3-1話 気分としては呪いの電報

 兄キタク スグ帰レ



 電報ですか?

 いいえ手紙です、ある意味呪いの。


 季節の折々の挨拶に紛れて記載されていたその文字を見た瞬間、反射的にぐしゃりと握りつぶしてしまった。

 送られてきたのは先程の茶会前。嘗ての誘拐騒動が終結してから凡そ一年半が経過した時だった。


「近年稀に見る愉快顔になっているが、一体どうした?貴様の父親がとうとう王族侮辱の罪に問われて処刑される連絡でも届いたのか?」

「もしそうでしたらこれ幸いと絶縁状を叩きつけて差し上げてます。そんな生易しい内容ではありませんよ。」

 余程私の顔が崩れきっていたのか、今年よわい十二歳となった主、ルイシアーノが声を掛けてくる。やや皮肉めいた言葉も聞こえるが、彼の性格を考えると今更だ。

 つい先日行われたパーティーでも、参加した格下の家から贈られた品々に対して鼻で笑い、小馬鹿にして部屋の温度を急激に低下させたのをまだ私は根に持っているぞ。一体誰が謝罪回りをしたと思っているんだ。


「……余程の事でもあったようだな。貴様如きにはどうしようもない内容でも、この俺の力があれば話は別かもしれんぞ。どうせ今は退屈しきっている。暇潰し程度ならば聞いてやっても構わん。」


 今更と言っても、昔自分がこの屋敷を訪れた頃の奴に比べると、そこそこマシにはなっている。これでも、本当にこれでもだが。

 喧嘩をしても確実にルイスに非がある場合は遠回りながらも一応謝罪するようになったし(こちらにも非があると判断すると絶対に折れないが)。こうして人の話に耳を傾けようとするようにはなった。


 謝罪回りをした時にその家の経済状況と贈り物の入手経路の上限について切々と説いたら、形ばかりとはいえ謝罪文を書いていたし。

 謝罪文を届けろと執事長に命令していた時の周囲の顔は第三者的に見させて貰ったところ、大変愉快だった。鳩が豆鉄砲をくらってもああはならないだろう。


 エイリアとフレディも、あの時は大層驚いていた。

「ん゛ぇ!?あの坊ちゃんが謝罪文をおがきになるなんで……あっすは雨の用意した方がい゛っすかねぇ?」

「いや、それより雪か雷だろ。ルイシアーノ様が頭を下げるなんざ、それくらいのことはあってもおかしくない」

 失礼な物言いだが実際同感だ。とは言えそれを執事長の前で軽率に口に出してお説教を食らっていたのは思わず呆れてしまったけれど。


 親や昔ながらの使用人たちは前と同様……下手したらそれ以上に彼を甘やかすから、俺様っぷりは健在だが。少なくとも暴君がわずかばかりでも鳴りを潜めただけでも大きな進歩だ。

 このまま調きょ……じゃなかった、更生させていけば、ルイスルートのヤンデレは回避されるかも知れない。そんな淡い期待を持てるようになっただけでも段違いだ。


 だが、少なくとも今回の件は彼の気遣いを無に帰す事になる。

「お心遣いありがとうございます。ですが、今回は内輪の問題ですので……」

 内輪?眉を顰めたルイシアーノだったが、直ぐに理由に思い至ったのか「ああ」と嘆息をこぼす。



「リュミエル殿絡みか」

「……、……御察しの通りですやっぱり分かりますよね何であんな人格破綻者がよりにも寄って私の身内なんでしょうか本当一回滅びればいいのにあんにゃろうは四年にもなってもう進路のことを考えるべきだってのにいやあの人もう魔法騎士の小隊入隊が確定してますしなんか下手したらそこの小隊長にストレートになるんじゃないかとまで言われてますけどね正気かよ魔法騎士団」

「落ち着け」


 しまった、つい熱くなってしまっていたようだ。ルイスの呆れた声で漸く我に返った位なのだから。


「……コホン、失礼しました。」

「取り繕った所で一度剥げた化け物の皮は直せないぞ。或いは中身が人間の皮が剥がれて化物がまろびでたか?」

「せめてネコ被りと言ってください。……ではなくて。突然で申し訳ありませんが、そういう訳で明日から何日間かお休みをいただきたいのですが。」

 話題転換とも取れるその要望に不満を感じたのだろう。眉間にシワを僅かばかりよせたが、直ぐに「いいぞ」と答えるルイシアーノ。


「………そこはいつもの横暴さを発揮して『貴様、主たる俺に仕える以外に優先すべき事があると言うのか、生意気な』とかいちゃもんつけて断ってくださいよ。」

「貴様の中での俺はどういった認識なんだ。」

「自己中暴君俺様何様ルイス様ですが何か?」

 反射的に口を衝く。

 言いすぎたかもしれないが事実だ。が、少しこの場は表現を柔らかくするべきだったかもしれない。主に明日の我が身のために。


 あ、眉間にしわがよった。これはへそを曲げられたな、まずい。


「どうせ急ぎで帰ってこいとでも言われたのだろう。折角だ、俺が用意できる最高級の天馬車を回してやろう。

 母上もリュミエル殿が帰っているからと話せば直ぐに快諾されるだろうしな。」

「いえいえ、家庭内の些事に対してフェルディーン家の御手を煩わせる訳にはいきません。お気持ちだけありがたく受け取らせて頂きます。」

「全く心がこもっていないな。そんなに遠慮する必要はない。ソルディアの中でも特に名高いリュミエル殿の為でもあるのだからな。

 ──というかちゃっちゃと行ってちゃっちゃと帰ってこい。そして無様な姿を晒してこい。これは命令だ。」


 コイツ イツカ ブン殴ル


 右の握りこぶしを振るう前に夫人に言伝の為部屋から出て行った──或いは逃げ出したルイスへの報復を、心の中で誓ったのであった。

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