9-4話 お茶会と暴君

 スコーンにカップケーキ、カヌレにアイシングクッキー。こちらの世界独自の菓子としてステランダやマロウも並ぶ。

 すべて食べきれるかは分からないので生菓子は避けつつも、こうした菓子類に馴染みが薄いというユーリカのため、テーブル置かれた菓子はまさしく所狭しといった様子だ。


「わぁ……、凄いです!」

「えへへ、おいしそうなお菓子がたくさんですねぇ。ユーちゃんはお菓子とかあんまり食べないんですか?」

「そうですね。そこまで裕福な家庭というわけでもありませんから。でもお祭りの時に焼きたてのバルンを買って食べたりはしていましたよ。」

「ああ、あの鼻につく甘さの菓子か。」

「ル、イ、ス、さ、ま!!」


 いやいつかはそういう失礼な物言いをするとは思っていたが。逆にあまりに好人物として受け取られていたらさりげなく印象の是正はすべきかな?とも思っていたが!

 吐き捨てるような調子で口にした彼を窘めるように声を荒げる。


「なんだ。別に間違ってはいないだろう。少なくともここにある菓子類はあれに比べれば上品な甘さだ。同じようなものを求められては困る。」

「味の差異はあるでしょうが言い方というものがあるでしょうが。もう少し配慮されたらいかがですか。」

「はっ、事実を事実と言って何が悪い。少なくとも貴様の言う通り薄絹に包んで伝えた結果、食した印象に差異が生じた方がよほど問題ではないか?」

「ああ言えばこう言いますね……。」


 はぁ、とため息をこれ見よがしに吐き出せば、くすくすと柔らかな笑い声がこぼれる。


「お二人は仲がよろしいのですね。主従として入学されたとお聞きしましたが、もう長い付き合いなのですか?」

「別に仲がいいわけではない。此奴が図々しいだけだ。」

「失礼ですね。言わないと伝わらないからはっきり言っているだけでしょう。私が十歳になってからですから、もう五、六年の付き合いになります。」

「そんなに長いのですね……!」

 感嘆の声をあげる少女は、先ほどのルイスの言葉をさほど気にしていないようだ。意外と胆力があるのだろうか。


「あのねぇ、ボクもシグちゃんとは三年ちょっと前にはじめましてしてるんですよぉ。それからずっとお友だちなんです~。ユーちゃんのお友だちはどんな子ですかぁ?」

「私の周りはあんまり同年代の子っていなかったんです。近所に五つくらい離れた子が何人かいて、読み書きを教えてる間にお姉ちゃんって懐かれたりしてました。」


 そういった少女の話を聞いていると、改めてどこか不思議な感じがする。ゲームではプレイヤーの想像の幅を狭めないためだろう。ヒロインのパーソナリティについてはあまり伺えなかった。

 けれどもこうして話を聞いていれば学院に来る前からいろいろな人と関わっていた、実際に血肉が通っている少女なのだということが分かる。

 はつらつとしていた彼女の顔が、少し陰りを見せた。


「ただ……精霊様が私の元に現れてから入学までほとんど間をおかなかったので、ほとんど挨拶をしないまま来てしまったことだけが悔やまれます。」

 通常の手続きとは異なり、まさしく特例で学院へと来ることになったユーリカ。

 これまでとは全く異なる環境下での心細さと、親しき人たちとの突然の別れ。無論長期休暇の際には帰れるが、それでも不安に思うのは当たり前だ。


 俯いている彼女を励まそうと口を開きかけたところで、それよりも先んじて彼女の握る手に手を重ねた存在がいた。


「……災難だったな。もし気掛かりに感じるのなら帰宅申請をするのも良いだろう。祝日を利用して帰る生徒もいるし、ソルディアに入ってすぐにかと言い出す輩がいるのなら自分が間に入って取りなそう。」

「相手をとっちめて文句が言えないようにするの間違いでは?」


 努めて軽口の調子で口を挟む。相手が同じように下の位の子だったなら諭すだけで済むだろうが、貴族嫌いの先輩が高位貴族にする対処。それくらいはやりそうだ。

 幸い私の立ち位置は先輩としては言いたいところはありながらもまだ庇護するべき立場だ。茶々を入れる程度の調子で笑えば、隣にいたミラルドも呑気に笑みを浮かべた。


「とっちめるって強いですねぇ。ハイちゃん先輩は戦うの強いんですかぁ?シグちゃんも剣を構えるの、とってもキレイでしたよねぇ。」

「先輩の精霊は身体感覚強化に特化しているんですよ。セレモニカの儀でも私と一緒に舞手をすることになりましたから。」

「そうなんですか……!?それは是非見てみたいです。」


 次第にそれていく話題にユーリカが食いついて、ハイネ先輩へ目線を向ける。

「ユーリカの頼みなら。」

 その言葉に否やを唱えるわけもなく先輩も快諾した。……先輩の不穏な発言の懐柔方法、これは使えるな?


 だがここには先輩を見事に逆撫でする性質の男もいるわけで。


「はっ、随分と先のことばかりに目が向けられているようだが。自らを顧みることが出来ていないのではないか?残してきたものばかり気にかけているが、そのような浮ついた気持ちでいられるほど、ここソルディアは甘い場所ではないぞ。」

「ルイス様!」


 ……いや、言いたいことは伝わってくるのだ。

 咄嗟にこちらも声を荒げたが。これまで魔法について専門的な勉強も受けていなかった少女がソルディアとして、学院の代表として立つ。本気で取り組まなければ後で立場との差異に辛くなるのは彼女だろう。ルイシアーノなりの発破も混じっていたのだと思う。

 だが、そんなツンデレ発言が通じるのはこの場で私だけなんだよな??ミラルドも目を丸くするレベルの辛辣な物言いに、ユーリカに至っては萎縮したように縮こまっている。


 そしてこの状況を、ハイネ先輩が黙ってみているはずもない。

「……幼少期からソルディアに入るべく研鑽を積む、お貴族様らしい物言いだ。」

「はっ。そういう貴様こそ、親切と甘やかしと憐れみと傷の舐め合いは違うぞ?」


 棘だらけの応酬を交わし、ルイシアーノが席を立つ。

「そうして傷の舐め合いごっこをやりたいのなら、俺の見えないところでやれ。不愉快だ。」

「あ、ルイシアーノ様……!」


 踵を返して立ち去っていく彼の背中に声をかけるが、時すでに遅し。

 後に残されたのはテーブルに並ぶお菓子たちに、発端となり申し訳なさそうな顔をしているユーリカ。仏頂面のハイネ先輩。


「ルイルイってば相変わらずのおこりんぼさんなんですねぇ。」

「……まあ暴君なのは昔からですからね。申し訳ないです。」

「シグちゃんが謝ることじゃないですよ?それに、これからお勉強がんばって、どんなもんだい!って見せればいいと思いますし〜。一緒にがんばりましょ?」


 カップケーキを皆のお皿に一つずつ載せていくミラルドの言葉で、少し空気が上向いた。相変わらずほんわりとした子だけれど、今はその天然が緩衝材にもなる。


「ええ、そうですね。……ルイス様には後で私からも叱っておきますから。ユーリカは気にせず、自分のできるなりに頑張ってください。」

「が、がんばります……!」


 握りこぶしを小さく作る彼女を微笑ましく見守りながら、あの暴君に後で何と言ってやろうかと頭は目まぐるしく動いていた。

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