8-11話 開幕と爆弾

 緊急の精霊任務から三日後。学年最後にして最大の行事、プロムナードがはじまった。


 入学式にも使われたホールの中央には巨大な大樹アーラ・カーンの幹が聳え、その周りを生徒や保護者が囲っている。

 歓談、輪舞、期待、不安。種々の行動や感情を受けて、大樹の纏う光はこの一年の中で最も輝きを放っている。

 光纏う精霊は時折幹から離れて浮かび上がり、円を描き再び舞い戻る。その度に方々から歓喜と落胆の声があがるのが、音楽の溢れたホールの中でも聞き取れた。


「もしも精霊がこのプロムナードの最中に宿ったなら、その人は新たなソルディアとして迎え入れられるのですよね。」

「ええ、その通りですよ。そうなればわたくしとは入れ違いでのソルディア入りとなりますが……、そうある話でもありません。光栄な方が今年はいらっしゃるでしょうか。」


 アザレア先輩にとっては学院生活最後のイベント。この栄えある最後の日に共に踊りたいのだと頼まれれば否やを言う筈もない。楽団によって奏られる輪舞曲は先日の公爵家でも耳にした楽曲。練習通りの足踏みで、二人踊りながらも会話を続ける。


「わたくしが卒業した後は、新たな方が入られない限りはあなたとルイス、そしてハイネの三人でソルディアを率いていただくことになりますものね。」

「それは……気を引き締めないと行けませんね。」


 苦い顔をするのは許してほしい。何せセレモニカの儀の頃からずっと、あの二人の犬猿度合いは解消されていない。

 カーマイン先生は運営面では頼りになるが、関係改善のために動くようなこともしないので、実質胃を痛めるのは私一人となる。


「うふふ、頑張ってくださいな。わたくしも卒業するとはいえ、王家の者である以上ソルディアとは切っても切れない関係です。今度はあなたのお兄様と一緒に、任務を伝えにくることもあるかもしれませんしね。」

「それは別の意味でご勘弁いただけませんか?」


 王女殿下個人に対しては敬愛を向けているが、それとこれとは別の話。胃痛の種を嬉々として持ち込まないでいただきたい。


「それに……来年はきっとさらに賑やかになると思います。これは予感ですけれど。」

「あら、ひょっとしてあの一緒にダンスを踊った子かしら。アーノルド先輩の弟さんは来年入学ですものね。」


 彼もだが、それだけではない。口に出すことはしないけれど。

 輪舞曲が終幕を迎える。扱いを間違えば折れてしまいそうな細い腰から手を離し、うやうやしく一礼をした。


「ありがとうございました、アザレア先輩。この一年間の先輩との思い出は忘れません。」

「こちらこそ、最後の年にあなたに逢えて良かったわ。シグルト。この後は約束はあるのかしら?」


 その問いかけには首を横に振る。

 既に約束をしていた学友やその主人の淑女の方々とも踊りを終えていたもので。

 ……いくら鍛えているとはいえ、さすがに足腰は限界だ。表情には出さぬまま、目線だけを動かした。


「いえ、ですがはじまってからずっと踊り詰めでしたから。バルコニーで休んできます。」

「ふふ、人気者でしたものね。ゆっくり休んでいらっしゃい。」


 最後にもう一度礼をして、華やかなダンスホールを辞した。


 /////


 冬の大気は長く外にいるには向かないが、代わりにバルコニーで人目を気にせずに休むことができる。欄干へと背中でもたれかかり、ホールを突き抜けて伸びる大樹を見上げる。


 その枝葉から生まれいずった光の一つが宙へと舞い、空へと吸い込まれるように消えていく。その他の光の眩さに、気が付くものはほとんどいない。

 けれども私はその光に気が付いていた。かの精霊が、一体何処へ向かったのかも。


 そう、二年に上がる直前のこのプロムナードで生まれた精霊の一つ。

祝福を届けようアレルヤ愛しき人イデア》……他者に祝福を付与することのできる稀有な精霊が、あのゲームのヒロインの元へと向かったのだ。


 彼女はこの雪の降る夜、精霊の光を見つける。そのまま伸ばした手に吸い込まれるように、精霊は彼女の中へと溶け込み、契約を果たす。

 それが分かったことで急遽学院が彼女を入学させ、二学年の編入生として物語がスタートするわけだ。


「……やっぱりゲームそのものの流れは止められない、かぁ。」


 あの光が見えた以上、来年ヒロインが入学することはほぼ確定だろう。相変わらず隠しキャラは見つかっておらず、ハイネ先輩はあの調子。懸念はあるとはいえ、避けられないものはしょうがない。いっそ彼女の護衛としてなるべく隣にいるようにしようか。

 その思考を裂くような、鋭い声が聞こえてきた。


「こんなところにいるとは。随分さもしいものだな。しかも呪文も何も使わずに……この栄えあるプロムナードで凍死する気か?」

 振り返れば、そこには華やかな碧色の髪を持つ青年の姿。

「ルイシアーノ様……まさか。先輩方の思い出に泥を塗る真似はしませんよ。」

「そこは先輩ではなく主人である俺の顔に泥を塗るような真似をしないといえ。」

「私が塗らずともルイシアーノ様はご自身の傲慢さで周囲に泥を飛び散らせていませんか? 今更心配せずとも。」

「よし、喧嘩なら買うぞ貴様。」


 まあいい、貴様に聞きたいことがあった、そういってルイスは断りもなくこちらの隣に並んでくる。


「聞きたいことです? ああ、ルイシアーノ様のドレス姿はお似合いでしたよ。手首とか肩回りのポイントもうまく隠されていたので一見どこからどう見ても奥様によく似た美女でした。」

「ち、が、う。」


 どうやらそういった軽口の範疇の話ではないらしい。

 手摺てすりにもたれかかる彼の隣、いったい何の話かも想像がつかずに言葉を待つ。魔力の揺らぎから、ルイスが防音魔法をかけたのだと理解して思わず目を丸くした。御丁寧に外の寒気を軽減するおまけ付きだ。


「え、そんな話しにくいことでも言うんです? もしかして私をクビにするとかそういう話ですかね。その場合は父を通してもらわないと」

「だから違うといっているだろう!」


 これも違ったか。

 まあ実際従者を辞めるという話を私に言われても困るのも事実だ。幼いころの辞めさせる辞めさせないの言い方ならまだしも。


 何より、傲慢な点はありながらも他者を慮ることを理解しだしているこの男が、果たしてどこまでいくのかを見守りたい思いも私の中で少しばかり。本当に少しばかり生まれていた。

 ヒロインが今後悲しいことにならないように見守りはしつつも、それ以外の意味でも悪くはないと思っていた。


 そんな私に対して、ルイスの言葉はまさしく思いもよらないものだった。



「シグルト。貴様、性別を隠匿する術式をかけられているな。何時からだ。」

「………は。」


 得体のしれない会話を切り出される緊張とは、また別の意味で心の臓が跳ね上がった。

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