8-2話 催しの真意

 ラジティヴ公爵家の開くパーティは、どうやら精霊行事そのものとも深くかかわっているらしい。


 ドレスに着替えるよりも前、街にたどり着くまでの天馬車の中で先生が教えてくださった話によると、精霊の誕生の際には大樹アーラ・カーンと大樹に与える水。その双方に膨大な魔力を捧げる必要があるとか。


 大樹への魔力は学院に通う生徒やその保護者をはじめとした、プロムナードに参加する人々が担うことになる。学内の行事だというのに、外部から親族まで募るのはこれが理由だ。

 では、大樹に捧げる水はどこで用意するか。どうやって魔力を捧げるのか。それがこの街にある湖であり、公爵夫人のパーティーに参加する者たちが魔力を捧げる儀式を行うらしい。


「それ、ものすごく重要じゃないですか。」

 その話を聞いて開口一番に出たのはその感想だ。精霊の誕生はこの国の命運すら左右する重大な行事。

 プロムの三日前になぜ公爵夫人がわざわざパーティーを開催するのかと思っていたが、この時期にやらないといけない訳があったらしい。


「その通りだ。反精霊信仰団体ヴォルクスがこのパーティーにもぐりこんでいたとしたら、何を画策しているのか分からない。」

「精霊など滅びてしまえばいいという過激な思想を持つ奴らも中にはいるわけだからな。……爆弾を仕掛けたり参加者をしいするくらいのことはやりかねんぞ。」

「だからそれを防ぐために、リュミエルは動いているのだろう。アイツが噛んでいるのならば心配は要らないだろうが、キミたちもくれぐれも無茶はしないように。」

「はい、先生。」

「本来はワタシも監督者として共に参加できればよかったのだが……。」


 カーマイン先生が残念そうな顔をするのを横目に、私たちは目配せする。


「(こいつまで来る羽目にならなくてよかったな)」「(本当に)」


 カーマイン先生単体のことは信頼しているが、こと兄が絡んだ時にその信頼が地に落ちるのはすでに証明済みである。


 当初は先生も自らが同行することを望んだが、今回潜入できるのはグリンウッド辺境伯のご厚意で少女二人──ただし女装は可──だったこと。

 学院のプロムナードの準備は並行して進める必要があることからあくまで迎え送りの同行にとどまったのだった。



 ◇ ◆ ◇



 時は現在。

 二人の少女と二人の男性を乗せた天馬車の中。正確にはここにいる中で生物学上も女性なのは私一人だが。


 先ほどからのルイシアーノからの視線は気になるが、指輪の効果は問題なく発動しているはずだ。何も疑問を抱かれる理由はないはず。

 こちらが目線を彼へと向けるたびに明らかに目を逸らされるのは気になるが、文句があるなら口にするだろうし。


「あ、そうだ。一個前の打ち合わせから変更点があるよ。」

 我が兄リュミエルが思い出したように人差し指を立てた。

「メッドを中の警備兼参加のような位置づけにねじ込めたから、何か会場内でトラブルが起きたら彼に頼むか、緊急時の連絡板にすればいい。」

「それ私たち参加する必要あります??」


 率直な感想が脊髄反射で吐き出された。

 会場内にメッドさんが入れたのなら、私たちがわざわざこんな格好をしてもぐりこむ必要はなかったんじゃないだろうか。


「いや、そう簡単な話でもない。以前あいつはそこそこデカい“やらかし”をしていてね。今日もお父上が付きっきりで行動するらしいから、会場の外に出ることは出来ないだろう。それじゃあ目的を果たすのに十全な役割は果たせない。」

 兄は浮かべている笑みを少しだけ潜めて、立てていた人差し指を回した。


「だから会場内で自由に動き回れるのは君たち二人になる。グリンウッド辺境伯の挨拶回りに最初は付き合ってもらう必要はあるけど、主催の夫人に対してくらいですよね?」

「そのつもりだ。此度こたびの催しはラジティヴ夫人たっての願いだから出席はしたが、最低限の義理を果たす以上のことをするつもりはないからな。」


 グリンウッド辺境伯の、先程までの愛嬌が今はむっつりと押し込められている。

 けれどすぐにまた人懐こい笑みを髭の生えた顔いっぱいに浮かべて私たちの顔を覗き込む。


「すまないね、二人とも最初はお付き合い頂くよ。それ以降は任務があるだろう。好きに会場内を見て回っていい。どこぞの輩に声をかけられたら私の名を出すんだよ。」

「リュミエル兄は辺境伯のどんな弱みを握ってるんですか。」

「心の声が出てるぞシグル……シリアお姉様。」


 咳ばらいをしたルイシアーノ、もといルシアの言葉にはっとする。


「す、すみません……!」

「はっはっは、かまわないさ。今この時は私と君は父娘。娘の素直な感情を聞けるのは父親として喜ばしいことさ!」


 慌てて謝罪をすれば、笑顔と共に返ってきたウィンクに胸をなでおろす。

 最近自覚してきたけれど、もしかして私は思ったことを脳直で口に出す癖があるな?

 致命的なミスにまでは至っていないとはいえ、さすがにそろそろ気を付けるべきかもしれない。


「リュミエル殿には以前領地で起きていたトラブルについて相談に乗ってもらったことがあってね。まさかうちの領土に自然発生した精霊石が存在したとは……危うくあの時は領地全域を大飢饉が襲うところだった。

 その時の借りをかえせるのなら、これくらい安いものさ。うちの娘たちをこれ以上社交場に出せという輩の口を塞ぐための、い理由づけにもなりそうだからね!」


 鷹揚に笑うその男は、けれども百戦錬磨の領主の顔をする。いったい、私たちが今回彼の娘と参加することでどういう理由付けになるというのか……。

 先程自分の悪癖をしみじみ実感した後だったので、今度は無事言葉を飲み込んだ。

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