10-1話 発露と発生
《
ゲームの主人公、ユーリカと契約した精霊の銘。ゲームで登場していたその精霊の特性として、ユーリカ自身もその加護を受けていた。
「お前噂の編入生だろ。勉強は大丈夫そうか?」
「あ、はい。まだ分からないところも多いですけれども、お陰さまでなんとか……!」
ユーリカが入学してからもうすぐ一ヶ月。
さすがにこれまで全ての科目を理解して応用することはできていないが、それでも編入して間もないにしては目覚ましいほどの成果を上げていた。
小テストではクラスの上位一割に入り、実技はさすが精霊に選ばれた身。魔法学では指定された魔法の構築を何なくしてみせた。
これだけならさすがはヒロインと声高に言ってしまうところだが、そうではない。
例え補正があったとしても、努力もなしに成果は上がらない。ゲームでも毎日同じように勉強を選ばないと成長しないのと同じだ。
その証拠に、今日も執務室ではセレモニカの儀の練習前にミラルドと二人、机に向かう赤髪の少女の姿が見られた。
「お二人とも勉強に精が出てますね。ユーリカ、ミラルド。」
「あ、シグちゃんだ〜」
「シグルトさん!ええ、二年生のテキストはどうしても難しい場所が多いので、ミラルドのテキストを参考に見せてもらってるんです。」
「ボクもね、お勉強の予習ができるからいいですよね。二人でお得!ね〜。」
「ええ、そうですね。」
おっとりとした性格の彼女は、同い年のクラスメイトである私やルイス様のことはさん付けで、年下のミラルドのことは呼び捨てで呼んでいる。
最初はミラルドの方もさん付けをしようとしたが、ミラルド自身が固辞をしたようだ。
「頑張っている二人に、差し入れです。食堂からハーブティーを頂いてきましたよ。それとマロウも。」
「え、いいんですか……!?」
「やった〜!マロウおいしいですよねぇ。」
果実をお酒とシロップ漬けにして水気を飛ばした菓子。学院で出るものはアルコールは飛ばしているが、大人向けの味わいを楽しめる。
ミラルドはどうやらこの風味が好きなようで、率先的に手を伸ばすのを微笑ましく見守る。
「お二人とも分からないことはありますか?勉強でも他のことでも、学院にいるのは私の方が一年早いですから。もし困ったら分からないことがあれば遠慮なくお聞きくださいね。」
「あ、それでしたら是非……!」
私の申し出にユーリカがテキストを捲る。手にしているのは精霊学の冊子だ。精霊学は学院独自とも言える学問であり、精霊の成り立ちや魔力構成、それぞれの特徴などを学ぶこととなる。
「精霊学で良いのですか?以前小テストで満点を取っていらっしゃいましたが……。」
「うぅ……、あれはなんと言いますか、これかなと思う回答を直感で埋めていったからで。どうしてそういった理論になるかがよくわかってないんです。」
あの小テストは記述形式の箇所もあったのだが。精霊が抽象的ないし直接的な答えを伝えてくれるけれど、答えに至るまでの知識は分からないということか。
それでも答えが分かればそれでいいと甘んじず、その理論まで理解しようというのは素晴らしい心根だ。
「そうだったのですね。なまじ良い点を取ると尚のこと周りには聞きにくいでしょう。私でよろしければ是非。」
「えへへ、でも今からそんなお勉強出来てたら、主席さんになるのも夢じゃありませんねぇ。」
「ええ、先生方にも期待を寄せていただきました。」
赤髪の少女のはにかみと共に、脳裏をよぎった先生方の言葉を思い出す。彼女が直接賜った言葉ではなく、噂話のようなものだ。
「まだ編入して一月弱だがあの伸び……まさしく天才と言えるだろう。」
「リュミエルの再来では?」
「いや、さすがにリュミエルと比べるのはユーリカに失礼だろう。」
「まだ人の範疇に留まっているからな。」
──色々な意味で失礼だったな。あれは。
僅かだがゲームのシグルトの気持ちがわかった。あんな兄の存在はヒロインに聞かせたくもなくなる。
そうして勉強を教えてどれくらい経ったか。扉が開く音が聞こえる。
「シグルト。練習を……、ああ、ユーリカの勉強を見ていたのか。」
「あ、もうそんな時間でしたか。すみません。」
少し覗いていただけのつもりだったが、思っていた以上に時間がかかっていたようだ。立ち上がりかけた私を制するように先輩が片手を上げた。
「いい。昨年と同じ演目だ。練習は不可欠だが、必要以上に躍起になる必要もない。……それよりも、まだ慣れぬ二人の援けとなる方が、自分としても良いと思う。」
「はぁ。」
どことなく返答が間の抜けたものになったが、前半と後半の言葉の温度差に着いていけなかったのが最大の要因だ。
二人と口にしているが、その視線はユーリカへと注がれている。普段の淡々とした調子はどこかへと消え、マロウよりもよほど甘い。
恋は人をこんなにも変えるものなのか。ハイネ先輩のルートがそれなりにお気に入りだった私としては喜ばしいが、同じソルディアの仲間である私としては複雑だ。
そもそも恋愛なのか依存なのか現時点分からないのも悩ましい。私やミラルドがこうして一緒にいても文句を言われない辺り、前者だと嬉しいという希望的観測はあるが。
「ふふ、ハイちゃん先輩がお勉強教えてくれるなら、心強いですねぇ〜。」
「はい、ありがとうございます!ハイネ先輩。」
何よりもユーリカとミラルド、二人がこんなに嬉しそうにしているのだ。ここにはあの暴君もいないし、下手に横槍は入れないでおこう。
「なら、私も折角ですし課題を解かせていただきますね。」
「じゃあ今日はお勉強会の日ですね〜。」
「ユーリカ、分からないところは何処だ?」
「ええと、この67ページの……。」
暫しの歓談の水面下で、ゆっくりだが確かに進行する好感度の変遷に。この時の私はまだ気がついていなかった。
/////
「あっ!シグルト、お前こんな場所にいていいのか?」
入学式から一ヶ月、つまりはセレモニカの儀まであと半月。
練習が本格化してきた頃合い、放課後に本の返却のため立ち寄った図書館にていきなり同学年の生徒から話しかけられた。
その突拍子のなさを怪訝に思わなかったといえば嘘になるが、一瞥した金縁のタイはルイスと同級であることを示している。
礼を失した対応をしたことが耳に入れば、後でねちねちと言われるのは間違いない。恭しい一礼をしてから口を開く。
「こんにちは。授業のレポートに使用する書籍を返しに立ち寄っていたのですが……何か御用がございましたか?」
「え、もしかして知らないのか?ルイシアーノとハイネ先輩が殴り合ったって話!」
「はい?」
思わず耳を疑う。念のためもう一度同じことを問い直したが、一言一句同じ言葉が返ってくる。
いや、なんで???
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