10-2話 怪我の要因

 戸惑う私にひとまず治癒室へと向かうように声をかけてきた生徒に礼を述べ、言われた通り目的地へと真っすぐ向かう。


 職員室からほど近いその扉を開ければ、薬草の独特な香りと白を基調とした空間。

 前世での湿布の香りに何処となく似ているなと思いながら見回せば、腰かけたルイスの姿をすぐに見つける。そのまま室内を一瞥したが、ここにはハイネ先輩はいないようだ。そこまで確認したところでもう一度、視線を彼へと向ける。


 振り返ったルイスの顔には大きなあざがあった。はっと飲み込んだ呼吸を深いため息で覆い隠し、殊更平静な声を出すように努めた。


「ッ、……ルイシアーノ様。数少ない掛け値なく長所といえる顔なのですから、もう少し大事にされた方が宜しいのではありませんか?」

「貴様、邂逅一番口にするのがそれでいいのか。」

「え? 怪我をしていても腫れあがりが少ない分イケメン度合いが目立ちますねの方が良いです?」

「まともに主人を気遣うつもりはないのかと聞いているんだ。」


 軽口を叩きながらも彼の身体をざっと検分する。顔は打撲や擦り傷が主ではあるが、治癒魔法で何とかなる範疇はんちゅうだろう。

 問題は肩や腕か。青く腫れている箇所を見て自然と眉間にシワが寄る。以前の誘拐事件ほど酷い怪我ではないだろうが、それでも治癒魔法をかけたところで一晩では治らなさそうだ。


「……シドウ先輩と喧嘩をなさったと伺いましたが。」


 にじみ出た自分の声が想像以上に低かったことに我ながら驚く。目の前の金の瞳も素で瞬きを返してきたが、直ぐに切り替えたように不敵な笑みを口元に浮かべた。


「はっ。喧嘩よりもくだらん、一方的な言いがかりだ。あの編入生に余程ご執心のようだな、あの愚か者は。」

「あー……ユーリカさん絡みで?」


 ルイスの横暴な物言いにとうとう臨界点が突破したかの二択ではあったが、そちらの方か。

 どうやら治癒術師はまだ来ていないらしい。前世の保健室の先生とは異なり、学院の治癒術師は通常他の医院で働いており、必要に応じて呼ばれるものだから、まだ到着に時間がかかるのだろう。

 先に最低限の手当てはした方が後の治りも早いか。薬草を練って作られた軟膏を手に取りながら苦笑すれば、嫌味たらしいため息が返ってくる。


「これで証明できただろう。貴様がどれほど俺に指図しようと、彼方をどうにかせねばキリがないということだ。」


 いや、ルイス様が無自覚に余計な一言を仰ったのでは? 反射的に返そうとした口は、けれども続く言葉に閉ざされる。


「俺としてもやられたままで終わるつもりはこれっぽっちもないのでな。……シグルト。

 貴様が彼奴について知っている限りの情報をよこせ。こうなったら奴の性根丸ごと叩きのめしてやる。」


 ……元来ヤンデレ化を止めたかった私からしたら有難い彼の申し出。けれどもこれまでのルイシアーノのスタンスとは大きく外れた言葉に幾度か瞬きを繰り返す。


「性根を叩きのめすなどと……。一体どのようなお心変わりで?あれだけやっても無駄だと仰っていたのはルイシアーノ様ではありませんでしたか。」


 良く言えば静観、率直に言えば放置をこれまで選択していたのは他ならぬルイス自身。

 余程言いがかりをつけて殴られたのが腹に据えたのか。それにしても具体的な案もなしに衝動で口にしていないだろうか。


 事実、既に彼の対応についてはユーリカに間に入ってもらう案を先日提示しており、不満はさておき否定は受けていなかったはずなのに。

 ……そこまで想起したところで嫌な予感が背筋に走る。顔色をうかがいながら恐る恐る口を開いた。


「……お二人の喧嘩の原因ですが、もしかして。」

「は、その程度も理解できない体たらくだったら話を打ち切る所だったな。貴様の想像通り、あの編入生絡みだ。余程ご執心らしいな、あの愚か者は。」

「ワァ……。」


 無辜の生き物のような声が口からこぼれ落ちる。窓の方に無意識に視線を向ければ空の蒼さが目に染みわたった。

 一体何があったのだろうか。目立つ傷にガーゼを当てて包帯を巻き終えてから、手ごろな椅子を持ってきて彼の前に腰かける。

 ここまで来たら、まずは経緯から聞かせてもらおうじゃありませんか。

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