12-7話 情緒と恋

「まず、基本的には俺たちの姿形がバレるような妨害方法は法度とする。奴らは精霊を忌み嫌う《ヴォルクス》だから魔法を使ってくる恐れはないだろうが、何らかの武器を使う可能性は高いからな。」

「武器ですか?」

「ああ。貴様らが見つけたあの金属片。あれに類似したものを込めて発射し、他者を害する武器がある。」


 そう言われて先ほど見せてもらった金属とやらを思い出す。……潰れていて何だかわからなかったが、ルイシアーノの言葉と合わせて鑑みるに、もしかしてあれは拳銃の弾だろうか。前世の知識にあるよりも大きくて酷くひしゃげていたから、完全に同一のものではないだろうが。それでも下手をすれば、一撃で命を落とす恐れはある。


「迂闊にバレて攻撃されれば厄介だ。防護魔法はかけておくにしても、あそこにいる全員が同じ武器で同時に攻撃してくる恐れもある。ならば身を潜め、場所を移動しながら他方から攻撃をして撹乱を行う。」

「攻撃、ですか……。」

「あんまり攻撃らしい攻撃魔法とか知らないですけれど、属性魔法の応用でいいですかね?」


 ミラルドは水、ユーリカはどの属性もそれなりに得意だが、絞るなら火の魔法との親和性が高い。私は風、ルイス様は土だから、ちょうど属性バランスも良いだろう。あまり一つの属性ばかり使っていると、場の魔力の性質も揺るがせるかもしれない。


「それで良い。一先ず目的は時間稼ぎだ。傷つけるのが嫌だとか怖いというのなら、精々不穏さを演出して奴らの意識を削ぐことだな。」

「……!」


 ユーリカがその言葉に目を見開く。……彼女は優しい人だから、ルイスの言う通り彼らを傷つけることに幾らかの躊躇いがあったのだろう。

 安心したように綻ぶ顔は、同性である私からしても魅力的で。思わず目を奪われる。


「はい、有難うございます。」

「はっ。勘違いするな。中途半端な攻撃だけで奴らの気概だけ煽られては心底厄介だからな。なら貴様のやりようの最善を選択しろ。手抜きは許さんと言うだけだ。」


 だと言うのに、真正面からの礼を受けたルイシアーノと来たら、顔色ひとつ変えずにいつものように鼻を鳴らす。


「ルイシアーノ様それでも男です??もうちょっとこう、頬を赤らめるとか照れるとかグッとくるとかそういう気持ちになりません??」

「っ、ぷ、あはは……」

「シグルトにミラルド、貴様らケンカを売ってるのか???」


 耐えかねて口にした言葉にミラルドが吹き出す。いや、我ながら惚れてる相手にいう言葉ではないという自覚はあるんですよ??

 でもこう、合流までに問いただしていた好きな女の子のタイプも完全スルーされて、渾身のヒロインの笑みも気にしないって逆に何をしたら落ちるんですかこの人。


「やだなあシグちゃん。ルイルイその辺の考え方はまだ赤ちゃんと一緒なんですからぁ。あんまり聴いたら可哀想ですよぉ〜。」

「よしミラルド。いい度胸だ、ツラを貸せ。」

「いやですよぉ。じゃあボク、あっちの方で撹乱がんばりますねぇ。」


 ルイシアーノが形相を歪めて指で招くのを頭からスルーして、ミラルドが立ち上がる。よし、ミラルドに続こう。そして全てをうやむやにしよう。


「では私は西の方で。ユーリカ、バレないことを第一に気をつけてくださいね。それではルイシアーノ様、また。」


 それにしても、さっきのミラルドは普段以上に辛辣だったなと思いながら、頭に血が上ったルイスから一刻も早く離れようと駆け出した。


 /////



「くそっ。一体何なんだあの愚か者どもは……。」

 喧嘩を売られていたことしか分からないぞ。残った碧髪の青年は胸中どころか分かりやすく舌打ちをする。


 特にミラルドの言い方は業腹ごうはら極まりない。

 思考を指すか発想を指すかは知らぬが、ルイシアーノがたかが赤子と軽んじられたと同義だ。自らの才を疑わぬ男は、だからこそ無知と侮られることに我慢がならなかった。


「ユーリカ。貴様には彼奴らが言っていたことが分かるか?」


 地を這うような声は自然と残っていたユーリカへと向けられる。貴様まで適当に濁せば容赦はせんぞと暗に添えて。冷や汗を滲ませながらも、臆することはなく少女は苦笑を浮かべる。


「全部ではないですけれど……多分。ですかね?」

「曖昧な物言いだな。時間がない。分かりやすく言え。」

「……ルイシアーノさんは、恋をしたことがありますか?」


 ここに来る前にシグルトにも幾度か聞かれた話を思い出す。好きな女の子のタイプだの何だの。つまりなんだ?俺は彼奴らに情緒面の発達を疑われてでもいるのか??ただでさえ低くなっていた機嫌が最底辺を記録する。


「くだらんな。そんな得体の知れぬものにうつつを抜かすくらいなら、精霊の力をより引き出せるように研鑽すべきだろう。」


 発動リモータルが契約の真髄ではない。精霊との親和性を高め、その銘を知ることで一層の祝福の徴ギフトを得ることが叶う。時に祝福すら与えるその神秘を追わずに、何をくだらないことにやきもきするのか。ルイシアーノには殊更理解できなかった。


 けれどもその胸中すらどこか見透かしたように、柔らかい笑みを赤髪の少女は浮かべる。


「そうかも知れません。でも誰かを想ってその人に並び立ちたいと、その人に認められる自分で在りたいと。そう想えるのもまた恋のひとつだと想います。」

「何が言いたい。」

「ルイシアーノさんが仰るほど、悪いものではないと思いますよ。恋をすることは、自分の世界を変えることにも繋がりますから。その良さを二人ともあなたに知ってほしいのではないでしょうか。」

「……。」


 並び立ちたいと。認められたいと。そんな感情、恋でなくとも抱けるだろう。

 脳裏によぎったのは金色の──。けれどもそれを直ぐに振り払うように、碧色の髪を左右に揺らす。


「さっさと持ち場につけ、ユーリカ。三十秒後に攻撃をはじめるぞ。」

「は、はい!がんばりますね!」


 紅色の頬の理由は緊張かあるいは。握りこぶしを作った少女はシグルトたちとは反対の方向へと駆けていく。


「くだらんな。……。」

 自らに言い聞かせるように呟いてから、自らも次の行動に向けて魔力を収束させはじめた。

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