13-4話 ようやく本題、そして

「よし、話を戻そうか。」

「嘘でしょう兄さん。まさかここから入れる保険がまだあるとでも?」

「保険?」


 聞きなれぬ単語に首をかしげる先生をおいて、兄がまた曖昧な笑みでこちらを濁してくる。

「いやぁ。その辺は今回の問題からしたら諸々蛇足だから、ね?大事なのは今回復活した吸精鬼ヴァンプメアに対してどう対応するかだ。」

「まあ、そうですが……。」


 実際兄を詰問しても何も話は進展しない。いや、お前が全ての責任をもってどうにかしろとごり押す選択肢はあるが、その場合学院とその周囲が焦土になる覚悟が必要だ。

 なら今は少しでも建設的な、もといマシな選択肢を探すべくこのチートから情報を掘り出す方が優先される。


「まあ、俺があのゲームであの子、ユーリカを主人公とするように提言したのと同じ理由なのだけれどね。あの子の精霊こそが、かの吸精鬼ヴァンプメアを打ち滅ぼす、或いは篭絡するための鍵になるから。」

「待ってくださいまさかリュミエル兄ユーリカにあの変質者を攻略しろとか言いませんよね?」


 思わず待ったをかける。

 うら若き乙女の恋愛の可能性を狭めるくらいだったら焦土を生み出す方がよほど建設的な気すらしてしまう。


「はいはい落ち着いて。一応あんなのでも攻略対象に出来たわけだし、後で聞いた話そこそこ人気があるキャラだったらしいし。」

「ゲームを過去にプレイしたことがある私が言うのもなんですが、正気ですか??」

「正直俺もないよなって思ってた。でもこう、自分を羽虫みたいに思っていた相手に次第に力で上回っていって顔をゆがめさせるのが性癖って層が一定以上いるらしくて。」

「ユーリカがそうだと決まったわけじゃないでしょ!!」

「そうなったら討伐のルートもあるわけだしね?ほら。」


 知りたくなかったことを知らされた気分だし、兄妹で話す内容ではない。眉間に手を当てていれば、メッドさんが気難しい顔をした。


「お前たちの会話の大半が理解できた気がしないが」

「理解できないでいいですよこんな会話。」

「言っておきながらそれか……。いや、どちらにしても問題となるのはユーリカという者の精霊が如何にして吸精鬼ヴァンプメアを打倒するかだろう。そこはどうなんだ?」

「そうだね。あと問題があるとしたら、討伐にしても篭絡にしても時間がかかるだろうってことだ。奴は夢魔に近い性質を持っているのだけれど、おそらくルイシアーノ殿とユーリカ嬢はその術式の中にいる。」

「……フェルディーンとヴィジットだけ目覚めが遅いと思ったが、そういうことか。」

「ええ。吸精鬼ヴァンプメアがもたらす夢と精神操作に、彼らが打ち勝ってもらってからでなければどうしようもないわけです。」

「つまり、それまで四大魔族と呼ばれているあれを野放しにすると?」


 メッドさんからの鋭い言葉。騎士団の一員である彼からすれば、不穏分子がこのまま存在を維持されることは望ましくないのだろう。

 私だって同じ気持ちだ。放置していればあの二人のようになる面々が大量に現れてもおかしくない。


「いいや、放置をするつもりはないよ。四大の目覚めに呼応して、一部の魔物たちの活性化に伴う対応は魔法騎士団が。吸精鬼ヴァンプメアそのものへの牽制と対処は宮廷魔導士に依頼をする予定だ。」


 民草に被害を出すつもりはないと言い切った兄の言葉に胸をなでおろす。ふざけたところの多い男だが、こういう時の言葉だけは信じられた。


「討伐は無理にしても、彼が発生させる悪夢の軽減は為せるだろう。既に内々にではあるけれど国王陛下にも事の次第は伝えている。ユーリカ嬢が目覚めたら、かの夢の縁を辿ってその魔族の居所を探るように伝えてくれ。」

「はい。……彼女が目を覚ます前に、出来ることはあるのでしょうか?」


 何もできない立場というのはもどかしいものだ。

 彼女にしても……ルイシアーノにしても。今の私に出来ることがあるのなら、それこそなんだってしたかった。


「目を覚ます前に外野が出来ることは限られている。ただ、目覚めた場合は高確率で彼に情動を揺さぶられた状態だろうから、錯乱している可能性があるね。そうなったら速やかに対処をしてもらう必要があるかな。」


「錯乱している可能性があるのか?」

「ええ。元々彼らは悪夢へいざなって精神を揺さぶり、出来た隙を狙って精気を得る。

 ……あまり気持ちのいい話ではないかもしれませんが、良質な獲物として判定されたのならば逆にすぐさま衰弱死する可能性は薄いです。

 その前に一度目を覚まさせて最低限の栄養を摂らせてから、再び夢へと引きずり込む。二回目以降についてはその時の吸精鬼ヴァンプメアの力と、こちらの精神力との対抗だ。」

「……つまり、一度目覚めたとしても錯乱しているのを落ち着かせられなければ元の木阿弥と。」

「そういうことだね。だからシグ。」


 そこで一度言葉を切り、こちらへと近づいてきた兄は目線を合わせてくる。

 つい先日執務室で見せたのと同じ。決して甘くはなく、けれども優しさを感じさせる。


「あの二人が無事に今掛けられている魔法に打ち勝てるかどうかは、君たち次第だ。特にシグリア。ルイシアーノ殿が平静を取り戻せるかはお前にかかっているだろうよ。」

「……何もかも分かり切ったような目をして言うんですね。」

「まさか。人の感情なんてものは俺には量れない。ただ、俺は信じているだけさ。お前とルイシアーノ殿がこれまで築き上げてきたものは、そう易々と崩れないとね。」


 本当に、こういうところが腹が立つ。

 貴方に言われるまでもないと握りこぶしを作ったところで、扉の向こうから荒々しいノック音が聞こえてくる。


「お話し中失礼します、クアンタール小隊長!今しがた学院より連絡がありました。ソルディアメンバーであるフェルディーン家子息が目を覚まされたと!

 ……ただ、非常に動揺した状態で、周囲の人々の声に耳を貸さずにその場から逃走したと。」

「……!!」


「おや、話をしていればまさにだね。……行ってらっしゃい、シグ。願わくばお前たちの元により良い未来が訪れるよう祈っておくよ。」

「──どうも。ではすみません、失礼します!」


 勢いよく扉を飛び出して、天馬の元へと駆けていく。

 彼がおかしくなっているというのなら、ぶん殴ってでも目を覚まさせてやろう。

 それで、最終的には皆でそろって元凶を殴りに行くんだ。

 吸精鬼だか吸血鬼だか知らないが覚悟してろよ、ドロディス!!

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