12-8話 強襲とジャンル疑惑

「……?」


 最初に違和感を覚えたのは一人だった。

 祈りを捧げていたフードの下、瞳を天へと向ける。深い森は風ひとつなく、物々しくも穏やかな様子。

 ──変化が起きたのは一瞬だった。


「……っ!!皆!伏せろ!」


 雨霰のように降り注いだのは水の矢。未だ物質化の術式を憶えていなかったミラルドの放ったそれはあくまで牽制に過ぎなかったが、それを知らぬフードの面々は敵襲かと祈りの手を止める。

 幾人かが懐から拳銃を取り出して、四方へと牽制の弾を打ちはじめる。


「うぉっと……、思った以上に早いですし、やっぱりあれ、銃ですよね。」

 近くへと飛んできた弾の軌道を逸らしながらぼやく。前世で実物を見たことはないが、視覚強化を動体視力に特化させれば何とか見えることを考えれば、こちらの方が幾分か質は落ちていると言えるだろうか。


「とはいえ厄介ですね。ユーリカや他の方が撃たれる恐れもありますから。……嵐よストムス 荒れ狂い壁となれスタンプス ヴァルス


 発動リモータルの魔力を風に載せれば、それはいとも容易く嵐となる。やはり私と契約している精霊は、風と相性が良いようだ。

 撃ち込められる弾丸を完全に止めることは出来ないが、軌道を逸らしたり速度を弱めることには一役変えるはずだ。後は各々の強化に任せるしかない。


「くっ……忌まわしき精霊使いどもが!」

「おい!召喚紙スクロールを持ってこい!あのお方の御降臨の際にお目通しする予定だったが、仕方ない!」


「あのお方?」


 聞き馴染みのないが、ヴォルクスの指導者か何かだろうか。或いは後でルイシアーノに聞けば分かるかもしれない。

 が、一先ずは現状の対処が第一だ。

 手にしていた魔法石に魔力を込めて構えるが、自らの生んだ暴風が逆に狙いを定まらなくさせる。小さく舌打ちをした所でなにやら遠くから聞こえてくる。


「シグルト!暴風を一度解除しろ!」


 主人の怒声に身体は反射的に反応した。

 魔力の伝達を止めれば暴風壁は一気にその勢いを弱める。間髪入れずに撃ち込まれた弾丸は、けれども的確に目の前を覆った蔦の壁が弾く。

 風が消えて声が朗々と通るようになった空間。反対側からユーリカの声がこだました。


「あれを燃やせばいいんですね……!焔よルハブ邪を生みし忌み書を屠れアナビ ワララッシャル!」


 甲高い声には似つかわしくない猛々しい呪文。いつのまにそんな呪文を憶えたのやら。疑問に思う間もなくその炎はローブの人々へと向かい、傷は付けぬまま羊皮紙だけを燃やしていく。


「なっ……!こんなことが……、っ!?」

「あ、バレちゃいましたぁ?でももう遅いですよぉ。齧れ毒林檎アトファスファム其は眠りへと誘わんソウファアナンサス


 いつのまにやら忍び寄っていたミラルドが、同調シンクロさせた魔力を使って彼らへと眠りの呪文を掛ける。

 魔獣と異なり耐性はなかったのだろう。倒れ込んだ人々は少しするうちに寝息を立てはじめた。



「さて、これで粗方片付きましたかね?」

「そうだな。捕縛は……、このつるでいいか。」


 先程ルイシアーノが生やしたつたの壁から無造作に一本むしり取って巻いていく。私もそれに倣うように蔦を切りながら、ユーリカへと声を掛けた。


「ユーリカ。彼らが呼んだ魔獣もサンプルにしますか?」

「魔の森の子じゃないんじゃないですか?サンプルにならないかもですよぉ。」

「いっそおまけのサンプルとしてもらいつつ、追加で単位を頂けないか交渉したらどうでしょう?」

「そこは交渉次第だが、特別任務の報酬と思えば安いものだな。」

「ですね。交渉はユーリカに一任します?もし手が必要でしたら……、……ユーリカ?」


 魔の森の奥の開けた空間。倒れ伏していた彼らを拘束しながら交わしていた雑談で、返事がない少女を見る。どこか虚な視線は、けれども怯えたように空を見上げていた。


「──どうかなさいましたか?ユーリカ。」


 手を止めて彼女の元へと歩み寄っていけば、異常に気がついた二人の視線も此方へと向く。

 だが変わらず、彼女は何もないはずの一点から、視線を逸らすことはない。戦慄わななく唇が、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「…………消えないんです。声が。ううん、むしろ前よりもずっと強く……っ、」

「ユーリカ!?」


 その場にへたり込んだ少女へと駆け寄り、その体を支える。震える指が指差した方を見上げれば。


 そこには先ほどまでなかった、濃厚なまでの魔力の渦。魔力の摩擦が雷電を帯び、ぱちぱちと音を立てた。


「なっ……一体何が……!」

『────嗚呼。やっと時が来た。この時をどれほど待ち侘びていたことか……!』


 舌舐めずりするような歓喜の声。

 身の毛がよだつようなその旋律に、一層濃厚になった魔力は、場にいた全員に戦慄を走らせた。


「な、何の声ですかね……?」

「くっ……、一体何が起きている!」


 魔力の渦は歪み、その中から影が現れる。

 足元まですっぽり覆うマントは昏く。赤の髪と紫の瞳はユーリカに似た色彩だが、けれどもそれよりも深く黒に近い濃さ。

 何よりも感じるのはその歪な魔力だ。精霊の持つものとはまるで異なる、その場すら侵食しそうな悍ましい──。


『ふふ。僕を目覚めさせてくれたのは君たちかな?ならお礼をしなきゃね。……その身を僕の養分とさせてもらおうか。』

「ゲームならではの悪役台詞。」

「ゲームですかぁ?チェスとかでああいう人っていましたっけ。」

「チッ……、何をうかうか雑談してるんだ貴様ら!!構えろ!!」


 ルイスの檄に我に返り、短剣を手に取って姿勢を低くする。とはいえ脳内の疑問や困惑は消えないが。


 これ乙女ゲームですよね!?なんで急にラスボス戦みたいな流れで戦いに??

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