8-12話 抵抗と結論

「なんだ、その反応は。……ああ。もしや気付かれていないとでも思っていたか?」


 美丈夫に育った我が主人は、小憎たらしい笑顔に凄味を加えられるようになった。或いは話題のせいで、私が勝手に圧を感じているだけかもしれないが。

 脳内に在りし日の父親の姿がよぎる。笑顔で親指を立てている、今もピンピンしている我が父。その横っ面を思い切り引っ叩くシミュレーションを三回繰り返してから、平静を装って口元に弧を描く。


「いきなり何を言い出すかと思えば……。

 ルイシアーノ様、とうとう妙な幻覚でも見るようになりました? 確かにドレスを着た私の姿はルイシアーノ様に負けず劣らず美しかった自覚がありますが。」


 これは自分で言いながら若干背筋が粟だった。別に私は私に愛らしい女性の衣装が似合うとはこれっぽっちも思っていないので。心が弾むのと似合うと思うかはまた別問題だ。


 だが、あえてツッコミどころがある発言をすればルイシアーノの気がそちらへと逸れるかもしれない。

 御丁寧にも寒気を遮断した空間は寒さを理由に戻るにも適さないし、さては私が一人になる機会を狙っていたな? ここ数日間の彼の沈黙を思い出す。


「寝言は寝て言え。それと幻覚ではない。貴様にかけられた術は貴様自身の体の見目を変えてはいないだろう。」

 金の瞳がこちらを見据える。上から下まで見分される質感は、けれどもいやらしさよりも怒りに似た熱ばかりを感じさせる。


「違和感を覚えたのは先日の公爵家の潜入時だ。あの時の貴様はドレスを身に纏っていたが、それに違和感を抱かなかった。背や体格が異様に変わったわけでもないのに、だ。」

「ご自身のことを棚に上げていらっしゃりませんか? それは。」

 ルイシアーノ様もお似合いでしたよと満面の笑みで煽りはしたが、平静にそうではないと首を横に振られる。


「貴様も先ほど言っていただろう。手首や肩回りなど、性差を否応なく感じる箇所というのはあるものだ。

 女性の姿をする時にはそこを真っ先に隠すべき工夫をするものだと、貴様の兄も口にしていた。だがあの時の貴様はそう言った箇所を隠しもしなかっただろう。」


 胸中で舌打ちをする。ショールがあったとはいえ、背中を見せるようなデザインは薦められたとしても止めておくべきだったか。今更当時の迂闊さを反省しても遅いが。

 ルイシアーノの言葉は続く。


「かと言って、幻惑魔法であざむいていたかと言われると疑問が残る。先ほども言った通り、貴様自身の身体的な特徴が明らかに変わったわけでもなかったからだ。」

「そんなところまで見てたんですか? ルイシアーノ様のえっち〜」

「は? 従者の状態を適宜把握するのは主人としての義務だろう。」


 場の話をずらそうと揶揄をしたら、思いの外真面目な返答が返ってきて逆にこちらが居た堪れなくなる。何だ、変に気にしているのは私だけなのか?


「故に、こちらに戻ってきてからの数日間も貴様の様子を観察していた。そこで更にもう一つの違和感が浮かび上がってきたわけだ。」

「もう一つ?」

「そうだ。俺はあの会場内での貴様の姿を覚えている。……が、その姿を認識した状態で学院生活をしている貴様の姿を見ているとどうしようもない違和感が湧き上がってきた。」


 ほとんど会話のなかったこの三日の間も、彼は私の様子をつぶさに観察していたようだ。そして結論が出た今日、声をかけてきたということだろう。


「違和感ですか?」

「そうだ。仮定として“貴様がもし性別が男ではないとしたら”。その思考を得た上で貴様を見ると、その度に違和感が湧き上がってくる。『そんな筈がない』『あり得ない』『此奴が女の筈がない』と。それまでの考察や思考とどれだけ矛盾していても。まるで何かがそう俺に言い聞かせているように。」

「えっ、何それこわい。」


 急にホラーの様相ようそうていしてきたぞ。

 ルイシアーノは性格はさておきスペックは攻略候補の中でも非常に高い。その男がどれ程理屈と仮定を立てた上で尚、脳内で否定してくるのか。今更だがこの性別認識変換魔法ってなんなんだ?


「故に、現在はこうした仮定を形成している。『貴様を視覚的に認識している間、貴様の性別に関する認識から、女性の可能性が強制的に除外される。ただし特定の条件を満たせば、これを解除することができる』とな。

 逆に特定状況下にて性別の認識を男性から除外する選択肢も視野に入れはしたが、先日の顔合わせの際にグリンウッド公爵が貴様の姿をあくまで“女装”として受け入れていた所からその選択は除外した。」


 防音呪文をかけたのも順当な用意だ。ここまでの説明をすれば長丁場になるだろうし、万一第三者がこの話を聞いていればあらゆる意味で正気か? となるからだ。



 ──でも、これはもう隠す必要あるか?

 ごまかしを続けようとした私の口は、けれども途中で動きを止める。


 そもそもルイシアーノは現状、そして少なくとも学院卒業までは一番身近にいることになる相手だ。

 すでに彼はこちらの違和感に気がついてしまっている。傲慢の鎧をまとうものの、それ以上に優秀で聡い男だ。

 咄嗟とっさのごまかしののちに何時ばれやしないかとこれからも緊張感を抱いて生きるよりも、今すべてを認め、伝えるほうがよほどいいのではないか。


 真実を話したとしても信じてもらえない懸念は確かに在る。けれどもきっと彼ならば、大丈夫だと言う信頼があった。


 緩く息を吐き出して、改めて彼をまっすぐ見る。先ほどよりも清々しい心地で口を開いた。


「……分かりました。ルイシアーノ様。いえ、ルイス。今からいうことは全て本当です。

 疑わしいとか、信じられないといいたくなるかも知れませんが、その時にはこう思ってください。」

「前置きが長いぞ。なんだ。」


 訝しんだ顔をするルイシアーノににこりと笑みを浮かべて指輪を取り出す。オパールに似た煌めきを見せながら、口元を緩めてみせた。


「──『大体のヤバい話はうちの兄の存在よりマシだ』と。」

「絶妙に否定しきれない前提を止めろ。」

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