9-5話 作戦会議
「よ、久しぶりシグルト。お前がこっちの寮に来るなんて珍しいな。」
訪れた他寮の談話室へと足を踏み入れれば、何やら大荷物を持ったフレディと鉢合わせる。ルイスの身の回りの世話をしている彼のことだ、実家から彼を心配して贈られるあれやこれの荷物の整理中なのかもしれない。
「久しぶりって……、この間の年末休暇でエイリアと一緒に街歩きしたじゃない。」
「ああ、ご主人様の居ぬ間にってやつでな。」
とはいえある程度は休暇もあるし自由もある。年末休暇の間は寮での世話の任も解かれて休みを合わせた私やエイリアと街巡りに繰り出したこともあった。
「んで、わざわざこっちの寮に来たってことはルイシアーノ様に御用か?」
「ああ、うん。……戻ってきた時の調子はどうだった?」
後半は声を低めて問いかける。屋敷とは違いルイシアーノの世話を今しているのは彼一人だ。つまり機嫌が急転直下したとして、迷惑を一番被る羽目になるのも彼となる。
そうなったら申し訳ないと思う私の胸中とは裏腹に、いつも通りだよと肩を竦めるフレディ。
「ルイシアーノ様の機嫌がいい時の方が珍しいのは今更だろ?そりゃいつものように馬小屋の隅の埃まで指摘しそうな嫌味たらしさはあったが、そこはもう今更だしな。」
「……それは確かに。いつものことですね。」
ハイネ先輩との言い争いもそこまで影を落としてはいないのだろうか。なら良かったが、それはそれとして一言言ってやりたい気持ちはある。
「フレディ、ちょっと今からルイス様と話をしてくるから、その間人払いを頼んでもいいですか?防音魔法はありますけど、一応。」
「お、りょーかい。喧嘩しないように……ってのはお前にゃ無理か。」
「あっはっは。ルイス様に売る前にフレディに売ってもいいんですよ?喧嘩。」
軽口を交わしてから、片手を上げて部屋への道を向かう。
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「ルイス様、シグルトです。少しよろしいでしょうか?」
「入れ。」
短い許可に扉を開ければ、ソファとテーブル、壁にかけられた絵画と豪勢な部屋。
作りとしては別の寮にある私のものと同じだが、フェルディーン家があれこれと贈ってきた結果、実家の事実とほとんど変わらぬ環境で過ごしているわけだ。
紅茶を飲みながら目線だけで正面に座るように促してきたルイシアーノに応えるように席に着く。
「で、なんだ。どうせ貴様のことだから先ほどの茶会に苦言でも言いにきたのか?」
「分かってるじゃないですか。……先に言っておきますが、別にルイシアーノ様が彼女に特別優しくしろというつもりはありません。」
勘違いされないようにそれは伝えておく必要がある。正直なところ私やハイネ先輩のような対応をルイシアーノがユーリカにしたら、気でも触れたのかと思う。
「ですが、前にもお話ししたでしょう?ハイネ先輩はゲームの中でヒロインに依存してヤンデレになったと。下手に先輩の前で煽って、『彼女は自分が守らねば……』みたいな感覚にさせるのはもう少しばかり控えていただけません?」
要は場所と、それが無理ならせめて言い方を考えてほしい。そもそもハイネ先輩と目の前で喧嘩を続けられたらヤンデレ関係なく組織の空気は悪くなるし彼女だって萎縮するだろう。
「馬鹿馬鹿しいな。どうせ俺が多少の配慮をしようと、ハイネの奴は言葉尻を捉えて苦言を呈してくるだろうよ。」
「くっ……否定しきれない。まあそもそもの根本的な問題はどちらかというとハイネ先輩の貴族嫌いだとは思うんですが。」
「それについては以前結論がついただろう。貴族と無関係な立ち位置で彼奴が心を開けるような相手でもいないと……」
「だ、か、ら! それがユーリカなんですって!」
言葉を遮る。この根拠は前世の記憶だけではなく、先ほどのハイネ先輩の反応からしても丸わかりだ。
「必要以上に仲良くして好感度を上げろと言うつもりはありません。それはそれでヤンデレスイッチを押されても厄介なので。」
「やんでれすいっち」
なんだそれはと言いたげなルイシアーノの視線は華麗にスルーする。ヤンデレについて頭で考えても疲れるだけなので、心で感じてほしい。でも感化はされるな。
「ただ、伝え方というものがあるでしょう。いかにも楽しい空気を台無しにして伝えるとか、貴族社会って空気を読むスキルとか勉強しないんです?」
「は?そんな訳がなかろう?」
だろうなと思う。笑顔で水面下であれやこれを考えるのがお貴族様だ。先日会った、グリンウッド卿の圧のある笑みを思い出す。
「でしたら。それを多少は役立ててください。ゲームとかヒロインとかそういうのを脇に置いても、彼らは同じソルディアの仲間なんですから。
卒業までの残り四年間をギスギスドロドロで過ごすなど、私は御免ですよ?」
「……はぁ。頑固で横暴な従者を持つと苦労するな。」
「鏡持ってきましょうか?ルイシアーノ様こそ大概かと。」
ソファに勢いよく背中をつければ、柔らかい弾力が受け止める。その感触を楽しむ間もなく向かいの碧色を睨めつけた。
「精霊が先か女神が先かの話だ。……貴様がどうしてもというなら多少は譲歩してやってもいいが。だがあの甘っちょろい精神性で、まともにこれまで勉強もしていなかった庶民が安寧に過ごせるほど、学院もソルディアも甘くはないぞ?」
私の気迫に折れたか、或いは彼自身も昔より丸くなったお陰だろう。追い払う仕草で手を振ってくる。
けれどもその言葉は間違ってはいない。先程は時と場所を考えていなかっただけで、彼のいうことも一理はあるのだ。
庶民である彼女が学院の……それも二年の勉強に追いつけるか。恐らくは一朝一夕の努力では足りないだろう。
けれども、私はその点については実のところ然程心配してはいなかった。
「大丈夫ですよ。ルイシアーノ様。」
だからこうして、笑顔で自信満々に宣言してみせたのだ。
「《
「…………は?」
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