10-3話 状況説明
正直にいえば、ルイシアーノからしてもユーリカの憶えは想像以上に目覚ましいものだった。
「ただの平民出の田舎娘だと思っていたが、魔力的な素養はそれなりだったな。あれが以前貴様が話していた精霊の加護とやらか?」
「ええ、ゲームではヒロインと精霊が会話できていて、入学間もない時に精霊がサポートを申し出てくれるんです。こっちの世界のユーリカは、そういった会話はしたことがないと申し上げていましたが……」
チュートリアル要素はメタ的なものだ。さすがにこちらの世界にまで反映はしていないのだろう。
「はん。精霊と会話できる存在もいるはずがな……、人間の中にはいないだろう。貴様の兄は一先ず人間の枠から取り除くとして。」
「息をするように兄を人外枠に入れるのは止めて頂けません?気持ちだけなら心底分かりますが。」
精霊の銘をあれだけ早い段階で教えてもらっているあたり、枠から除外されても文句は言えないのかもしれないが。
「だが、加護の影響と考えれば納得はいくな。かつてソルディア入りした者たちの記録を紐解いても、精霊と契約が適ったもののうち幾名かは目覚しい働きを見せたという。もっとも、あの田舎者はまだ基礎の踏み均しに忙しいようだがな。」
「それ、そのまま本人に伝えてませんよね?」
お茶会での辛辣な物言いと、その後の微妙な空気を思い出して瞳が据わる。
本人にその表現で伝えてたとしたならば、それこそハイネ先輩と殴り合いになっても文句は言えないだろう。
「貴様にわざわさ言い含められたというのにしでかすほど間は抜けていないさ。思ったよりはマシだったことを伝えたまでで。」
……どうだろうか。これに関してはルイス一人の証言では全くアテにならない。無自覚に失礼なことを言っててもおかしくないので。
こちらの胸中を読み取ったのか、治癒室の扉を一瞥してから碧髪が左右に揺れる。
「疑わしげだな。ならば俺だけでなく、扉の向こうにいる者共にでも聞いてみればいい。」
「えっ?」
振り返って意識をそちらへ向ければ、確かに人二人分の気配。そのまま扉が薄く開いた向こう側には、見知った顔が並んでいた。
「ルイルイ~、お怪我は大丈夫ですかぁ?びっくりしちゃいましたよぉ。」
「ご、ごめんなさい。とめられなくて……大丈夫ですか?ルイシアーノさん。」
「ミラルド、ユーリカ。貴方たちも現場にいたのですか?」
私の問いかけに各々の首が縦に振られる。成程、私は別件で遅くなっていた間に執務室では全員が集まっていたらしい。
──つまりユーリカの目の前で殴る蹴るの喧嘩をしていたのか?ルイシアーノはさておきハイネ先輩が?
疑問符を浮かべた私に、二人が口々に状況を説明しようとする。
「丁度その時はセレモニカの儀に備えて、私の歌をルイシアーノさんに確かめて頂いていたんです。」
「ユーちゃんのお歌、とってもキレイでしたよぉ。リンリンリン~って鳴ってました!」
……鈴の音が鳴るような歌声とでも形容したいのだろう。相変らず特殊なミラルドの言い回しを脳内で自主翻訳する。
歌については何のアドバイスも出来なかったが、さすがはヒロイン。いや、ユーリカ。無関係ながら誇らしい気持ちになる。
「ルイルイもほめてましたもんね!『
「それは褒めてるんじゃなくて私の歌に喧嘩を売っているといった方が正しいのでは???」
ミラルドは精一杯声真似をしているようだが声の圧が全く足りていない。そのことにツッコミを入れる前に内容を理解して傍らを睨みつける。
さっきの治療の時に一番染みる薬を使うべきだったか。睨みつけられている張本人は堪えた様子もなく、逆に『否定できるのか?』と言いたげな目線が返ってきたのに閉口する。
「ふふ。でもその後にちゃんと『……まあ、及第点はやれるか。音を外した様子もないし、要所でビブラートも利かせている。無論専門には負けるだろうが、少なくとも耳障りには感じないからな』とも言っていただけましたから。」
「……。」
それはちゃんと褒めているのかと尋ねることはしない。実際素直じゃない俺様何様ルイシアーノ様からすれば、満点にも等しい言葉だ。
だが、何かを言おうとして開きかけた喉はいやに乾いていて、思考もまともに定まらない。結局何を返すことも出来ずに口を閉ざすだけに留まった。
そんな私の様子に気が付くこともなく、赤髪の少女の説明は続く。
「それで、ミラルドと一緒に喜んでいたら、ハイネ先輩が凄い形相で入ってこられて……」
「なにも言わないでルイルイをガン!って蹴とばしたんです!びっくりしちゃいましたぁ。」
「──蹴っ飛ばし、って。え?その話のあと、すぐに?」
思考が先程よりも上手く回転しないまま、けれども想像以上のスピード展開に今度はちゃんと声を出す。
いや、てっきり売り言葉に買い言葉を繰り返すいつものパターンだと思っていたら、そんなに衝動的に手が出たんですか。実際出たのは足ですけど。
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