6-2話 四人目のヤンデレ
ハイネ=シドウはゲーム開始時点で三学年、私たちの一つ上の先輩だ。なので今は二年生。
元々大商家の息子であり、学院に入ったのも金銭面での援助があってこそだと聞く。非常に悪い表現をすれば貴族視点成り上がりのボンボン。
しかも彼は東国出身である母を持つ、いわゆるハーフ。そんな彼が入学早々ソルディアのメンバーとして選ばれてしまった。
周囲からのやっかみや嫉妬はすさまじいものだったらしく、ヒロインと出会った頃には軽い人間不信になっていたらしい。
そんなハイネはたまたま精霊に選ばれて学院に入ることになったヒロインに自分を重ねたのだろう。誰にでもそっけない男だったが、ただ一人ヒロインには優しくしていた。
初期段階でヒロインの清涼剤となる、ゲームの中のシグルトにも近い立場だ。異なる点があるならば初期のシグルトは万人に優しい存在だったが、ハイネは最初からヒロインだけを特別としていた。ヒロインだけが自分と同じで、助けるべき存在で、その存在に助けられていた。
いわば依存型ヤンデレだ。それ故に彼の危険度はヒロインが他の人とどれだけ交流を深めているかで変わってくる。
ほとんど回りを見ないで一途プレイをしていればノーマルエンド。彼の危険性は匂わされるだけで特段恐ろしいイベントはない。
ある意味無難な立ち回りだが、このエンドのあと卒業したヒロインはどうなるのかを想像すると背筋が冷たくなる。
おそらくは円満な形で婚姻した後、そのまま囲われて暮らすことになるのだろう。いや、ヒロインがそれで幸せならそれでもいいけれど。
だが彼と親しくなったうえで彼女が他の人と少しでも好感度を高くした瞬間、ヤンデレスイッチオンだ。
どうしてあいつと仲良くするんだ、自分がいるだろう、
涙を流しながらヒロインを押し倒し、懇願する。イエスと言ってもノーと言ってもその手は止まらない。頬を、首筋を撫でていく手はどんどんと下がっていき……。
詳細な部分はぼかされているとはいえ描写の濃密さは同じようなシーンがあるミラルド以上。ルイシアーノのイベントとはまた別の意味で、CEROが上がった要因はここだろう。
他の人と仲良くなればなるほど、依存も束縛も強くなる。上手くそれを逃げ、かわしながらも重要イベントでそんな心配はいらないのだとヒロインが愛をぶつければ無事ハッピーエンドになる。
が、そうでなければありとあらゆる手を使って無理やり
難易度的にはこのイベントが屈指だろう。一度起きた時点でルートが固定されるのが一つ。もう一つは体格のいいハイネから逃れるための腕力と脚力ステータスが一定以上求められるという意味で。
ゴリムキマッチョなヒロインだろうと私は愛する自信はあるが、そんな労苦を彼女にかけたくはない。どうにかできればいいのだが……。
コンコン。
考え事をしていればノックの音が聞こえてくる。噂をすれば影というし、おそらくは彼だろう。
「あら、どうぞ」
アザレア先輩が応答すれば、扉を開いて最初はカーマイン先生が。その後に続いて噂のヤンデレ、ハイネが現れた。
ゲーム内でも他と一線を画していた褐色の肌と短い黒髪、黒瞳はまさしく。商家の出身ではあるらしいが幼いころから護身術を習っているようで、高身長に合わせた体躯は見る人に威圧感すら覚えさせる。
「こんにちは、カーマイン先生。そちらの方ははじめましてでしょうか。私はフェルディーン家に仕えておりますシグルト=クアンタールと申します。こちらはわが主人の」
「ルイシアーノ=フェルディーンだ。貴様がソルディアに所属している?」
尊大な物言いはどうやら教師や王女殿下以外には変わらないらしい。家の立場を考えれば仕方ないかもしれないが、そもそも私たちにとっては同じソルディアのメンバーでありなにより先輩だぞ。金の瞳を軽く睨みつけてから目の前の美丈夫の返答を待つ。
短い頷きと共に、それは返された。
「ハイネ=シドウだ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………、えっ、それだけ!?」
思わず素でつっこんでしまった。今更本性を隠すつもりがないルイスだけならともかく他にも多くの人がいるというのに。
慌てて目を
ゲームは基本的にヒロイン視点でしか見ないから知らなかったが、ハイネお前こんなそっけなかったのか……。
沈黙と困惑が混ざり合った場が私の言葉で崩れたのをいいことに、先生が軽く咳払いをして話題を変えた。
「これで全員が揃ったな。私も含めて今期はこの五人が学院内部のソルディアメンバーとなる。精霊に選ばれた身として、栄えあるソルディアの一員としての行動を意識するように」
ヤンデレ集団の一員と脳内変換しそうになったがアザレア先輩は少なくとも違うはずだ、そうであってほしい。それと私も切実にその輪から外れたい。
脳内でつっこみを入れる私の心情をよそに、話題は先ほど挙げられたセレモニカの儀について移っていった。
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