3-2話 兄(ラスボス)登場
「
嫌に決まってるでしょう、なんて言う暇を与えず「大爆笑していい?」と口に出すや否や腹を抱えて笑い転げている兄、リュミエル。
金色の
我が家の中でも一、二番目を争う豪華な応接間──とは言ってもフェルディーン宅と比べると天と地ほどの差があるが──に居るが、正直奴にこの場所は似合わない。というかこの国じゅうの何処も似合わない気がする。前世の世界でのお笑い劇場だったらこの笑いっぷりも納得だったが。
見た目だけはイケメンなのも今の異様さを悪化させる要因にしかなっていない。流石は乙女ゲームの攻略対象の兄にして、当の攻略対象のコンプレックス源というべき顔立ちは、見事に笑いすぎて崩壊していた。
肩も声も震えきっているので明瞭では無いが、『父上から性別認識変換魔法を受けたって聞いたけど』『まさか本当だとは。』『何やってんだ父上流石もっとやれ』とか言っているように聞こえる。というか確実に言っている。腹立たしいし、特に最後の発言は許さない。絶対にだ。
最早「ウヒャハ」とか「グピョ」とか笑い声としても気持ち悪い部類の声をあげている男の脇腹に手刀を入れるが、あっさりと止められる。そんな余裕があるならその笑い声を止めろ。
心の声が届いたのだろうか、漸く息が申し訳程度に整ってきた兄にことさら冷酷な瞳を向けたあと、負けず劣らずの低い声で問いかけた。
「……わざわざ私を此方へ呼び戻した理由を伺ってもよろしいでしょうか。用件次第では穏便に事を済ませられなくなりますが。」
「用件関係なしに敵意を表に出して言われてもな。マトモな内容でも穏便に事を済ませる気なんてないだろ?」
「そもそも貴方からマトモな内容が口にされるも思っていないので、その問答の意味はありません。」
前提条件から間違っている。
相変わらずヒドイなと笑う兄だが、
これまでの所業を強制的に振り返らせる魔法はないだろうか。否、有っても意にも介せず
「実は、シグリアに頼みたい事があってね。」
柔らかな口調に思わず目が見開かれる。自分の名前など久しく聞いた。
凡そ二年間お世話になっているフェルディーン家では男として過ごしている故、その名が出る事など皆無だ。そろそろ二次性徴がはじまり胸も膨らみはじめてくる頃合いだが、それらしい気配は未だない。
この二年の間、今回のように家に戻ることも全くなかったわけでもない。だが使用人たちは私を「お嬢様」とばかり呼ぶし、性別認識変換魔法は彼らにも作用しているらしく、時折違和感を覚えるような顔すらされる始末。
父に至っては普通にシグルト呼びだ。私の名前、実は忘れられているんじゃないだろうか。
そんな気分にもさせられていたから、兄のシグリア呼びは何処かくすぐったさを感じた。
あぁ、彼は私をあくまで妹として認識し、扱ってくれるのだ。その気がなくとも口角が上がるのを抑えきれない。
とはいえ、答えは決まっていたが。
「お断りさせて頂きます。」
「即答!?」
しかも敬語って!!
コンマ秒単位で斬り捨てたのは流石に予想外だったようで、最早屋敷中に聞こえるほどの大声で笑い転げている。
どうでもいいがその驚きすらも笑いに変える性質は何とかしておけ。
「せめて頼みの内容を聞いてからにしてくれよ。悪い話じゃないぞ。」
「聞いた所で受けるつもりはないと思いますが…」
溜息を一つついて席を立った身体をもう一度ソファに落とす。
「実はシグにお見合いの話が「いりません」」
余計な話で時間を喰ってしまった。とっとと部屋に戻ろう。
もう一度立ち上がろうとする私の肩を、今度は兄がやんわりと捕まえてくる。どうでもいいですがそのニヤケ顔をどうにかしてください。
私の視線は鬼もかくやと言わんばかりの鋭さだったはずだ。目の前の男がそのような事を気にするわけがないだろうとは言え。
確かにこの世界では若い年齢の婚約や、そのためのお見合いなど珍しいことではない。
早期から家同士のつながりを強固にするための手段として昔から使われていたし、私もこんな事態になるまでは後二、三年もしたら同じような道を歩むのだろうとは思っていた。だからお見合いや婚約についての拒否感情自体は実は口調ほど濃くはない。
だが、今は状況が状況だ。
「まあ減るもんじゃないしさ、一回試しに受けて見てくれよ。そのまんま結婚してくれとは言わないからさ。」
「無理です。というかそんな事を抜かしてたら本気で容赦してませんよ。」
からからと笑う兄と、口は笑みを作るが瞳はちらとも笑っていない私。何時かの父との邂逅のような冷え切った空気が流れている。
あの時と違うのは近くに女中達が控えていない事だろうか。兄は基本的に自分の出来ることは自分でやりたがる性質だ。公の場なら兎も角、それ以外の場所では女中を近くに置く事は殆どない。
まあ、傍にあまり人をおいてもソルディアの名声目当てで擦り寄ってくることが多いから嫌なのかもしれないが。
空になったカップに兄が新しい紅茶を注ぎ入れる。お茶菓子ももしかしたら彼の手作りかも知れない。なんだこのハイスペック。
ルイスもだが、そのスペックを少しは性格面に傾けておけ。
「えー……本当にやってくれないのか?お見合い。」
「当然です。
……というか、そもそも今の“ボク”は男として生きていることくらいご存知でしょう。どこのご令嬢かは知りませんが、どちらにしてもお断り確実な縁談に時間を割く趣味はありません。」
「大丈夫大丈夫!お見合い相手はシグと同年代の男の子だよ!」
どうしてそれなら大丈夫だと思った。いや、本来はそれが正しいのだけれど。
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