6-7話 想定外の反発

「遅い。」

「開口一番……。いえ、すみません。執務室に寄っていたら遅くなりまして。」


 ポーラリスティア魔法学院の運動場はそれなりの広さがある。学院の校舎と魔の森に挟まれたそこは、放課後に部活で使うだけならず魔法の練習場ともなっている。

 特に校舎付近は教諭が交代で放課指導を請け負っていることもあり、新入生をはじめとした熱心な生徒たちが自己鍛錬や、時に自習をおこなっている。

 水流や火花が散るが、そこは教諭の防護魔法で周囲には漏れないようにしているので、通常の部活にいそしむ生徒たちも安心だ。


 演舞の練習をしている位置は魔の森に非常に近いあたり。

 特別な時をのぞいて立ち入り禁止の魔の森には魔獣も生息している危険な地。立ち入り可能な付近の運動場ですら腕に覚えのある生徒や教諭くらいしか近寄らない。

 元々は校舎付近で特訓していたが、他の生徒とのトラブルを避けるうちに場所が次第に追いやられて……というのは裏話だ。お陰で執務室から向かうのも時間がかかる。


 とは言え、理由はあろうと遅刻は遅刻。

 謝罪をすればそのまま流れるようにいつもの準備をはじめる。その最中に傍らにいたルイスに気がついたのだろう。髪と同色の黒が向けられる。

 一瞬だけ眉間にシワをよせて、ハイネ先輩は他の生徒に対してと変わらぬ。否、下手したらそれ以上に冷たい温度で告げる。


「フェルディーン。其方そちらの役割は演舞ではなかろう。邪魔だ、ね。」

「…………は??」

 あっだめだこれ。

 響き渡る二つの重低音で判断の過ちを悟る。


 ゲーム内での攻略対象同士の関わり合いは偏っている。主従であるルイシアーノとシグルトは関わり合いが多いが、その他の組み合わせとなると数えるほどだ。

 特にハイネ先輩はヒロインに依存するタイプということもあってか、他の攻略対象との接点も非常に薄い。誰彼かまわず天然を炸裂さくれつさせるミラルドか、病まない限りは生徒に平等なカーマイン先生との絡みが少しあっただけ。

 ルイシアーノとハイネとは、そもそもの相性自体が最悪だったのかもしれない。そう思わせる声色だった。


 とはいえこのままでは練習にすらならない。ルイシアーノが場にさらに油を撒いて炎上が致命的なものになる前にと割り入って言葉を重ねる。

「いえいえ、今日はアザレア先輩も交えて相談しまして、歌と演舞も合わせる必要があるでしょう?なら合同演習にしようということになったのですよ。」

「ええ、その通りよ。」


 鈴に似た澄んだ声がする。

 振り返れば、相変わらず微笑みを口元に浮かべるアザレア先輩と、その後ろにはカーマイン先生。

「だからハイネ。そう後輩を睨みつけるのはおやめなさいな。練習の前に萎縮いしゅくしてしまうわよ。」

「そも、合同の練習の段階にはまだ早いのでは?」

「いや。精霊の力の発動は無論だが、そもそもの歌と演舞が合わなければソルディアの一員として面目も立たないだろう。今の段階で一度状態は確認すべきだ。」

「……先生がそういうならば。」

 ようやっとその言葉で納得したのだろう、ハイネ先輩も同意を示した。


「防音、防護はこちらでやる。気兼ねなくやると良い。」

 先生の声を皮切りに持ち場へ着く。


 幾層かの弦と笛の重なり。

 はじまりの冬を形容する旋律は激しく吹き荒れる。その中にもの悲しい曲調を歌いあげるアザレア先輩。精霊の力も乗せているのだろう、その喉は大気を震わせ、まだ冷たい空気を編み成して音色へと変える。

 たん、とんと足踏みをはじめるのは私とハイネ先輩。対角線上に立った二人は、木刀の鋒を互いへと向け合いながらも決定的な一打は与えず。ただ各々があるがままに舞う。吹き荒れる風の拮抗を示すように。

 そこから入ってくるのがルイシアーノの歌だ。雪の下で芽吹く草花のようにか細い、けれども低く力強い歌声。


 ふと、大地が震える。

 ルイスの魔力に呼応したように、何もなかった土にほんの僅かではあるが草花が芽生えはじめていた。まだ私と同じ、精霊と契約して間もないというのに、あれだけの力を奮ってみせている。

 負けていられない、と感じる。負けたくない、とも。

 自らの腹の底、丹田と呼ぶべき箇所に力を込める。深く息をして、魔力を走らせれば。



 ────突如、火花が生まれる。



 目も眩むほどの光。

 まずいと声をあげたのは誰だったか。咄嗟に受け身の体勢を取ろうとする。

 ……。

 …………が、衝撃は訪れない。


 瞳を薄らと開ければ、私を庇うようにして立つハイネ先輩の後ろ姿が視界を覆う。対角線上にいたというのに、この距離を飛んできたというのか。

 彼の立ち位置からしてルイスの方が距離は近かったと思うのだが……疑問はありながらも、防護魔法といい、庇ってもらったのは明白だ。

「あ……ありがとうございます。」

「……。」

 会釈と共に感謝を告げれば、そのまま無言で元の場所へと戻られる。う〜ん、やりづらいな!!


 内心で頭を抱えていれば、今の様子を見守っていたカーマイン先生が口を開く。

「──成程。精霊間の相性の問題か。」

 まさか人間だけでなく精霊同士でも相性が悪いとかあるのか。いや、精神的なものというよりはおそらく属性が真逆とかそういうものだとは思うのだが。

 そんな風に考えていれば、眼鏡のつるを指で持ち上げた先生が眉をひそめた。


他人事ひとごとのように聞くな、クアンタール。キミとフォン……アザレア=フォン=ルーンティナの話だ。」

「あらまぁ。」

「え、私ですか?」

 思わず自身を指し示せば、当然というように頷かれた。

「その通りだ。これではセレモニカの練習どころではないな……先に相性の問題を改善する必要がある。一度分かれて各自練習と対応にあたる。」

 また同じ問題が発生する前に対処しようという先生の意図は伝わる。……が。


「冬と春のパートごとに分かれる。シドウ、フェルディーン。キミたちは別途あちらでパートの練習をしていろ。」

 その言葉に顔立ちの異なる二人の青年の顔が揃って歪む。嫌だとありありと表情には浮かぶが、教諭からの指示ということもあり二人とも建前上は沈黙を是として返す。


 ──いや、この二人だけで練習するの?

 心配すぎるんだが??

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