12-5話 異常と指針

 同様の違和感はルイシアーノとシグルトも発見していた。


「……明らかに足跡だな。それも人間の。我々のものとは異なる。」

「教員の方でもありませんね。森に踏み入れる時は皆同じブーツを履いていますし。」


 ぬかるみや荒れた道だけでなく、魔力濃度の違いによっては電気すら走ることもある森。入る時には必ず学院に申請の上、専用の装備を身につける必要がある。


 特に支給されるブーツは特注のもので、皆靴底の形は一緒だ。つまり、違うデザインの靴底の足跡があるということそのものが、学院外部から人が足を踏み入れているという証拠でもある。

 生徒の可能性もありはするが……悪戯目的で足を踏み入れるには、この森はリスクが高い。少なくとも今私たちがいるところにこれるだけの技量を持つものは限られる。


「外部だとして、誰が何のためにだ? 魔獣に会いに来るような自殺行為を好む数奇者か。」

「……入学して間もない頃に先生方が仰っていましたね。兄が在学中に魔の森を制覇しようとした結果、違法薬の密売組織を一つ潰したとか。」

「有ったな。今から貴様の兄を召喚でもするか? 術で呼んだ場合対価に全魔力どころか命どころでも支払うことになりそうだな。」

「いい加減人の兄を人外枠から外していただけません?? 大体召喚術は予め刻印を刻まないといけませんし、兄に刻印を刻むとか言い出したらカーマイン先生がまたとち狂いますよ。」

「よし。止めるかこの話は。」


 軽口を交わしながらも状況を確認する。足跡は森の奥深くはと続いており、辿ることも可能そうだ。


「気にはなるが……迂闊な行動はできまい。一度向こうと合流してから指針を立てるぞ。」

「……はい。分かってます。」


 密売組織か迷子か、未だ正体はわからない。とはいえこんな森の中で不審人物に出くわす可能性があるのなら、準備は整えねばならない。

 一刻も早く待ち合わせの場所に戻ろうと、二人揃って速度を早めた。



 ◆ ◇ ◆



「成程。御三方も異常を感じ取られていたのですね。」

「嗚呼。なんじらが靴跡を見つけたというのならば、関連する可能性は高い。」

「魔の森は魔獣も多いですし、こんな場所に他に足を踏み入れる方なんているんですか?」

「過去にはいましたが、うん。はい。」


 情報を交わし合いながらもつい言葉を濁す。

 なるべくならあの弩級どきゅうチートの存在はあまり話題にあげたくない。上げた瞬間どこからか現れてもおかしくないので。


「憶測を上げ連ねても何にもならん。

 重要なのは正体が分からない現段階で、どのように行動を取るかだ。ハイネ、貴様の意見は?」


 ルイシアーノがソルディアの中でも最も暦の長い男に意見を求める。年功序列ではないが、事実この森に一番足を踏み入れたことがあるのも彼だろう。

 聞かれた側である彼も黒い瞳を閉じてしばし熟考するが、数秒ほどで結論を出した。


「情報が少ない。カーマイン教諭を疑いはしないが、現状だけだと他の教諭が楽観視する可能性も否めん。逃走時の対応だけ決めて、先へ向かおう。」

「了解だ。ならば隊列は俺が先頭、貴様が殿しんがりで良いな?」

「承知。」


「……二人とも、前よりお喋り上手になってます?」

 緊急時の対応の詰めをしていく二人から隠れるように、ミラルドがこちらへ耳打ちしてくる。


「前に比べれば確かに空気は断然軽いですが、二人とも元々公と私は分けるんですよね。険悪ムードになった時も、必要だと思ったらそこは淡々とやり取りしてましたし。」


 そうでなければ去年の一年間は崩壊していただろう。主に私がクッションになることを耐えかねてキレ散らかして。二人とも何だかんだ優秀だ。

 ──尤も、それだけ分別のある人ですら、思うようにいかないのが恋なのだけれど。

 ちらりと視線を向けた先にいる赤髪の少女は、二人の指示を聞きながら頷いている。


「先頭がルイシアーノさん、その次が私で、ミラルド、シグルトさん、最後がハイネさんですね。分かりました。」

「ああ。ユーリカ、ミラルド、貴様らは何か問題発生時には迷わず逃げることだけを考えろ。その際道は俺が先導する。」

「は〜い。ルイルイが教えてくれたら迷子にならないから安心ですねぇ。」

「俺が何らかの要因で動けない時は捨ておけ。その際は同調シンクロの上で身体強化をしろ。魔獣に追いかけられようと振り切れ。森の外にさえ出れば後は教諭が対応する。」


 しれっとここにいない先生方に色々と重荷を乗せたな。まあそんなことにはならないと思っているが。


「ハイネとシグルトは問題発生時に脅威の排除と軽減を第一に考えろ。」

「そこは命大事にではないんですね。」

「はっ、貴様らがそう簡単に死ぬ玉か。万一があればフェルディーン家の金で立派な墓石を買ってやろう。シグルド、武器はあるな?」

「ええ、短刀ではありますが。戦闘時は発動リモータルをすればどうとでもなります。」

「こちらも獲物はある。問題ない。」


 腰のベルトに刀を差すハイネ先輩は堂々とした調子で、正直なところ安心感が強い。

 今のこの面々だったら勝てない相手もそういないんじゃないか?そんな気持ちで私たちは森の奥へと向かうことになった。


 ──いや。

 いるのがキャンプファイヤーwith兄だったら勝てる気がしないな。寧ろ勝ってはいけない。そうしたらさっさと逃げよう。

 ありもしないと思いたい光景が脳裏をよぎる。前言を華麗に撤回しつつ、そうはなりませんようにと祈りを込めた。

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