6-4話 打開の策舞

「そいつが致命的なまでに歌が出来ないのは理解した」


 ぶっきらぼうな調子でこちらを指さすハイネ先輩に内心で動揺する。

 ヤンデレではあるがスイッチオンするまでの好感度が邪魔をするんだよな。シグルトとは別ベクトルでヒロインに最初から優しかったもので。

 だからなおのこと、今のとげとげハートつっけんどん先輩に違和感を覚えてしまうというか。いや、ゲーマーの私としてはヒロインにだけ優しいハイネ先輩は解釈一致なのでいいけれど。


「だが、そうするとセレモニカはどうする。ソルディアの一員が一人欠けるのと、一般生徒が十人休むのとではわけが違うぞ。」

「ええ、そうですね……。」

 ほっそりとした指先がアザレア先輩の頬へと当てられる。


「すみません、麗しい先輩をこのようなことで悩ませてしまうだなどと……」

「あら、気になさらずともよろしいのですよ。せっかく同じソルディアの一員として一緒になれたのだもの。はじめての舞台だって共に立ちたいでしょう?」

「アザレア先輩……!」


 うっとりとするような笑みを浮かべて首を傾ける慈悲深き先輩。瞳を輝かせて見上げれば、いかにも業腹ですというような咳払いが聞こえてくる。


「シグルト。貴様……。エイリアに対してといい、相変わらずの女好きだな。組織内で恋愛トラブルめいたことはゴメンだぞ」

「はぁ、申し訳なさやありがたさを伝えることの何が悪いんで?」

「その感謝の気持ちをこちらにも少しは向けたらどうだ。実のところで貴様の音痴おんちを埋める羽目になるのは我々なんだぞ?」


 正論に正論を返されて一瞬言葉に詰まる。

 それはまごうことなき事実なので、多少の葛藤と引き換えに素直に頭を下げることにした。


「……ご面倒ヲオカケスルカモシレマセンガドウゾ宜シクオ願イシマス」

「見事に心がこもってないな……。まぁいい、至らぬ従者のフォローをするのも主人の役目だからな」


 相変わらず偉ぶった様ではあるけれど、出会ってすぐだったら絶対に言わないであろう言葉に、こちらも多少なりとも溜飲りゅういんが下がる。

 実際少しずつルイシアーノも成長しているんだよな。


 /////


 そんなわけで、第一回セレモニカに向けた打ち合わせは、気が付けば私の役割配布にシフトすることになった。


「歌が得意ではないとなれば、やはり演奏でしょうか。打楽器でしたら音程の心配はいりませんし……」

「甘いですね。こいつが一番致命的なのはリズム感だ。そこを改善しないで楽器をやらせたところで悲惨ひさんな結果は免れないと思いますよ。」

「口パクでは精霊が満足しない、それどころか侮蔑ぶべつだと判じてくる可能性もある。せめて取りやすい音程やリズムがあるのなら編曲をして曲目の方を合わせる手もあるが……」


 いや、気まずい。

 この学院にとっても国にとっても重要な、錚々そうそうたる顔ぶれがそろって私の音痴対策をしているんだぞ。


 たとえるなら合唱祭でちょっと声が外れている子をクラスメイト全員がかりで指導するようなものだ。前世の学校のことはあまり覚えていないけれど、何となく似たようなことをしていた気がする。

 胃のがきりきりとねじ切れるような痛みを訴えかけてきた。この状況もしかして大分私の精神状況に悪いな?


 どうにかいい手段はないか。いや、私が猛特訓をしてそれなりに歌えるようになればいいのだが、その選択肢は二回出して二回ともルイシアーノに却下されていた。

 このしんどい状況、何でもいいから終わらせてほしい。多少私が負担を強いられることになってもいいから。むしろそれが一番精神衛生上安定するまである。


 そう思っていた時、話し合いの中でも一番寡黙、ともすればほとんど相槌くらいしかうっていなかったハイネ先輩が口を開いた。


「歌や楽器が致命的なら、演舞えんぶはどうだ。」



 一石を投じた提案に、場の停滞しかけていた空気も動く。

「演舞か……そいつも騎士としての最低限の鍛錬は行っているからな。種類によってはいけなくもない。下手に曲に関わらせて調和を崩すよりは、別で身体を動かすほうがまだマシだろう。」

「曲に演舞を合わせるよりは、演舞に曲を合わせるのもありかもしれませんね。ルイシアーノ、普段シグルトに指導している方の流派の情報を頂いても?普段の足運びをかんがみて曲を決めましょう。」

「アザレア先輩の頼みでしたら。」

「ならばこちらは演目曲のリストアップと、曲調ごとの分類は音楽科目の教諭と連携しよう。」


 あれよあれよ。あっという間に確定していく。私としてももちろん否やを言うつもりはない。

 ただでさえ何もできないままこの場にいるのに精神を摩耗まもうしていたもので。

「ええ、私に出来ることなら是非。」


 さすがに何でもやります、とは前世のミーム的返答を思い出して出来はしなかったが、その言葉に嘘はなかった。


 /////


 ──いえ、私に出来ることなら是非とは言いましたが。何故。


「……シドウ先輩も舞手まいてをされることに……?」

「ああ。」

 いや、ああではなくて。そこで会話を終わらせないでください。戸惑う私に気が付いたのか、カーマイン先生が肩をすくめて口を開く。


「ハイネ=シドウと契約をしている精霊は、身体感覚強化に特化している。歌でも問題はないが、演舞を行うのならばそちらの方がより適しているだろうからな。」

「そういうことでしたか。」

 説明を聞けば納得がいく。精霊にも幾らか種類があるという話だというのもつい先ほど聞いた話だ。


 なら改めて挨拶をしておくべきだろう。改めて先輩へと向き直り、一礼をする。

「セレモニカではご面倒をおかけします。その分出来るところでは目一杯やらせていただきますので、今後もよろしくお願いします、シドウ先輩。」

「…………」

 無言でこくんと首を縦に振るだけで終えたハイネ先輩。


 …………う〜ん!不安だ!

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