10-6S-1話 女子会は天馬車の中で
「今回の目的は買い物を名目とした情報収集だ。それで母上についていく侍従が男性だと、どう考えても怪しまれるだろうが。」
その夜にルイシアーノ様のお部屋へ乗り込んだものの、理由を聞けばぐうの音も出なくなった。
この世界では公的な場所に出る際の侍従として連れていくのは、同性が基本だ。幼い見習いや護衛役ならばまた話も変わってくるが、ただの商会の買い物に私くらいの年頃の異性を侍従として連れていく理由はない。
「いや、でもそれならユーリカ一人いれば……。」
「
珍しく満面の笑みを浮かべてくるが、一周まわって怖い。学院内ではソルディアとして対等ではあるが、家としてはまだ彼に仕えている立場は変わらないので、学外の仕事を押し付けられれば拒むことも難しい。
精霊石の指輪を早いうちに
◆ ◇ ◆
「うふふ。ルイスがまさかお友達を商会に連れて行ってほしいとお願いしてくれるだなんて。初めまして、ユーリカちゃん。向こうで最初の挨拶までは一緒に見てもらうことになるけれど、その後は自由に見て回れるようにちゃんと取り計らいましょうね。」
「あ、ありがとうございます!」
「エイリア、シグルト。貴方たちはちゃんとユーリカちゃんのサポートをしてあげるように。フェルディーン家として、立場を隠すといえど客人に無礼な真似を働かせるようなことはないようにね。」
「わ、分かりました!」
「……はい、承知しております。」
侯爵家に仕えている者としての当然の責務であり、ユーリカの同級生としても彼女に余計な心労はかけたくない。
フェルディーン家の応接間。身支度を整えた夫人の言葉に胸元に手を当てて頷いた。尤も、隠しきれなかった声の重さを彼女は見抜いたのだろう。弧を描いていた口が快活に動く。
「あら。緊張しているの?シグルト。大丈夫よ、自信を持って。今の貴方はどこからどう見てもただの可愛らしい女の子だわ!」
「そ、そうですよ!シグルトさ……シグリアさん!」
「……アリガトウゴザイマス。奥サマ。ユーリカ。」
礼が棒読みになったのは許してほしい。
褒められること自体は嬉しいのだ。女性の恰好は決して嫌いなわけではない。むしろ安心感すらある。
それはそれとして、まさかこの格好を奥様やエイリアの前でもすることになるとは思っていなかったもので。どことなく居心地は悪い。
今身に纏っているのはエイリアが普段着ているヒラヒラとした女中服よりも身軽なワンピースドレスをコルセットで締めたものだ。商会では幾らかの荷物を持ち運んだりすることも多いので、華美さよりも機能性を重視しているのも良かった。もっとも、使われている生地の上質さはさすが侯爵家というべきか。
「そうそう!わっちもシグルトさがこんな可愛くなると思わなかったし、折角だから今日は商会の色んな所を見て楽しむといいべ!」
「エイリア。シグルトたちといっしょに行けるのが嬉しいのは分かりますが、訛りが出ていますよ。」
「あっ。」
傍にいた女中長に指摘されて慌てて口をふさぐエイリアの姿に小さく笑みをこぼす。そうだ。折角なら今日は思いがけない女子会だと思って楽しめばいい。
情報収集も忘れてはいけないが、気を張りすぎてもいけないだろう。
「ありがとうございます、エイリア。
この美しい花々に混ざるには似つかわしくないかもしれませんが、そうですね。折角なら今日は間近で咲き誇る皆さまを堪能させてください。」
「シグルトさ……シグリア。その言い回しは学院に行っても変わらないですね。」
何か可笑しなことを言っただろうか?
エイリアの曖昧な表情に首をかしげたが、返ってきたのは三者三様の苦笑だけだった。いえ、全員から苦笑される憶えはないんですが?
/////
支度を整えて天馬車へと乗り込めば、鞭の音と共に車内に振動が伝わる。ルイシアーノと同乗をすることはあれど、奥様と共に乗ることはなかったので少しばかり緊張する。
隣にいるユーリカも同じように体に力を入れながらも、瞳を輝かせて座椅子のクッションを押してみたり、辺りを見回したりと好奇心旺盛だ。
その様子を暖かく見守りながら、夫人が緊張をほぐすように柔らかな口調で口を開く。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ。私のことも侯爵夫人だからなんて気後れしないで、同級生のお母さんくらいに思って頂戴。」
「あ、ありがとうございます……!」
「お礼なんていいのよ。その代わり、あの子や貴方たちが一体学院生活でどんな話をしているのか聞きたいわ。ルイシアーノやシグルトだけだと、当たり障りのないことしか教えてくれないの。」
「一体どんな話を求めているんですか……。」
普通に学業面やソルディアでの任務についても──学内で受けている当たり障りのない部分だけだが、報告はしている。
それ以外となると、それこそソルディア内の日々起きているギスギス話くらいしかない。流石にそんな話を奥様に聞かせるわけにもいかないだろう。
「ふふ。だって年頃の男女が通っている学舎よ。懐かしいわ……私もルドルフと出逢ったのは、学院のダンスのレッスン中だったかしら。」
恍惚な夢見がちな声にようやく得心がいく。そういえば、フェルディーン夫妻は学生恋愛の結果結ばれたのだった。
「あの子はそう言った浮いた話はないでしょう?たまに戻ってきたときの夕食で聞いても素気なくて……。」
反抗期なのかしらと呑気に頬に手を当てる淑女に、私とエイリアは顔を見合わせてからこっそりと苦笑した。あのプライド標高ストップ高のお坊ちゃんがそんな浮いた話を実母にする姿など微塵も浮かばなかったもので。
「男の子ってそういうお話もそんなに好きじゃないのでしょう?だから無理に聞き出すわけにもいかなくて。でも、折角こんな若い女の子たちとお喋りする機会を貰えたんだもの。おばさん主催の女子会に付き合ってくれたら嬉しいわ。」
その言葉に顔を見合わせる。社会的には男として扱われている私に多くの視線は向けられたが。ヒロインであるユーリカの好感度チェックも出来るし、逆にこれはチャンスなのでは?
小さく頷きを返せば、ユーリカが夫人へと向き直る。
「ええと、私もまだ入学して間もないので、楽しいお話が出来るかは分かりませんけれど……それでも良ければ、到着までおつきあいさせてください。」
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