6-5話 ソルディアでの日常

「演舞だろうと歌だろうと、ソルディアの一員として立つ以上何よりも重要なのは、精霊の力を引き出し、己が意志で扱うことだ。」

 私たちへと告げたのはカーマイン先生。

 その言葉の通り精霊の力を引き出さんと、私とルイスは放課後に毎日精霊と息を合わせるべく彼の教えを受けることとなる。


「理論的に言えば、魔力の性質を自らの内にいる精霊と同調シンクロさせる。そうすることで自らの魔力を増幅させることになる。」

 こういった話を既に幾度も繰り返しているのだろう。先生の教えは私たちにも分かりやすい。


「だが、諸君らは既に精霊に選ばれている。つまりは元々魔力の性質自体が似通っていることにもなるから、同調シンクロ自体は苦ではないはずだ。

 問題は水量が増えようと魔力を操る自身の器は変わらないこと。増大した魔力を操ることに、おそらく最初の壁がある。」

 まさしくその言葉通り。増大した魔力は油断すると思った以上の効果を発揮しそうになる。


 例えば過去に使ったことのある幻惑魔法はただの姿だけではなく魔力まで溢れかえり、はたから見ても魔法を使っていることは一目瞭然いちもくりょうぜん。魔法を使っている意味がない。

 横にいたルイシアーノがお得意の植物を成長させる魔法を発動させれば、あっという間に周囲に草花が生い茂る。ジャングルとまでは言わないが、植物園の中に迷い込んだ心地だ。


「……と、まあ。精霊の力の扱いになれないうちはこうなることが多い。刈れシェイブ。」

 カーマイン先生が短く呪文を唱えれば、激しい風が吹き荒れる。それは私たちの肌や衣服を傷つけぬまま、ただ生い茂ってしまった草木だけを刈り取っていく。

 本来術の発動には呪文を組み合わせて意味を成し、魔力を編んで形に成す必要がある。それなしで、一単語で術を形成する彼は、教師でありソルディアの一員であるのだということを否応なく実感させる。


 綺麗さっぱり、元の芝生に戻ってから──芝以外の野草も短くなりながら残っているがさておき。カーマイン先生が再び口を開く。

「なので暫くは魔法の練習をする際、誰か教師かソルディアの上級生がいる場所で行うように。精霊が想定以上の“いたずら”をする可能性もなきにしも非ずだからな。今年一年は最低そうしろ。」

 その言葉にはルイスと共に肯定の意を返す。魔法の扱い方次第では、簡単に自らや他者を傷つける可能性すらあると分かったもので。


 精霊に選ばれるというのは強い力を得ることにもつながるが、何事もいい話だけでは終わらないものだと強く感じた時だった。



 ◇ ◆ ◇



 学院生活をはじめて、これがソルディア精霊に選ばれし者かと感じたことはもう一つ。どこへ行っても、何をしていても、とにかく人に囲まれる。


 教室で授業を受けていると休憩時間は同級生に囲まれるし、食堂へと向かえば上級生の人からも食事を奢るから一緒に食べようと誘われる。散歩に行っても誰かと出くわせば共に行ってもいいかと尋ねられ、寮に戻れば寮の仲間に就寝の時間まで談話室でゆっくりしようと誘われる。


 入浴はソルディア特権として自室に備え付けられているものを使えるが、逆にいえば気を休められる時などその時くらいだ。


「いや……疲れますね、これ。」

 もう一つだけ精神的に休まる場所、同じソルディアの面々しか入ることを許されていない執務室の机に伏せながら、アザレア先輩に吐露をする。


「うふふ、ソルディアに入って最初はそうなりますよね。私は三学年の途中から選ばれることになりましたが、それでも人がこちらを見る目線が明らかに変わったのは覚えていますもの。」

 王女であられる彼女ですらそうだったとは。内心驚愕きょうがくに満ちながら、視線は隣で過去の記録を紐解いているルイシアーノへと向かう。

 彼も同じように多くの人に追い回されているのを見ているが、こちらほど疲弊しているようには見えない。


「……なんだその目線は。言いたいことがあるのならとっとと言え。貴様がこうしてこちらを見ている時にロクなことを想像された試しがない。」

「失礼すぎやしませんか?私だっていつもロクでもないことを考えているわけではありません。ルイシアーノ様は他の方に追い回されても然程疲労している様子を見せませんが、その傲岸不遜ごうがんふそんさはどこから来るんだろうと思いまして。」

「よく舌の根も乾かないうちにそんなことを言い出せたなシグルト。十分無礼だが?」

「ふふっ、シグルトはルイシアーノが精神的に疲弊していないことを安心してますし、そのコツが知りたいのではありませんか。」

 王女殿下の取りなしに頷いた。そうそう、大体そんな感じです。ただ真っ先に浮かんだ単語が傲岸不遜普段思ってることだっただけで。


 はぁ、と分かりやすい溜息が聞こえてくる。確かにこちらの言葉の選択がよろしくなかった自覚はあるのでねめつけそうになる視線をぐっと堪える。

「コツといったところで特にないがな。そもそもこうして周囲に囲まれること自体、俺にとっては当たり前のことだ。元よりソルディアの選定を受けるだろうと言われていたのだからな。」

「……ああ、なるほど?」

 そう言われて反射的に言葉を返してから、頭の中で言われた内容を反駁はんばくする。


 確かにルイシアーノは昔から”リーフィ加護メルツ”があるとされ、ソルディア入りも夢ではないと父母から期待をかけられていたのだ。だからこその愛されワガママおぼっちゃまになっていたわけだけれど。

 ならばソルディア入りする可能性が高い人に近づきたい人からのすりよりも同時に受けていたわけで。それがただ可能性から確定に成っただけ。


「いや、この反応を昔から受けていたってことです? 凄いですね!?」

 頭の中で及んだ理解が次いで驚きへと変化する。凄いな、私なら重圧で病む。

 ゲームのシグルトの場合はそれに加えて兄がああだった分の期待も上乗せされていたわけで。重ねていうが絶対病む自信がある。


「はん、今更あがたてまつる気になったか?」

「いやそこまではちょっと。ルイシアーノ様も私が急に崇めはじめたら気持ち悪いでしょう。」

「とうとう気が狂ったのかとは思うな。」

 なら言うなよ。

 いや確かに少し彼を見る目が変わったのは事実だが。いい意味で。


「本当にお二人仲がよろしいのですね。」

 くすくすと笑うアザレア先輩。良くないと反射的に否定しようとしたのだろう。ルイスが口を開いてから閉じ直す。学年も位も立場も上の方だからと遠慮したのか。私も口をもごつかせながら返事をするに留めた。


「……どうでしょうね。」

「あら、少なくとも私はそう思いますよ。自信をお持ちくださいませ。」

 いや、自信をもてないから曖昧に濁したわけではなくてですね。続けようとした言葉はあえなく重ねてきたアザレア先輩の言葉に撃沈げきちんすることになる。


「ところでシグルト、こんな場所でのんびりとされて良いのですか?そろそろハイネとの演舞の練習の時間では?」

「う゛」

 思い出したくないことを思い出してしまった。

 再び机に顔面が逆戻りしながら、ここ数日間の彼とのやり取りを思い出す。

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