10-6S-3話 安堵と懸念
「あら、リュミエル殿。このような場所で逢うだなんて奇遇ね!今日は貴方も買い物を?」
「いえ、一番の目的は契約ですね。この度光栄にも小隊を率いることとなりまして。そうすると隊員の兵站に関連する手続きで、商会と契約をしておいた方が何かと楽なんですよ。」
「そうだったのね。さすがはソルディアと名高いリュミエル殿なだけあるわ。本当に、この子たちも同行に甘えて良いのかしら?」
「勿論です。フェルディーン侯爵家の皆様には弟がお世話になっている礼もありますから。」
横槍を挟みたい気持ちをぐっと堪える。商会の噂を聞いて回るのなら、おそらく兄に着いて行くのが一番最適解だろう。淑女然、他人然を心掛けながら握りこぶしを作る。
反対側に立つ従業員の女性も唇を固く引き締めているが、否を突きつける理由も見当たらないのだろう。やがて小さく首を縦に振った。
「……承知いたしました。そちらのお嬢様方もどうぞこちらへ。お二人でよろしいので?」
「ええ。私とエイリアはここで予定通り今度の夜会用のアクセサリーを見せて貰うわ。良いものはあるかしら?」
「はい、それでしたら幾つかこちらへお持ちしますね。ドレスの型や色はもうお決まりですか?」
会話の話題の変化に移り変わり弛む空気の中、リュミエルがこちらへと手招きをする。
「ユーリカ。クアンタール様のご厚意です。甘えさせていただきましょう。」
「クアンタール……あっ。」
紫の目を丸くさせて私と彼を交互に見開く少女は、突如乱入してきた男の正体に気がついたのだろう。それを察したらしき兄は笑みを深め、一つ指を鳴らす。
魔力の霧が私たち三人を覆うが、先導している従業員や近くに設置されている魔法感知の装置は何の反応も見せない。
……魔力感知をすり抜けて
「よし、これでこっちの会話は当たり障りのない内容にしか聞こえないだろうから気兼ねなく話せるな。さて、そちらのお嬢さんははじめまして。リュミエル=クアンタールだ。いつもうちの可愛いシグがお世話になってるね。」
「は、はい!ユーリカ=ウィジットと言います。シグルトさんにはいつもお世話になってて……あの、お兄さんだったんですね。」
こそ、と耳打ちを私へとしてくる少女に満面の笑みを浮かべてみせた。
「ええ。才能ばかりはありますがそれ以上にとんでもない愉快犯です。大体私が今この格好をさせられてるのも回り回れば彼のせいですし、ユーリカはあまり近づかない方がいいですよ?」
「あっははは!ひどいなぁ。今日のシグも確かに可愛いけど、俺は何にもしてなくない?」
「そもそも年末にリュミエル兄が無茶を頼んで来なければ女装という選択肢がうちの主人に生まれることはなかったと思いますが?」
遠慮なく爆笑する兄を横目で睨め付ける。ユーリカ
笑う兄と呆れた私をみながら、赤髪の少女は綻んだ。
「ふふ、仲がよろしいんですね。」
「おや、そう言ってくれるのは嬉しいね。ユーリカちゃんだっけ、君もソルディアの一員だろう?」
「え、分かるんですか?」
「それは勿論!君についている精霊はとても稀有なものだからね。大切にしてあげると良い。……なんて、学院の先生にその言い方をしたら大切にするのは当たり前で、ちゃんと敬意を持って敬えって言われるんだろうけれど。」
「あら。」
会話を交わす二人を見ながら、私は内心で安堵していた。その理由はここにいる二人ではなく、ゲームの中のシグルトだ。
彼がヤンデレとしてヒロインを孤立させようとしたのは、彼女に兄の存在を知られたのが契機だった。何かにつけて優秀すぎた兄に、彼女の存在まで奪われてしまうのではないかという危惧が暴走を招いた。
だが、こうしてユーリカと兄が目の前で会話をしている時の私の精神は穏やかなものだ。
……否。兄が無茶なことや余計なことをユーリカに言わないかは非常に心配しているが。あと急に商会の中で奇行をしでかさないかは不安でもあるが。
ともかく、兄とユーリカが並んでいても胸がざわめくことがないのは僥倖だった。ゲームのような強制力が働いていたらという懸念はあったので。
「それで、二人はどうしてここに?わざわざ夫人にくっついて来たってことは、ただ遊びに来たわけじゃないんだろう。」
「フェルディーン家にご迷惑をおかけしてまで遊びには来ませんよ。うちの面倒な先輩がルイスに喧嘩を売りまして、あの貴族嫌いの要因を探ってこいと厳命が下ったわけです。」
「ハイネ先輩という方です。いつも私や私のクラスの方には優しいのですが、貴族級の皆様への当たりが強くて……。」
「なるほどなるほど。ハイネってあのソルディアの子だよね。より円滑なソルディアの運営の為、情報収集に来たというわけか。」
「良く言えばそうなりますか。……事情はお伝えしたわけですし、手伝っていただけません?」
期待を込めて問いかける。
せっかく同行してくれているわけだし、ソルディアにもある程度関わる話だ。兄は破天荒だが私のお願いは昔から聞いてくれることも多かったし、ついでに手を貸してくれるのではないかという目論見があった。
「うぅん……まあいいか。愛しい我が
「すみませんやっぱり前言撤回してもいいですか?」
ありがたいんだけどロクでもマトモでもない選択肢に、兄が悪いわけではないと分かりながらもついげんなりとした顔をしてしまった。
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