10-4話 乱闘騒ぎと原因探究

 ルイスは激怒した。否、激怒までは至らなかったが「はぁ???」という気持ちに満ち溢れていた。


 眼前にはこちらを見下ろしてくる黒髪褐色の男。ハイネ=シドウの姿。元より向こうのほうが体格は上だが、こちらが床に転がされてすぐともあればその圧は一層強い。


 事実として一学年上の男であるが、だからと言って敬うつもりなどは殊更ルイシアーノには存在しない。

 貴族に対しての負の偏見が色濃く、あからさまに立場で逆贔屓をする男。そんな相手なのだから罵倒の応酬は日常だったし、何ならいつかは殴り合う運命にあっても何一つ驚きはなかった。


 とはいえ、今日のように何の前置きもないタイミングで蹴り飛ばされるとは思っても見なかったが。

 咄嗟の衝撃で吐き出された唾を乱雑に拭えば、近づいてきた男に胸ぐらを掴まれる。

 が、それで怯むほど柔な精神構造はしていない。逆に口の中に溜まっていた血と唾の混合物を吐き出して嘲る始末だ。


「はっ、随分とご挨拶じゃないか。もとより口下手な男だとは思っていたが、まさかロクに文句を言うことすらせずに足を出すとはな。いつからソルディアにこんな獣が属していたのか。かつての先輩方には畏れ入る。」

「……なれ。」


 ハイネの形相に怒りが走る。

 この状況がわかっているのかと問われれば、勿論だ。倒れ込んだ俺の胸ぐらを掴む相手の方が、現状は圧倒的に有利。

 ──それで、俺が大人しくされるがままで終わる性質たちとでも?片腕をゆっくりと上げれば、黒髪の意識がそちらへと向かう。願ったり叶ったりだ。


御照覧あれ かの光をアンジュ・アウララ・アルラ

「っ!?」


 瞬間、放たれた眩い光に黒の瞳が反射的に目蓋の裏へと逃げ出した。あらかじめ光を放つと理解していたこちらとの立場は容易に逆転する。

 胸ぐらを掴んでいた男の手首を強く握り締め、そのまま勢いをつけて投げ飛ばす。開け放たれていた扉の向こう側、廊下の壁へと音を立ててぶつかった。


「身体強化ばかりに頼っているとこうなるということを、どうやらハイネ“先輩”はご理解いただけてなかったようで。……で?喧嘩を売ってきたのはそちらだ。まさかもう降参などと言うつもりはあるまいな?」

「……。」


 陽炎のように揺らめきながらも立ち上がる長躯。飢えた魔獣のごとき様相。最早敵意は殺意にも似ており、再び魔力がハイネの腕を覆う。

 だが、ただでやられてやるつもりは毛頭ない。先ほど飛び蹴りを直に受けた肩は酷く痛んでおり、ヒビでも入っているだろうがそれでも。同じだけの怪我を負わせてやらねば、とてもではないが気が済まなかった。



 ◆ ◇ ◆



「うわヤンデレこわ……」


 真っ先に出た感想は自分の声ながらも弱々しい。

 何故いきなり攻撃を仕掛けてきたのかが理解不能なハイネ先輩は勿論だが、売られてきた喧嘩を高値で買い取ってリアルファイトに持ち込んだルイシアーノもルイシアーノだ。

 その一連の状況を目の前で繰り広げられた二人には同情する。


「ユーリカやミラルドが止めても、二人は止ま……らなかったでしょうね。想像がつきます。」


 むしろその組み合わせなら、ハイネ先輩が止まりかけたところでルイスが煽ってもおかしくない。もしそうだったら凡ゆる方向に申し訳が立たなくなる。


「はい。喧嘩はダメですとお二人に声をおかけしたのですが、頭に血がのぼられていたのか、反応がなくて……。」

「ユーリカ。貴方が気にすることではありませんよ。大体そこの横暴俺様侯爵子息様は誰の制止も大抵聞きませんから。」

「なんだ?ここで第二回戦を始めようというのならいい度胸だな。」

「ケンカはダメですよぉ。ボクもあそこで二人に落ち着いてほしくて、ねむねむの魔法をかけようかなって思ったんですが。二人とも防護魔法をしっかりされてて効かなかったんですよねぇ。」

「ねむねむの魔法。」

「おやすみの魔法の方が良かったですか?」

「いえ、そこの表現はどちらでもいいです。」


 恐らくは生理的変質魔法のことだろう。以前の監禁未遂事件を思い出して味わいのある顔になる。あの時は操られていた状態だったが、元々素質もあったのだろう。精霊と契約した今の彼なら、前以上に様々な変質を与えられるはずだ。


「ミラルド……、お願いですから健やかに育ってくださいね。」

「???はぁい。シグちゃんが心配しないような立派な男の子になりますね!」


 頭にたっぷりの疑問符を浮かべながらも、今日一番のいい笑顔と挙手を見せてくれた。

 そのやりとりを見て鼻を鳴らしたルイスが話を戻す。


「さておきだ。元々話などロクにできぬ男だったが、それにしたって唐突すぎる。何か奴の琴線に触れるようなことがあったのかと思ってな。何かはあるか?」


 真っ直ぐとこちらを射抜く金の瞳。前世についてをつまびらかにした私へとその知識を問うてきている。

 とは言え今は二人の事情を知らない者たちがいて、更に私の知識も偏っている。


 何か伝えられるような話はあっただろうかと、記憶を辿る。

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