3-3話 破天荒な話

「……リュミエル兄。お父様から聞いているのでしょう?今の“私”は性別認識変換魔法を使っています。この状態でお見合いをした所で、『クアンタール家の次男坊は男色家』という恥さらしな結果にしかなりませんよ。」


 いや、あの魔法とやらが本当にどれだけの効力があるのかは未だに疑っているけれど。

 尤もらしく溜息をつくと、私より幾らも高い位置にある翠色が細まる。

「ああ、性別の認識の件なら問題ないよ。」


 そう言うや否や、彼は当たり前のように私の傍らに跪いた。非常に、とても、全く持って不本意だが、その仕草は様になっている。兄であると分かっていなければ、どこぞの物語の王子かと思うだろう。

 自然な仕草で掴んでいた私の右手を持ち上げ、中指にスルリと指輪をはめた。


 綺麗な細工をした白銀のリングの中央に深い白色の宝石。ちかりと光った様に感じた瞬間、体全体を熱が通り過ぎたような錯覚に陥る。


「これは対象にかかっている魔法効果を無効にする意匠が凝らされていてね。今のシグは全く何の魔法の影響も受けていない状態だ。勿論、性別認識変換魔法もね。」


 これをはめている間は、いくらヒラヒラのドレスで着飾っても、してやお見合いに参加しても何の不信感も持たれないよ。やったね!

 笑顔でいう兄に対して指輪をはめられた手を振りかざすが、これまたあっさりとよけられた。

 今なら攻撃力倍増だったというのに、畜生。


 というか、そんな特殊な魔法が込められた指輪をそんなお見合いなんてくだらないことに使っていいのか。

「いいのいいの。俺のお手製だし」

「……ちなみに、この指輪を作るのにかかった費用と時間は」

「精霊石とかの素材を手に入れるのも含めたら大体二ヶ月半位かな?基本的に素材は自力で集めたから費用はほとんど掛かってないけど、もし購入するなら精霊石の金額を入れないでも五百万フォルは確実にかかるだろうね。」


 一フォル=一円位の価値なので、大体五百万円と考えていいものを半分おふざけであろうお見合いのためだけに用意するというこの愉快犯の所業ェ。そもそも在学中だというのに自力で集めるってどうやった。

 というか、精霊石ってかなり高度な精霊からの依頼を直接受けでもしない限り手に入らない代物の筈だ。


 比較的メジャーな火の精霊石や水の精霊石はいくつかを王家が管理しているらしい。その大半はインフラに活用されており、ルーンティナ国の発展へと一役買っている。

 だがそれ以外の魔法石は現存そのものが限られており、ソルディアに所属しているからと言ってそう簡単に手に入るものではない。億単位の金を積まないと手に入らないし、それだけかけても手に入らないたぐいの精霊石もある筈だ。


 二ヶ月半とか言ってるけどこれ常人だったら一生かかっても集めきれない素材だぞ。これだからチートは滅ぶべし。



「…………、……其れを受けた所で私、ひいてはこの家に何かメリットはあるのでしょうか」

 とは言え、どうやらこれはいつかの従者になる時のような強制イベントの様だ。それならばこれ以上無駄に体力を消耗するより、ちゃっちゃか進めてとっとと終わらせていく方が精神衛生上も安定だろう。唇をうねらせながら葛藤の末、先ほどよりも前向きな問いかけをする。

 とはいえ受けることによりどのような利益があるのかは把握しておきたい。それによってぶち壊しかある程度の関係性を作った上でのお断りかが違ってくる。


「勿論。そこの子は俺の知り合いの弟なんだが、かなりの魔力持ちでね。神官の家の出だから爵位はないけれど、王家の血も入っているらしいよ。ソルディアに入る可能性も高いらしいし、関係を作っていて悪いことは無いだろう。」

 成程。確かに其れはクアンタール家の力をより強固にする事につながるだろう。

 男爵家である我が家は今は兄の力もあり趨勢を誇っているが、いわば成り上がりの状態に近い。婚約云々は置いておいて、繋がりがあるうちに一度会っておくのは悪いことではないかと判断する。


「元々、そこの家のお母さんが熱心なソルディア信者でね。何とかして我が子とソルディアの関係者と縁故を作っておきたいって人なんだよな。

 そもそも俺がその知り合いと親しくなったのも俺のあるじが入学前、ソルディアに入るのが間違いなしという噂が立っていた頃にパーティーで知り合ったのが切っ掛けだし。」

「……そんな権力主義者みたいな話を聞くと、個人的に仲良くできる気がしないのですが」

「大丈夫大丈夫。お母さんは確かにアレだけど、俺の知り合いは全然そんなの気にしないで昔から俺の方と友好を築いてたし。……まあ、結果的にそっちの方が親御さんの望む通りになった気もするけど。」


 そういえば、この男はソルディア入り確実と言われた主人を押しのけてソルディアに入ったんだった。

 こんな愉快犯にそれまで有った期待を根こそぎ奪われるとか本当同情の念を禁じえない。


「それは正直俺も申し訳なかったとは思っているんだけどね。ちなみにここまで聞いてくれたってことはこのお見合いを受けてくれるってことかな?」

「人の心を勝手に読まないでください。


 ……と、言いますか。そんな風に頼む形でなくとも命令でもすれば良いでしょうに。

 私はリュミエル兄に一つ大きな借りがあるんですよ?」


 疑問に疑問で返す形になるのは不本意だが、そもそもこの兄が二年前にルイシアーノ経由で贈ってきたあの花の力があったからこそ、足に大きな怪我を抱える羽目にならずに済んだわけで。

 その時の貸しがあるだろう?と言われたら私には否という権利もないのだ。


 けれどもそんな事実は何処へやらと言わんばかりに兄は飄々ひょうひょうとした顔で肩をすくめる。

「いやだなぁ。俺はシグがお世話になってるフェルディーン家の御子息にお礼の品を届けただけだよ?」

「はぁ?お世話してるの間違いですが??」


 軽快な売り言葉に買い言葉を繰り広げながらも、諦めたように息を吐き出す。こういう男なのだ、リュミエル=クアンタールという男は。


「まあ、それが家の為になるんだったらしょうがないでしょう。ただ、うっかりこのお見合いの件がルイス様にバレて笑いものや問題になる様な事が無いようにフォローはお願いしますよ。」

 それくらいはやってもらわないと、釣り合いが取れない。というか、それはこんな無茶ぶりをするのに必要最低条件だ。

「勿論だよ。今回は俺の都合に付き合わせているんだしね。あと、これが終わったら報酬がわりにとっておきの情報を教えてあげるよ。」

“この”兄が話すとっておき……何が何でも聞いておいた方がいい気がする一方、絶対聞きたくない気分にもさせられる。


「という訳で、具体的にお見合いをする日時と詳細を教えていただいていいでしょうか。」

「ちょっと急なんだけど、向こうは出来るだけ早くって言っているから、三日後位にしようかと思っているよ。お相手はアーノルド家の三男、ミラルド子息だ。」

「ありがとうございます良い話でしたがやっぱりこの話無かったことにしてください」

「早っ!!!!???」


 思わず吹き出した兄をしり目に頭を抱える。

 ミラルド=アーノルドって某ヤンデレキャラの一人じゃないですか!?

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