6-6話 不和未満
きっかけとしては些細なことだ。
演舞の練習には広い空間が必要なため学院の運動場の一部分を借りている。
一方で、屋外でやれば衆目を集めるのも自然なこと。私たちはソルディアの一員でもあり、更にはセレモニカの儀も控えているのだ。好奇心に満ちた同学年の生徒たちが寄ってきたのも当然の帰結と言えよう。
同じクラスの少女一人と別クラスの少女が二人。金縁のリボンタイからして別クラスの子は貴族だろう。クラスメイトは彼女の従者かもしれない。好意的な表情で、彼女たちは口々に言葉をかけてくる。
「シグルトさん、何をされてるんですか?」
「踊り?剣を持っていますからもしかして魔法騎士としての鍛錬でしょうか。」
「あ!ひょっとしてセレモニカで何かされるんですか。来月の頭ですものね!」
女が三人
「ええ、そんなところです。でもまだ特訓中の身の上でして。」
ですから当日を楽しみにしていてくださいと口にしようとしたところで、遮る声が聞こえてくる。
「邪魔だ。散れ。」
ルイシアーノに負けず劣らず
幻聴か?否、たしかに目の前の少女たちは
彼女たちが向けている視線の先を辿れば、そこには木刀を片手にしたハイネ=シドウがいた。
「……先輩。
あくまでこちらを気にしていただけの少女たち。彼女たちに対してああまで
「何故だ。間違ったことは言っていない。」
良くいえば短くまとまった、悪くいえば非常に言葉が足りてない返答がかえってくるのに思わずのけぞった。
「あ、あの……すみません。邪魔をしてしまって。」
「私たちはではこれで……」
険悪になりかけた空気を察知した少女たちがめいめいに
「言い方というものがあります。彼女たちとて悪気があったわけではなく、ただ私たちの活動に関心を覚えただけしょうし。」
「だが、邪魔であることは事実だ。」
端的な言葉を返して、演舞に使用する木刀を構えられる。これ以上の問答は不要ということだろう。けれどもそのまま誤解をされるのは望ましくはない。
こちらも木刀を構えながら、なおも口を開く。
「確かにこれからやる練習を考えれば近くにいられると危ないのは事実です。ですが、それならそう伝えてあげればいいだけでしょう。」
その言葉には返答がない。
ただ構えていた木刀を振り下ろす。
空気を裂く音がまだ寒さの残る空気を切り裂いた。身体の中に力は溜めず、予備動作もない。足運びは跳ねるようで、半歩下がり、片足を前へと繰り出し、かと思えば回転する。水面の上を
かと思えば急にその動きが止まる。
「……やらないのか。」
「え。」
いや、こっちの質問を無視してそれはないでしょうそれは。思わず口から飛び出そうになったが、そもそも今ここに集合した理由は事実彼が今踊っている演舞の練習のためだ。
胸中穏やかにはいられないが、けれどもここで時間を無駄にするのも本意ではない。息を一つ吸って、私の中にいる精霊へと囁きかける。
身に纏った魔力でどこまでも高く飛べそうな心地すら感じながら、ひとつリズムを刻んだ。
◇ ◆ ◇
「……で、終わったら挨拶もしないですぐ帰るから最初の問題について何もいえないという流れを何度か繰り返していまして……。」
「あらまあ。」
「逆にそんなに何度も声をかけられていることに驚きだがな。そろそろ貴様が折れるかすり寄ってくる女どもがいなくなるかのどちらかには収束する頃だと思うが。」
「シドウ先輩が矛を収める選択肢はないんですね。」
言いながらも納得がいってしまうのが悲しい。
この短いやり取りをしている間でも私とハイネ先輩の相性が悪いことを散々理解してしまっていたからだ。対話をもって対処したい私と、致命的に口下手なハイネ先輩は心底噛み合わない。
ミラルドの時にも天然具合に悩まされはしたけれど、彼の方はまだ対話をしてくれる意志があった。
更にいえば、目の前にいるトゲトゲハートつっけんどん先輩とゲーム内でのデレデレ先輩の落差に私が追いつけていない。
ヒロインに向ける優しさの十分の一でもいいから周りに見せません?百分の一でもいいですけれど!これではいざ更生させようにも聞く耳のきの字もない。それどころか共同して演舞を行えるかすら怪しい。
「なので本音を言えば行くのが
「いっそ清々しいまでの発言だな。」
「ふふ、涼しい顔をいつもされているシグルトでも、そんな気分になることがあるのですね。」
「正気ですか、アザレア先輩。こいつの普段のどこが涼しい顔なんですか。」
さすがにそろそろ部屋を出ようと後ろ髪を引かれながら立ち上がれば、アザレア先輩が何かに閃いたように手を叩いた。
「それでは今日は歌と演舞、合同の演習といたしましょうか。」
「何を思ってその結論になったんですかアザレア先輩!?」
ルイスが
「ほら、シグルト一人で奮闘されるよりは、他の方もいらした方がハイネと険悪になりにくいでしょう?」
「それは……そうですが。」
その点では心強いが、逆に二人に迷惑をかけてしまうことにならないだろうか。私の危惧を見越したようにルイスが鼻で笑う。
「はん、なんだ?演舞の腕前が壊滅的でみっともないから見られたくないとでも?」
「は?そんなわけあるわけないでしょう。最近は精霊の扱いも慣れてきましたからね。ルイシアーノ様が指をさして高笑いするような期待に満ちた光景にはならないと思いますよ。」
不穏な空気の中での練習だが、すべきことは互いにしていることもあり、進捗自体はまずまずだ。演舞の動き自体はおおよそ覚えてきており、後は精霊と同調させながらの動きをいかにして制御するか。
「そうとなれば決まりですね。カーマイン先生には私から報告しておきますから、御二方は先に運動場へ向かっていてください。」
先輩を使い走りにするなどと不敬を許せるはずもない。固辞しようと口を開くが、その笑みは普段と同じ強かなものだった。
「あら、反論は許しませんよ。ルーンティナ第三王女の命令です。」
「命令の使いどころ、おかしくありませんか?」
問いかけもたおやかな笑みに打ち消された。ありがたく気遣いとして受け取るべきだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます