2-8話 ヘイト稼ぎはゲームの基本
真綿のように柔らかな透き通った笑みから吐き出された罵倒に、当初誘拐犯たちは何を言われたのか理解できなかったのだろう。
呆気にとられる人々を追い立てるように、滑らかに口が滑り続ける。
「ええ、ええ。確かに貴方たちの境遇には同情します。きっとこのままの状態が続けば、同じように不当に虐げられて同じように涙を流す人も大勢出てくるでしょう」
私は恵まれている方だと言う自覚がある。確かに横暴な主人ではあるが、本来の私はそもそも女であり、仮に不当に解雇されたところで家にさえ帰れば多少の煩わしさはあれど生きることは可能なはずだ。
ヒロインのことさえなければ、そもそも彼に仕え続ける理由など私個人にはない。
だが、同じ使用人の立場でも至るまでの境遇が違えばそうはいかない。エイリアとフレディがいい例だ。
二人とも平民の……エイリアは田舎で飢饉が起きた時に家族が食べていけなくなって、フレディは元々暮らしていた孤児院が歳が上がって居れなくなったと聞く。
彼らや彼らのような使用人たちは皆魔力の審査に合格した結果、フェルディーン家で奉公する道がひらけたと。
そんな経緯だ。彼らがもし今の職を辞したとすれば、次を見つけるのは難しいだろう。
魔法や基礎の学習はフェルディーン家の恩寵で受けられていても、それを活かすツテがない。
それでも若い彼らなら他の職を探すこともできようが、目の前にいる壮年の人々にそれをなせるかというと……。
その点では、成る程。
彼らの言葉も理解できないわけではない。半数を占める逆恨みの中には確かに義憤が紛れている。
だからといって。
「そもそもこうして誘拐と暴行のような犯罪やらかしてる時点で庇いようがないんですよ。
悪いことをされたから悪いことをしても許されるんだとかお思いで?そんなルールが許されてたらヤンデレどものヒロインへの不当が全部丸々許されるでしょうが!!!絶許!!!!」
「は?ヒロイン?」「絶許???」
あ、まずい。本能的に話し過ぎていたせいでうっかりこっちの世界の人に理解できない単語を
慌てて咳払いをひとつする。
「いえ、何でもありません。要は悪いことをされたからといって悪いことをし返す根性が気に食わないんですよ。
ルイシアーノ様は確かに根性が捻くれていて世界の全てが自分のものだと考えている勘違い野郎ですが」
「おい貴様いい度胸をしているな!!?」
声を上げる少年を鋭い視線を向けることで黙らせる。今こっちに気をひいているところでしょう。
ルイスはその間に……やるべきことをやればいい。
「といって、更生の余地が皆無かといえば私はそうでもないとは思っています。というかそうであって貰わないと私が今仕えている価値もないので。」
このまま俺様暴君ヤンデレ野郎でヒロインに害を加える羽目になったら、その時には刺し違えてでも止めるつもりだ。
「か……皆無に決まっているだろう。その暴君がそれまでどれだけの仕打ちをしてきたのか分かっているのか!?」
「そりゃ分かってますよ。されてますし聞いてますから」
君も覚えがあるんじゃないか?とか君だってわかるだろう?とついさっき言ってきたのは他でもない彼ら自身だ。
ここで恨みつらみの例を口にしてやってもいいが、今はこちら一辺倒に意識を向けたい。視線を碧髪に向けることすらせずに再び口を開く。
「それで。貴方がたはそれにたいして何をされたのでしょう?
ただだんまりで止めもできないまま辞めさせられて、爆発して今があるんです?」
「なっ……!!」
「フェルディーン夫妻に訴えれば良かったでしょうに。その前に執事長に止められたのかもしれませんけど、それならその執事長に文句を言うべきです。一人でできないのなら徒党を組んで……こんな風に子どもを誘拐して囲って乱暴にするよりは余程まともな改善策だったと思いますが?」
彼らの気持ちが晴れる以外は何一つとして世界は救われない行動だと、侮蔑するように吐き捨てる。
正論は時に人を傷つけるものだ。
特にこの言葉のナイフは目の前の彼らを激昂させるものだっただろう。事実彼らの瞳は吊り上がり、何もしないと告げたその唇は、今にもこちらへも暴言を向けてきそうなほど。
だが、それこそがこちらの狙いだ。少し離れた場所でルイスが自らの腕をもぞつかせているのを横目に見て、私はほくそ笑んだ。
こんな時のために仕込んでいた短刀で、既に私は後ろ手に結ばれていたロープを切断済みだった。
無論、それが容易くばれることのないように縛られたふりは続けているが。
笑顔と共に蹴り飛ばした短刀は、無事ルイシアーノの手にも届いていたらしい。
あと少しで彼のロープも切れる。その瞬間どうにかして目の前の誘拐犯どもの意識をよそに向けないといけない。
「今からでもやればいいじゃないですか。訴訟。あの解雇は不当だったと働きかければいいじゃないですか」
「は」
なので少しだけ方向性を変えてみる。
途中からつい地が出ていた声音をもう少しだけ高く。ゲームの中でヒロインに優しく語りかけるようなものへと変えた。
「私としても労働環境が少しでもマシになるのなら協力はやぶさかではありませんし?
何より不当な暴言を吐かれてるエイリア……同僚が目に涙を浮かべているのをみるの、いい気分はしないんですよね当然。」
可愛い子なんだから、やっぱり笑顔を見たいじゃないですか。
脳内のフレディが「このタラシが!!」と怒鳴ってるけど気のせい気のせい。タラシてないタラシてない。
「ですからもし今からでも誘拐をやめて、正当な形で訴えるというのでしたら協力しますよ。幸い私の家は男爵位を得ています。貴方がたの訴えに多少は貢献できるのではないでしょうか」
「ほ、本当か……?」
ごくり、と後ろの方にいる男性がツバを飲む。
ようやくあの生意気な暴君に正義の鉄槌を下せるのだと息巻いていたところを、それは間違っていると断じられ。次いでもしかしたら別のやり方で訴えられるかもしれないと甘い言葉に揺れているのだろう。
「お前こんなガキの言うことを信じるのか!?」
「で、でもよぉ……こんなやり方はやっぱり……」
「バカ!どうせここを戻ったらルイシアーノの奴に握りつぶされるに決まってるでしょ!!!」
それを契機に誘拐犯たちの間でも意見が割れはじめたようで、互いに顔を見合わせるもの、視線を彷徨わせるものが現れる。
そんなことはありませんよ、足元に意識を払いながらも告げてにっこりと微笑む。
私の胸中を上手く読み取ったのか、ガツっと鈍い音が部屋の奥から聞こえた。
不思議に思ったのだろう。一番奥側にいた女が音の方へと振り返り、幾度か瞳を瞬かせた後で困惑の声を滲ませる。
「ね、ねぇ……。あんなところに誰か花とかおいた?」
「あぁ?置くわけないでしょ……ん、あら?」
服を引かれた別の女が振り返り、違和の声を上げれば全体の意識が薄れた。
視線の向こう側には小さな花々。放り投げられた短剣を中心に咲いているそれは、この廃屋にはあまりにも不釣り合いだった。
次いで叫んだのは、傍らの彼。
「
瞬間、その花が破裂した。
否、破裂したと見まごうほどの光が辺りを包み込んだ。
溢れ出した光は短刀にかけたルイシアーノの幻惑魔法の一種だ。
本来の幻惑魔法は扱い一つで様々な幻影を見せられるものだが、魔法具もない状態且つ謂わば独学で学んだそれを行使するとなれば一つの刺激が限度。ルイシアーノはそれを眩しさに、光に特化した。
ルイスが得意とする蔦を生み出す術の応用で咲かせた花。次いで弾けたその幻惑魔法で、一気に場は混乱した。
今だ!当てつけとばかりに怒鳴り上げてから、ルイシアーノの元へと地を蹴る。
「まぁ、こんなバカな真似をした事の反省と釈明を済ませてからの話ですがね!!」
未遂だろうと罪は罪。禊すらなしで美味しいところを手に入れようだなんてそうは問屋が通さない。
ってことで失礼しますよ!!まだ未成熟な少年の腕を掴み、そのまま扉のあった方向へと駆け出した。
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