10-6S-2話 知らぬ話

 商会に到着するまでの道程で突発的に開始された女子会。普段男性として振舞っている身としてはここに居座るむず痒さを感じるが、今は性別認識変換魔法の力も指輪で押さえているのだし、気負う必要はないだろう。

 唯一フェルディーン家の外から来た立場であるユーリカが、緊張を残しながらも口を開く。


「ええと、とは言っても私もまだ入学して間もないですから、あまりクラスでの恋愛事情とかは詳しくないのですが……。」

「同じクラスのオルテギューヌ、彼女は貴族クラスの四年生と付き合っているというのはご存知です?」

「え、そうなんですか!?」


 ユーリカと同じクラス──下位級の女子生徒の名前を出して問いかければ、彼女の紫の瞳が瞬いた。

 それを聞いてキラキラと輝きを瞳に浮かべながら、侯爵夫人が気色ばむ。


「あら!?そうなの?ふふ、それくらいの年頃だとやっぱり、周りに内緒にしたり、身分を気にせず付き合うのもスパイスになるわよね。私の時にも似たような子たちが沢山いたわ。」

「それに加えて、当人たちからすれば恋人さんの生家とオルテギューヌの雇い主の家が派閥違いなのも大きいのだと思います。何せかのレヴィアタン家とギューラ家なので……。」


 貴族間の派閥抗争は非常に入り組んだ力関係からなされる複雑なものだ。特に今挙げた二つの家は数代前の当主同士の諍い以降、半ば断絶しているという。

 これでオルテギューヌがその家の娘だったらまさしく現代でいうロミジュリの構図だった。

 学院では派閥については表向き取り沙汰しない暗黙の了解があるが、それでも公に手を振って交際を出来る関係ではないのも確か。


「あら、それは厄介かもしれないわね。特にギューラ家は今代の当主もあちらを目の敵にしているから。」

「はい。とはいえ、オルテギューヌの主人に当たる方はとても良い方ですし、お二人の仲を応援……までは出来ずとも、それぞれの家に隠すよう立ち回ってくださっています。」

「なら卒業後も上手く手を回してくれる可能性はあるわね。ふふ、学生時代の秘密の恋からの駆け落ちなんてことになったら、ドキドキするわ。」


 この場にいる誰よりも楽しそうに、フェルディーン夫人は艶やかに微笑んだ。元々朗らかな人だが、こういった恋の話は特に好きなのだろう。これまでずっとルイス付きだった私からしても、初めて見る側面だ。


「ふふ。もしその二人の仲が進展しそうになったら是非教えて頂戴。……でも、こう言ったお話ばかりだとユーリカちゃんが気後れしちゃうかしら。

 好きな子のタイプとかは聞いてみたいけれど、いきなり聞いたら驚いちゃうわよね。学院で印象に残っていることとかはある?」

「それは私も気になりますね。ユーリカは学院に入るまで魔法に触れる機会は偏っていたと仰ってましたし。貴方の感性で、感動したことがあれば伺いたいです。」

「シグルトさ、またそんな誤解される言い回しを……。」


 エイリアが呆れた顔をしてきたが遺憾を表明したい。別に私に口説いているつもりはめっぽうないし、特に今は名実ともに女性だというのに。

 そのやり取りで少し緊張もほぐれてきたのだろう。ユーリカがはにかみながら口を開く。

 窓の外はいつしか貴族街の石畳を通り過ぎ、天馬車や台車が行き交う大通りへと入っていた。


「小さい頃から、魔法と言ったら身体強化というくらいにはそれしか見たことがなかったんです。だからでしょうか、学院の中ではじめてそれ以外の魔法を見た時に、凄い感動してしまって。あんな魔法が使えるようになれればいいなって。そうしたらたくさんの人を、あの時の私みたいに感動させられるんじゃないかって。」

「あぁ~、分かりまずぅ。わっちも村にいた頃にゃ身体強化位しか魔法なしで使わねぇで、びっくらこきましたもん。」

「エイリア、エイリア。」


 また訛りが出ていますよとやんわり声をかける。幸いにも天馬車の中というのもあって夫人は鷹揚な笑みを浮かべるに留めてはいるが。


「それにしても、初めて学院で見た魔法、ですか。」


 たしかに私もどの魔法が一番印象に残っているかと聞かれれば、兄が幼い私が泣きじゃくるのをあやしてくれた幻惑魔法の数々だと答える。

 ゲームでヒロインが初めて見た魔法は一体何だったのかと考えていれば、御者の「間もなくオリエンタル商会へと到着いたします!」という声が聞こえてきた。


「あら、楽しいお話をしていたら到着もあっという間ね。」

「そうですね。では私とエイリアは降車の支度を致します。ユーリカは後で、侯爵夫人が降りる際にその先導をしてくださいますか?その際、顔はなるべく伏せるようにして。」

「はい、分かりました。」


 先駆けとして商会へ先に入り、手続きをするのは私たちの役目だ。先ほどの話は気になるが、また機会を見つけて聞いてみよう。


 ── 一体いつの話なのか、まだ何も知らない私は暢気にそう考えていた。


 /////


 商会内には一般の方が足を運んで商品を見たり商談を行う空間と、高位貴族が来訪した際に通される専用の応接間は分けて設置されている。

 柔らかなソファに調度品の数々は来訪した貴族の人の目を楽しませるためだろう。他国からの輸入も含めて良い品が置かれている。


「……ですが、これでは貴族の方からの評判が落ちるのも分かる気がしますね。」


 隣のエイリアにだけ聞こえるよう囁いた。面と向かって不躾な態度を取られているわけではないが、案内される道中も部屋に通されてからも貼り付くような視線と気配を感じる。

 まるで監視でもされている気分だ。


「ですねぇ。ここは前にも来たことがありますけど、ずっとこんな感じです。」

「来るたびにこの視線を感じると思うとうんざりしますね……貴族階級イコール何かする存在だとでも思ってるのでしょうか。」


 ……思われていても可笑しくないか。

 脳内によぎったのはハイネ先輩と、彼が学院でいじめにあっていた時の光景スチル。あんな目に商会の責任者の一人息子が遭っていれば警戒されるのも当然だ。

 同時に浮かんだ疑問を、けれども形にする前にソファに座っている侯爵夫人が声を張る。


「今日は急な申し付けにも関わらず、ご対応感謝するわ。お品を見せてもらう前に一つ頼みがあるのだけれど、宜しいかしら?」

「──ご申し付けの内容次第ではございますが、お伺いさせていただきます。」


 正面に座っている眼鏡をかけた女性の声は固い。接客業でその声の硬さは不興を買うことにつながらないか?元の世界でこんな対応をVIPにする販売員がいたら問題になりそうだ。

 そんな失礼な感想を抱く私とは裏腹に、侯爵夫人の穏やかな相貌は揺らぐ気配を見せない。


「ありがとう。実は後ろにいる子たちの中で二人、こうした場に来るのが初めてな子がいるの。商会がどのような場所なのか、よろしければ案内してくださりません?」

「……承りました。確認して参りますので、少々お待ちください。」


 隠さない渋面にこちらとしても良い気はしない。いっそハイネ先輩の後輩として遊びに来る方が良かっただろうか。一般開放の場所までしか入れないだろうが、警戒に満ちた状態ではなかっただろう。

 通路の向こう側に出て行った従業員のやり取りに耳をそばだてる。部屋には魔法感知の術式を込めた魔法具もあからさまに置かれていたので、身体強化は使わない。


「……ええ、……わけで、……ディーン家の方が見学を……、はい。今は人員が……足りないと……。」

「……本当に足りてないと思います?」

「いやぁ、ここの商会人は多いって聞きますよ。」


 言い訳なんじゃないですかと唇を尖らせるエイリアも、彼らをよく思ってない様だ。貴族本人だけでなく使用人のヘイトまで貯めることになるのは悪手だと思うが……そうしたくなる位、この商会に何かあったのだろうか?


 そう考えていればにわかに廊下が騒がしくなる。

 喧騒が深まる中で聞こえてくる言葉。

「え、いえ。そんなお客様のお手を煩わせることは」「こちらはお気遣いなく」

 焦った従業員たちの声の中に一瞬混じった、聞き馴染みのある音。

 ……何故だろう。ふと過ぎった嫌な予感に身を震わせた瞬間、樫で造られた重厚な扉が開かれた。


「ご機嫌麗しゅう。フェルディーン侯爵夫人。いつも弟が世話になっております。丁度俺もこれから商会を見て回らせて頂こうと思っているのですが、よろしければそちらのお嬢様方もご一緒に如何ですか?」

「なっ……!!」


 んでいるんですかと続けて告げそうになった言葉を必死に飲み込む。今の私は見習いの女侍従であり、シグルト=クアンタールではない。彼と面識があると気取られてはならない。

 それはさておき、こちらの姿を認めた上でウィンクをしてきた男にはいっそ殺意にも似た熱が湧く。


 何故ここにいるんですリュミエル兄!?!?

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