12-6話 いかにも怪しい奴ら

「……人、ですね。」

「人だな。」


 森の奥深く。一歩間違えれば魔獣たちのテリトリーへいつ踏み込んでもおかしくない。

 だがそこに居たのは魔獣でもなく、当然ながらキャンプファイヤーをしている兄でもない。随分と見目からして怪しい人々。

 十人前後の見慣れぬフードを被っている彼ら。服の色濃さに違いこそありすれ、皆一様に同じ紋を服へと刻んでいた。


「何といいますか。妙な宗教めいた雰囲気を出していますね。」


 それも実物のものというよりは、物語に出てくるカルトの黒魔術のような。森よりも廃墟の方がよほど似つかわしい陰気臭い表情をフードの下に覆い隠している。


「珍しく察しがいいな。その通りだ、尤も、信仰と呼ぶにはあまりにも唾棄すべきものだがな。」

「ルイシアーノさんは何かご存知なのですか?」

「俺の記憶が正しければな。シグルト、他人事のような顔をするな。貴様も以前、あれと同じ組織の奴らに合間見えたはずだ。」


 思っても見なかった言葉に瞳を瞬かせるが、信仰に怪しいと聞いて……いや、一瞬ミラルドのお母さんが浮かんだけれど多分そっちじゃない。緩く首を横に振る。

 あれはあれでだいぶガッツのあるヤンデレだったが、ルイシアーノが知っているとなれば。


「もしかして《ヴォルクス》の?」

「その通りだ。」


 しかもあの紋を刻めるのは、彼奴らの中でも位の高いものだと聞いたことがある。


「うゎ……。」

 魔獣を信仰する者たちが此処にいる。

 おかしな話ではないが、良い予感はしない。

 しかも何やら彼らは、熱心に句を唱えていた。いやいやいや、完全にあれ何かの儀式ですよね!?熱気にも似た心地は不穏なんてものではない。


「なんかやばいことになってません!?学院うちの敷地内であんなやばい儀式されてるとか思っても見ませんでしたよ!?」

「シグルト。煩いぞ、声を潜めろ。貴様の声でばれでもしたら厄介だ。」

「正確にはこの位置は魔の森でも学院の敷地からは外れているな。」


 冷静な男衆の言葉で少しばかり動揺していた心を落ち着ける。ハイネ先輩の言葉は少しずれている気もするが、まあいい。黒い瞳は位置をずらし、労わるように細められた。


「ユーリカ。先ほど聞こえたという声もここから発されていたものか?」

「方向は合ってると思います。あちらの方から聞こえるので。……ただ、話している内容は彼らの句とはまた別物です。」

「あの妙な呪文とは別なんですね。その声が何と仰っているかはわかりますか。」

「……いえ。でも聴いていると段々心が嫌な感じに揺さぶられるような。そんな心地がします。」


 その言葉に私たちの顔は顰められた。

 嫌すぎる、何のフラグだ。


「或いは、彼奴らがしでかしている何かの副産物の可能性は往々にしてあるな。」


 そうと決まれば話は早いとルイスが口角を上げる。皮肉気な、けれども愉悦を帯びたその表情には見覚えがあった。


「……ルイシアーノ様、何をお考えで?」

「は。決まっているだろう。あの妙な集いに乱入して止めるぞ。」

「正気か?うぬらが過去に出くわしたという黒狗ブラックドック連れの者たちと同じ所属だと聴いたが。今奴らの側に似たような者どもは居らんが、危害を加えればどうなるかは知らんぞ?」

「ならどうする?黙って彼奴らの不審極まりない、下手をすれば魔の森や学院への害になりそうな行為を黙って見ていろと?」

「……。」


 それが愚策であることはハイネも理解しているのだろう。口を一度閉ざすが、鋭い視線は完全に納得していないようだ。そして、納得していないのはハイネ先輩だけではない。


「ルイス様。今回は私もハイネ先輩に同意させて頂きます。確かに彼らを放置するわけには行きませんが、私たちだけでの対処は厳しいかと。せめて学院に戻り、教師の方々に報告と指示を仰ぐべきです。」

「そんな悠長にして、戻る間に彼奴らの妙な行動が結実したらどうする?既に我々は彼奴らよりも一手遅れている。迅速な対応こそが鍵だろう。」

「み、皆さん喧嘩はやめてください……!」


 ユーリカの焦る声に開きかけた口を閉ざす。無駄な時間の消耗は得策ではないのはまごうことなき事実。視線はまだ意見を発していない銀へと向けられた。


「ミラルドはどう考えますか?意見があるのならお聞きしたいですが。」

「ううん……先生への報告はしたほうがいいと思ってますよぉ。そうしたら応援も来るでしょう?でもルイルイの心配もわかるから、ここはまた二手に分かれませんかぁ?」

「……戦力を割くのは得策ではないが。それが中庸か。」

「そうだな。耐久戦を前提に幾人かが残り、その間に脚の速い者が教諭への応援を要請。最低カーマインだけは引き摺ってこい。」

「どう分かれましょうか。速度を優先するのなら、私かハイネ先輩は向かうべきでしょうが……。」


 かと言って、実践経験が薄いミラルドやユーリカを置いていくのも躊躇われる。しばし悩む姿を見せる私を見て、ユーリカが唾を飲み込んで口を開いた。


「……先ほどの捕獲の時に、ハイネさんが目覚ましい働きを見せてくださってました。あれだけの速さと腕前なら、一人でこの森を駆けたとしても学院まで左程かからずにたどり着けませんか?」

「待て。それならシグルトでも差異はなかろう。うちで鍛錬を積んでいるし、何より発動リモータルの時の速度は逸品だ。」

「……。」


 まずい。こんな時にすべきではないと分かっているが、つい口元がむず痒くなる。気を抜いてしまえば弛んだ顔をしてしまいそうだと思いながら、誤魔化すように咳払いをする。


「では、私とハイネ先輩……両方が向かうと戦力が偏りますね。いずれかが向かい、残りが対処する方針でよろしいですね?」

「そうだな。カーマイン教諭なら……。……。」

「何でそこでじっと視線をこちらに向けるんですかハイネ先輩。言っておきますが先生を呼ぶ時に兄の話題は出しませんよ。逆に時間がかかるので。」

「……森とクアンタールを勝手に結びつけられても厄介か。ハイネ、任せて良いか?」

「承知した。」

「解せぬ。」


 顰め面をする私を置いて、頷きひとつを残してハイネ先輩が駆け出した。

「さて、その間に此方の対処をするぞ。俺の指示を皆よく頭に叩き込め。」

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