2-9話 一難さってまた苦難
「ちきしょう!騙したな!!」
──いやいや、そもそも誘拐騒動なんてことをやらかしたのはそっちでしょう。
アンタらの行動の結果ルイスがヤンデレて回り回ってヒロインを傷つけでもしたらどうしてくれるんだこの莫迦ども!!
内心で言い返しながら、罵声の合間を縫うように駆け抜ける。
そもそもいくら恨みがあろうと複数人で囲んでリンチする時点でアウトに決まってるだろう。その前に労働組合でも結成してろ!
腕の拘束をナイフで外したルイシアーノだが、いまだふらついている状態だ。だというのに呆れたことにこちらへと一度怒鳴りつけてきた。
「ぐっ……!離せ!あの横暴どもに一撃くらい喰らわせてやる……!!」
「はぁ!?莫迦いってるんじゃありませんよ!元はと言えばあんたが蒔いた種でしょ!!」
言っておきますがそれをやろうとしたらマジで私は向こうに付きますからね!このまま反転して押し飛ばして逃げるんで!
怒鳴りつければ劣勢を理解したのだろう。不承ながらも逃げに転換を選んだようだ。
走り出してすぐに気がつく。ルイスの走り方が明らかにいつもよりも可笑しい。
考えてみれば自然な話だ。説得の結果次第で逃すことも検討していた私に対し、恨みつらみの矛先であるルイシアーノをそう簡単に逃すはずがない。運び込まれる前に嗅がされたあの薬を、追加で投与されでもしたのだろう。
逆にこんな状態でよく先ほどの魔法二連撃が出来たものだ。幼少期からの英才教育の賜物とでも言うべきか。
「ったく、しょうがないお坊ちゃんですね!」
強く腕をぐいと引く。こうなったら私が引きずっていくしかあるまい。子どもの足、それも土地勘が役に立たない場所でどこまで活かせるかは分からないが。
閃光で稼げた時間などほんのわずか。いつ誘拐犯が追いかけてくるかも分からない。
先ほどまでなら私一人なら逃してくれただろうが、今となってはそれは望めないだろう。
──当然、ルイシアーノがそれに気がつかないわけがない。傲慢ではありながらも聡い子どもなのだ。これまではただ、そこに目を向ける必要性を感じていなかっただけで。
「おい……どうして俺を置いていかなかったんだ、貴様は」
「はぁ!?人に話しかける余裕があったらもっと走る速度を上げてくださいません!?」
極力声を抑えようとしても、走りながらでは幾らかの声量は必要になる。足は止めないながらも振り返り、瞳を吊り上がらせる。
けれども薬の抜け切らない彼のぼんやりとした顔を見て、その怒気を引っ込めた。
痛みと薬の効果で思考が回りきっていなさそうな顔だ。会話でも何でもして、気を紛らわせた方がいいのだろう。そう、いっそのこと怒らせるくらいのことをした方が。
「……はぁ。だから貴方は鈍いんですよ。私が前に想像してた五倍は。いえ、十倍は鈍いんじゃないです?」
「いい度胸だな貴様!?」
よし、怒りで頭に血が昇ったらしい。少し足取りが戻ってきた。
けれどもその怒りは長続きしなかったらしい。小回りの効く子どもの体を活かして崩れた壁の隙間や細い小道を通り抜けながらも、後ろを向いてくる足取りは重い。
暫しの沈黙のあと、独白と自嘲の合間のような声が聞こえてきた。
「──……置いていきたいならそう言ったらどうだ」
「はぁ?なんでそうなるんです?」
置いていきたいなら言葉にするより先に行動に示すんだが??
そう言い返したくなる思いをぐっと堪えれば、最終的に出てくるのは深々とした溜め息。
瓦礫の廃材が周囲を覆っている。ここなら一瞬だけ足を止めても許されるだろうか。振り向いてその、今はくすみかけている金の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……だから鈍いって言ってるんですよ。いいですか、私は貴方の従者ではありますがその前に一人の人です。
一人の人として、大の大人がそれも複数人で子どもを寄ってたかって暴力を振るおうとするのを、ざまぁと見捨てると思っていたんですか」
「…………!!」
瓦礫の廃材が覆っているのはあくまで周囲だけ。ぽっかりと開けた空の央からは、地上の追いかけっこなど知らぬように当たり前に陽の光が降り注ぐ。
その陽射しを反射して、ルイシアーノの瞳がちかりと瞬きを放った。
「貴方はたしかに今日まで横暴でしたし、残酷でした。だからといって今目の前にいる貴方を助けない理由になんてなりませんよ。貴方は無知だった。けれどもそれに気がつけたのなら変わる余地はあるでしょう」
雲がよぎり影をつくる。こんな散々な日だというのに美しいまでの快晴だ。曇天の中走り抜けるよりはきっと、ましなのだろうけれど。
「…………まぁ、確かに日頃の恨みつらみはありますので今度職場で不満の聞き取りとかして労働組合の結成は真面目に考えてもいいとは思いましたけどね。」
「本当に貴様は感動をぶち壊しにするな!!」
「え!?感動してたんです!?」
緊張感を一瞬互いに忘れて声を張り合う。少しだけ時間を置いてから、耐えきれないように噴き出した。
「っくく、はは……貴様という奴は本当に愚か者だな」
「鈍感な君に言われたくはないね。ま、これに
「はっ、考えてはおいてやる。貴様がここを無事に脱出できたらの話だがな」
そこはルイス様がじゃないんですね。俺が無事に帰るのは最低条件に決まっているだろう。
軽快なやり取りもまた、どこかこれまでの
ひとしきり笑い合ってから、休憩終わりと立ち上がる。
「さて、一先ずは早く街に戻りましょう。これは兄から聞いた話ですが……」
「おい!見つけたぞ!!!」
聞こえてきた怒鳴り声に肩が震える。
まずい!人気がないと油断していた。視線を走らせれば一人の男。元々こちらの言葉にもこんなガキの言うことをと言い放っていた顔だ。
捕まったら何をされるか分からない。否、その前……今の時点ですら、先ほど置いていった短刀を振り上げている。
咄嗟にルイシアーノの腕を掴み、その身体を男とは反対側に押し込んだ。たたらを踏み重心を崩す彼を覆うように男との間に割りいる。
瞬間。
脚に刺すような、鋭い痛みが走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます