろ。私のせいじゃない!
◇ ◆ ◇
ルイシアーノと別れて寮へと戻る。
建物の中はさほど複雑な作りでもなく、ソルディアの特権として与えられたらしい個室は他に人の気配もない。
室内に入り、緊張が一気にほどけたのだろう。その場で足が震える。一人の部屋だ。寝台にまで無理に向かう必要はないだろう。そのままずるずると床にへたり込んだ。
両腕を前へと伸ばし、しばらく力を込めた後に弛緩すれば、自然と深い息が口から吐き出された。
「はぁぁぁぁ……一人部屋でよかった……」
性別認識変換魔法がかかっているから大丈夫だという根拠のない言葉で、学院でも男性として引き続きふるまうことにされたが、さすがに着替えとか無理があるわけで。
フェルディーン家に奉公へ出されたときは予め父が上手く侯爵家の人々へと取り成していたようだが、ここではそうはいかない。
周囲の認識は男性だとしてもこの身は紛れもない女性のもので、既に
幸い月のものがとても軽いのは救いだけれど。前世ではもう少し辛かった気もするが、個人差というものか。
胸の方は……うん、まあそちらも隠しやすいという意味では救いだろう。シャツを脱いでその下で胸元を抑えるように巻いていた包帯を見下ろし、何とも言えない味わい深い顔をする。
この世界にもブラジャーは存在は存在しているが、男の格好をしている以上はサラシの方が適切だった。そして非常にシャクだがシグルトとして男の格好をする私にはそれが中々に似合っていた。
別にそんなに大きいサイズが欲しいわけではない。むしろ小さいほうが、平らな方が余計な心配は不要だ。
そうは思うのに微妙に悔しさを覚えるのは何故だろうか。持たないもの故の
のそりのそりと着替えはじめながらそんなことを考えていたところだった。
ガチャ。
「おい、寮に貴様の分の書類も一緒に置かれていたぞ。部屋が急に変わったからといって
「…………。」
沈黙がおりる。
かたや部屋をまともにノックせずに扉を開けたルイシアーノ。かたや着替えの真っ最中の私。
下は脱いでいないが上着は脱ぎ、胸元に巻いているサラシが
とっさに傍においていた上着を握りしめて上体を隠す。
「な、なっ、何の用でしょうか、ルイシアーノ様!というかノックくらいしていただけませんか?」
「……。はぁ、貴様分の入学関係の手引きが届いていたぞ。全く、教師陣ももう少しまともな仕事をしろといいたいな。
貴様のような従者風情だったからまだしも、これが仮に侯爵・公爵家の子息に対してだったら不敬で罰せられても仕方がないぞ。」
いつも通りだ。清々しいほどにいつも通りの嫌味を口にしながら、厚顔にも部屋へと足を踏み入れる。その足は入り口と荷物からほど近い私を通り過ぎ、テーブルの上にその書面をおいた。
「そもそもソルディアに入る人がいるかどうかも分からない中でそんな手間な準備はできなかったんじゃないですか?
まあうちの兄という前例がいる中での対応として考えれば雑にも思いますけれど。」
普段よりも早口で返しながらも、思考は半ば混乱に陥る。
……え?まさかノーリアクション?いや、今の私は性別認識変換魔法の効果があるのだから当然なのか?
胸中で未だ動揺冷めやらぬ中、ルイシアーノが「それには同感だ」と言いながらも再び出口へと戻っていく。
扉のノブに手をかけてから、振り返ったルイスがこちらへと金の眼差しを向けてきた。思わず唾を
「……っ、」
「ああ。あと騎士を目指すというのならもう少し筋肉はつけた方がいいんじゃないか?その貧相な腕では剣を振るうよりよほど、箒を持つほうが相応しいだろう。」
「っ〜〜〜〜!!!」
皮肉気な笑みはそのまま向こう側へと消える。閉じた扉に衝動的に上着を叩きつければ、ばん!と小気味いい音を立てて床へと落ちた。
去り際にまで嫌味を言ってそのまま逃げるとは。言い逃げをされたことにも幾らか怒りを感じつつも、今はそれどころではない。
完全にこちらの肌を見ても、当たり前のように
期せずして性別認識変換が仕事をしていることは理解したが、それはそれとしてなんか負けた気がするのはなんででしょうね!?
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