9-3話 お茶会と視線

「運動ですか? 特にやっていませんけれど……でも元々実家が運送の仕事なので、小さいころからそのお手伝いをしてました。」

「そうなのですね? 女性の細腕では大変だったでしょう。身体強化の魔法も学院ではより仔細に知ることができるので、そういった知識をぜひご家族の方にも共有してあげてください。」


 笑みは浮かべたまま、胸中でガッツポーズをする。

 ヒロインの素性についてはゲーム内では明かされていなかったが、運送業をしているということは少なくとも目の前の彼女はそれなりに腕力も脚力もあるだろう。

 ハイネ先輩のやばいイベントについてもある程度の回避は望めるかもしれない。


「運送のお仕事をされてたんですかぁ?ユーちゃんってばすごいですねぇ。どんなものを運んでたんですかぁ?」

「依頼があれば意外と何でも運んでましたよ。香辛料の重い袋とか、手紙とか……。ミラルドくんはどちらの出身なんですか?」

 そのまま新入生・編入生同士で話が盛り上がりそうな様子に自然と口元が緩み、提案をこぼす。


「セレモニカの儀に備える必要もありますけれど、その前に折角ですからソルディアのメンバーとしてお互いのことを知る時間でも作りましょうか。よろしければこの後、皆さんでカフェでお茶でもしませんか?」


 同じソルディアの仲間としても、今後のゲーム的な展開についての備えとしても。ユーリカについて知っておくことは悪いことではない。

 一番いといそうな男の腕をつかみながら朗らかな声をあげた。


「……おい、シグルト。この腕はなんだ。主人の腕を断わりなしにつかむとは不敬だと思わんのか?」

「今はソルディアのメンバーとして同等の立ち位置ですので。従者としても主人がこういったことに消極的になった結果、組織内での円滑なコミュニケーションが取れなくなりましたら困りますし?」

「意見表明と情報交換以上のやり取りをする必要性を感じないな。……そして貴様も反対の腕を嬉々としてつかむんじゃない、ミラルド!」

「えぇ~? いいじゃないですか、ルイルイも来たらきっと楽しいですよぉ。カフェのおすすめのデザートとか教えてほしいですもん。ね~?」

「ねーっ!」


 私とミラルドでルイスの両腕をつかんで連行する。その後ろをユーリカが戸惑いながらついてくる光景は中々にシュールだ。

 他のお二人を一瞥すれば、カーマイン先生は予想通り静観の構えらしい。当日までに練習を間に合わせれば、先生として文句はないのだろう。

 ハイネ先輩はそのままいなくなるかと思えば、意外なことに私たちの後ろについてきた。……昨日見かけたイベントといい、すでにユーリカへの好感度は高いのだろう。道中で後ろから二人の会話も聞こえてくる。


「……騒がしい奴らだし、フェルディーンは傲慢な男だがシグルトを介せば御しやすくなる。自分も目に余るようなら指導しよう。困ったなら頼ってくれ。」


 ……息をするように主人のお守係を任せられた気がするぞ?? 声もゲームでのハイネ先輩そのままのやさしさだ。この一年間一緒の組織で活動していた間とのギャップが激しすぎる。

「傲慢……でしょうか? 先ほどのお話からはそうとはあまり感じませんでしたが。」

 対するヒロイン、ユーリカはやんわりと疑問を抱いているような声だ。先ほどのやり取りだけなら疑問を抱くのも無理はない。実際ゲーム中よりもルイシアーノの態度もマシだったし。


「でも、お気遣いくださりありがとうございます。何かありましたら相談させてくださいね、シドウ先輩。」

「……ハイネで構わない。」

「そうですか?ならハイネ先輩と。」


 後ろで交わされる会話に神経を集中させていたからだろう。横から突如こちらの頬に伸びてきた指に気がついたのは、その指が私の頬を突いた時だった。


「ふふ~、シグちゃんってばお顔がくるくる変わってておもしろいですねぇ。」

「え、そんなに変わってました!?」


 自分では意識していなかった。

 慌ててルイスをつかんでいない方の手でつつかれた頬を撫でる。


「そうだな。みっともなく頬を緩ませたかと思えば、遠い目をしだしたり、かと思えば悩むような……。進学して間もないというのに情緒が不安定すぎるのではないか?」


 ルイシアーノからも嫌味たらしい声が聞こえる。後ろの会話は彼も聞こえていたのだろう。とげとげしさが普段より一割ほど増している。

 ゲームについてもすでに話しているのだから何を私が考えていたかなど薄々察していただろうに。否、だからこそあまり重ねすぎるかといいたいのかもしれないが。

 わざとしかめ面をして見せれば鼻を鳴らして腕を振り払われた。


 ◆ ◇ ◆


 カフェテリアは放課後もそれなりに賑わいを見せている。

 貴族クラスの生徒たちは特に社交の場の代わりとして使用していることも多く、アフタヌーンに合わせたメニューも充実している。


「すごい……、飲み物だけでこんなに種類がある……、んです、ね!」


 小さく歓声を挙げたユーリカが、紅茶のページをまじまじと眺める。

 現代でも聞き馴染みのあるフレーバーや、全く知らないフレーバーなども多くある。後者はさておき前者はゲームとして遊ぶ時の分かりやすさを重視された結果だろうか。


 とはいえこの世に生を受けてからそこそこ経っており、侯爵家の従者としてそれなりに鍛えられた身だ。前世では聞き馴染みのないフレーバーについてもある程度の知識はあった。


「何と合わせて食べるのか、温かいものと冷たいもののどちらが飲みたいかにもよりますが、お好みを教えていただければいくつかお薦めを上げさせていただきますよ。」

「本当ですか? ありがとうございます。」


 ぱっとこちらへと浮かべた笑みはまさしく花が咲いたようで。ここが公共の場でなかったら拳を勢いよく天に向かって突き出していたところだ。

 拗らせている自覚はある。ルイシアーノにも注意されはしたからなるべく同一視しないようにと言い聞かせてはいるのだけれど。


 けれども実際にこうして動いて、笑って。戸惑いながらも少しずつこちらと交流を図ろうとする健気な様はまさしく理想のヒロインだったから、期待が自然とよぎってしまうのは仕方がないのではないだろうか。

 それを相手に偶像として押し付ける、まさしくヤンデレムーブだけはしないように気を付けておこうと心に決める。


「……。」

 ……それはそれとしてハイネ先輩?

 ユーリカと話をしている時の視線がすでに痛いんですが??

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