8-13話 暴露と感慨

「……性別の隠匿は罪とはいえないが同義的に問題だとか公爵家に対して不敬罪で罰されても仕方ないぞとか貴様の兄のみならず家そのものも狂っているのかとか性別認識変換魔法ってなんだとか前世の記憶など馬鹿げているとか“やんでれおとめげーむ”とかなんだそれとか。

 言いたいことは山ほどあるが。それはひとまず飲み込んでおこう。」

「あえて突っ込ませていただきますが全く飲み込めていませんよ?」


 私は全てを話した。一から十どころか百くらいまでは開け広げなく。

 前世の話は性別認識変換魔法の説明をするには不要だが、私がなぜその魔法を受け入れたかの動機につながる。何よりいつ爆発するかわからない爆弾をこれ以上残したくもない。一度地雷の存在を疑われたならば、もろとも全て爆発させた方がすっきりするだろう。


 荒唐無稽な話ではあるが同じくらい無茶苦茶な身内がいたことも、彼もまたこの世界から隔絶している存在だという話も理解に拍車をかけたのだろう。

 納得したかどうかは知らない。


 そもそもゲームのゲの字も知らない人物にヤンデレ乙女ゲームの存在自体が敷居が高すぎるのだ。

 どこの世に狂気に蝕まれた男たちとの恋愛を題材にする作品が存在しており、自分がその登場人物だと思う者がいるだろうか。


「煩い。とにかく貴様が俺に妙な術をかけられてまで仕えることを決めたのは、今話した前世の記憶とやらが理由だと。その認識で間違っていないな?」

「それが全てではありませんが、まあ概ねは。遠い将来でルイシアーノ様がヤンデレになる可能性があるとして、幼い内なら調きょ……説得の余地があるかと思いまして。」

「不敬にも程があるぞ貴様。まあ良い。ヤンデレというのも理解できんが、要は俺が精神を病む可能性を危惧して余計なお節介を選んだわけか。そのヒロインとやらのために。」


 それは間違っていない。ルイシアーノに仕えること自体は家の都合の強制ではあったが、性根を叩き直す選択を選んだのは彼女の存在が根底にあったからだ。首肯で返せば不満げに鼻を鳴らされた。


「その顔は何です?自分が病むなんてあり得ないだろうとでも言いたいのですか?」

「……いいや。しゃくではあるがあの花精霊フロール感謝祭フェスティアでのことを考えればそれが皆無だとは言わんさ。」


 ルイスに恨みがある人々による誘拐騒動。私がこの世界ではじめて大きく介入したあの事件は、彼にとっても印象深いものだったのだろう。首を横に振るのにあわせて、碧い髪が揺れる。この寒空にはどこか似つかわしくない色。


「故にその点に文句を言うつもりはない。言うとするならば貴様自身に対してだ、シグルト。」

「はぁ??」


 青筋が額に立つ。彼が病む原因に対処した立役者に文句を言うとかどういった了見だ?

 けれども金の瞳は蔑みの色は浮かべぬまま、こちらを真っ直ぐと見遣った。


「自覚がないとは恐ろしいな。誘拐騒動をはじめ俺や他のものの事情に首を突っ込んだ。その根底には逢ったこともない少女のためなのだろう?」

「ええ、ですから……」

「そこだ。」


 突きつけられた人差し指。


「貴様はかつて、他者の気持ちを慮る機会のなかった俺を哀れんだことがあっただろう。」

「ありましたね。」

 感謝祭の道中で口にした覚えがある。その後誘拐騒動に巻き込まれた苦い思い出ともセットだが。

 けれども彼にはその返答もお気に召さなかったようだ。金の瞳は変わらず鋭いまま。


「他者を人として扱わずに物として暴力を振るっていたゲームの俺を『病んでいる』と貴様は称した。

 ならば、偶像としてヒロイン出会ったことのない少女を飾り立てて、崇拝して、自らの空想に押し込める貴様の行動は『病んでいる』とは言わないのか?」


「────……っ!!」


 心臓を締め付けられたのかと錯覚する。

 外気とは関係なく、指先から血の気が引いていく。


「貴様にとっては出会ったこともない少女だ。存在の有無はさておき、もしも存在したとしてそういったゲームとやらに出てくるような男が好みだという可能性とてある。」

 全く末恐ろしい話だがな、嗤って肩を竦める彼の言葉に、けれども乾いた喉と舌は追従も否定も紡げない。

「可能性が捨てきれない以上、貴様の行いが徒労であり余計な世話でないと何故言える? 今の貴様は思考停止の上に盲目を重ねているに過ぎない。」


 思考が緩慢になっている自覚はある。口を薄く開いたまま、けれどもまともな言葉は口に出来ない。

 鼻で笑ったルイシアーノが私の胸倉をつかんできた。性別を告げたとしてもお構いなしの横暴さは何一つとして変わらない、けれどもゲームの中の彼とは確実に変わってきている青年。


「ゲームの中のヒロインがどんな人物であろうと、貴様がこれから会うかもしれない同じ名の少女は別のものだ。それを理解しておかねば、いずれかつての俺以上の愚かさを露呈するぞ。

 そんなもの、貴様の主として看過できん。今のうちにその思考を改めるんだな。」

「……、分かりました。すぐさま切り替えるというお約束はできません。それでも……、その言葉は心に留めるとしましょう。」


 彼の言葉を否定しきれないのは事実だ。私が動いてルイスがかつてと変わっている以上、そもそも私がシグルトでない以上。彼女もゲームと同じだなど言い切れない。

 何も考えず盲目に動くのはとても楽だけれど、そのままだといつかは破綻が来る。かつての彼の身に起こったことのように。

 未だ感情は整理しきれていないが、それだけの言葉を返せば満足げに胸元の腕は離れていく。


「それでよい。性別がどうであろうと仕えるに至った動機が何であろうと、今の貴様は俺の従者だ。ならば無様な真似は許さん。」

「……驚きましたね。性別を偽っていたと知った上で、私を隣に置いておくつもりで?」


 プライドの高い彼のことだ。嘘の上に成り立った契約関係に怒り狂うと思っていた。

 そうなった暁には全ての責任を父に擦りつけた上で舌戦もやむなしと思っていたが。


「はん、今更あれだけこちらに迷惑をかけておいて、性別を隠していたからという程度の理由で職を辞せると思ったか? ならば甘い考えだ。精々今後ともこき使ってやるから覚悟しておけ。」

「あっったり前のように人をこき使うつもり満々じゃないですか。ソルディアに入った時点で、学院での名目上は対等のはずですが?」


 変わらないやり取り。けれども胸につかえていた重石が取れた気がする。自然と口元を緩ませれば、こちらへ向かってルイスが手のひらを差し出してきた。


「?なんですか、この手は?」

 先ほどのように胸ぐらを掴み上げるわけでもない、ただ差し出されただけの其れ。

 目を丸くして問えば、先ほどまで流暢な言葉を紡いでいた男の声が僅かに詰まった。


「……良いか。貴様は俺の従者ものだ。」

「脈絡がありませんが、はい。それで?」

 彼らしくもない歯ぎれの悪さだ。

 真っ直ぐこちらを見据えていた金色が、急に四方を彷徨った。


「だからだな……。俺のものが預かり知らぬところで好き勝手羽を伸ばしていたと聞いたぞ。……ダンスは楽しかったか?」


 先ほどまでの詰問する響きとも異なる不機嫌な声。預かり知らぬ、好き勝手羽根を伸ばす、ダンス。

 ミツドリの羽ばたきが空耳で聞こえたが、やはり理解が追いつかない。


「それは勿論、アザレア先輩と踊れるのも最後の機会ですし。と言うかルイスも踊っていたじゃないですか。」

「違う。アザレア先輩はソルディアのメンバー全員と踊っていただろう。今日の話ではなく、あの能天気男の。」

「…………。まさかミラルドとのことです!?」


 能天気男と聞いて何人かの顔が浮かんだが、ダンスと聞いて思い浮かんだのは銀髪とアメジストの彼。

 思わず大きな声をあげれば、何を当然と言わんばかりの顔で頷かれた。


「漸く理解したか。貴様の交友関係を縛るほど狭量な主人になったつもりはない。

 が、俺に何も知らせてなかった話をあの能天気が先に知っていたのも、且つそれをああも匂わせてきたのも気に入らん。」

「不可抗力では??」


 普段よりも心なしか早口で無茶な話をしてきた。確かにミラルドは私の性別について知っていますが、兄の無茶振りの結果ですし。匂わせについてはそもそも何を言っているのかと。それとこの手の何が関係あるのだろうか。


「煩い。彼奴と一緒に踊っておいて、俺と踊りたくはないなどと言うつもりか?」

「いえ、それは言いませんけれど……本気ですか?」


 今の格好はあの時のドレスとは似ても似つかぬ燕尾服。それはルイシアーノも同じ。差し出されたままの手のひらをじっと見下ろす。普段よりもほんのりと赤いのは外気の寒さのせいだろうか。


「──我ながらくだらんことを気にしている自覚はある。それで、まさか断るつもりか?」

「いえ、くだらないことだという自覚があるのなら別に良いのですが……」

「本当に減らず口が止まないな、貴様は。」

「それはお互い様でしょう。」


 けれども私はその手を取る。


 差し出すのも馬鹿げていれば、握る方も馬鹿げている。それでも伸ばされた手を取らない選択肢言い訳がどうしてか見つからなくて。

 人気のないベランダ。握った手とは反対側を肩へとおき、足は緩やかなステップを踏み出す。


 雪が視界の隅で舞いはじめている中、私たちは二人で踊る。ターンを描いても揺れるドレスの裾はなく、跳ねていた心はいやに神妙に高鳴るだけ。

 私も彼も、何も変わっていないはずなのに。それでも確かな、変化を感じた夜だった。

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