【改稿版】1-2話どうしてこうなった

 突然だが、私は物心ついたころから“既視感”と“違和感”、この在る意味矛盾している様な二つの強い感覚に苛まれていた。


 違和感は他でもない、魔法そのものに対してだ。

 この国、ルーンティナは魔を司る女神ルナイアを信仰している。

 彼女が落とした涙が海に零れ、そこから精霊が発生。彼らによって大陸とそこに住む生命が産まれたとされている。


 そのような逸話があるだけあって、この国は魔法が発展している。魔法があってこそ生活は成り立っており、魔法なしには生活は成り立たない。


 だが私はヨチヨチ歩きの、記憶すらおぼろげなころから目に映るもの一つ一つが、全くもって信じられなかった。

 羽根を持つ馬に引かれる馬車や熱を持たない魔法のランプ。この世界で当たり前とされているものは、私にとっては十歳になった今でも信じられないものばかり。


 では既視感とは何か?

 先ほどの話の通り、この世界が成り立っているのは精霊たちによるものだとルーンティナでは考えられている。

 世界とまではいわずとも、魔法がここまで発展しているのは間違いなく精霊によるものだ。


 そんな精霊は十五~二十歳の『第二の誕生』と呼ぶに相応しい年ごろの青少年少女と契約をおこなう。選ばれた者たちは強力な魔法を操る祝福の徴ギフトを与えられる。

 祝福の徴ギフトは持ち得た当人のみならず、その周囲に居る人々の魔力すらも引き上げるのだから驚きだ。


 選ばれた彼らは“ソルディア”に所属して、勉学のかたわら自らを選んでくれた精霊のために日夜奮闘する。

 そのことを私は前世から知っていた。そう、知っていたのだ。どこでって?ゲームで。


 年の離れた兄がソルディアに選ばれた時のことだ。下は男爵や子爵、上は侯爵や公爵家、さらには下位の王族から友好の品として贈られてきた品々を思い出す。

 それを見て目を丸くしていた私に、家の女中たちが興奮した調子で語っていた。ソルディアとはどんな組織か、そこに選ばれることがどれほど光栄なことか。


 それを聞いた時、私は既視感を覚えたのだ。

『あれ?その話どこかで聞いたことがあるんだけど…』と。


 その理由が今わかった。この世界を私は知っている。


Noirノアール coeurクール』というシミュレーションゲーム、その世界観と酷似こくじしているのだ。

 似ているどころか、そのものといっても差支えはないのではといいたいくらいに。


 Noirノアール coeurクール

 ノアクルとゲーマーに親しまれていた女性向けの恋愛ゲーム。

 私がこの世界に生まれる前、前世と称するべき世界で疑似体験という名のプレイをしたことがあった。

 そのことを攻略対象のキャラクター名を聞いた瞬間、ガツンという衝撃と共に思い出したのだ。


 それもただのゲームではない。

 Noirはフランス語で黒、coeurは心臓。くらいイメージのタイトルが冠されたこのゲームは、俗に言うヤンデレ乙女ゲームなのだ。


 攻略対象はソルディアに所属するイケメン達。

 精霊に選定された特別な組織にいる、才能も家柄も顔も素晴らしい、精神破綻一歩手前状態の男達。

 …………精霊よ。選ぶ基準に性格も付け加えた方が良いと思うんだが気の所為か?



 先ほどフェルディーン家の嫡男の名を聞いて固まったのも当然と言える。

 何故なら彼もノアクルの攻略対象の一人だ。



 碧髪金目のルイシアーノ=フェルディーン。通称ルイスは攻略対象の中でももっとも高貴な侯爵家の人間だ。

 爵位にたがわずプライドが高く、自分が世界の中心、とでも言いたげな暴君キャラでもある。


 当初は自分の周りに居なかったタイプのヒロインに興味を持ち、愉快な玩具おもちゃの一つとして近づくが、次第に彼女に玩具おもちゃとはまた別の執着心を抱いていく。

 普通の乙女ゲームならそこで恋愛感情を自覚して告白。めでたしめでたしとなるだろう。だがこのゲームではそうもいかない。


 この男はハッピーエンドまで絶対にヒロインへの恋愛感情を認めはしない。

 あくまで自分の所有物なのだから、玩具おもちゃは傍にあって当然という想いが独り歩きしていくのだ。

 そうしてヒロインが他の男と親しげにするたびに暴力を振るっていく。他に目をやれなくし、自分の元に縛り付けるためだ。とんだDV男では?


 また、この男の所有欲と暴力性はヒロインだけにとどまらない。攻略対象の一人である彼の従者相手にも及ぶ。

 自分の従者ものがどこから来たとも知れぬ薄汚い女に取られると感じたのだろう。ここでも残忍性ざんにんせいを発揮する。

 あるイベントでは選択肢によってはヒロインが、またある選択肢では従者が、更に条件を満たすとヒロインと従者の二人ともが殺されるのだ。沸点低すぎだろ。

 本人のルートだけならばいざ知らず、従者のルートでまで殺人を犯すとは、迷惑な事この上ない。



『従者』のルート。


 従者。

 そう、それが問題だ。


 最後の言葉で頭がまっ白になってしまった私は、けっきょく明日攻略対象の嫡男殿に会うと約束させられてしまった。

 しかしそのことを気にする余裕すらなく、自室への道をもはや全力で走っていた。

 扉を開ける時のノックも忘れて飛び込み、全身を写せるほどの大きな鏡の前に立った私は……そのままずるずると地面にへたりこむ。


 鏡の中に映る私の姿、腰まで伸びた絹のような金糸の髪に切れ長だが穏やかな翠眼。

 客観的な美醜びしゅうを問えば十人中十人共が美しいと称するであろう顔立ち。


 ──そこにはゲームの攻略対象の一人。

 シグルト=クアンタールの幼少期の姿が写っていた。



 シグルト=クアンタールは物腰が穏やかなフェミニストとして作中で登場する。

 突然ソルディアに選ばれて不安でいっぱいのヒロイン。周囲は皆高貴な人ばかりで戸惑っている状態だ。それを従者という立場にたがわずしっかりと支えようとする。



 曲者ぞろいのソルディアの中ではそれなりに常識人に見えるキャラで、ゲームの導入編終了時の好感度はかなり高い部類に入る。


 だが忘れるな。

 こいつもヤンデレだ。


 こいつのヤンデレ性が発揮されるのはルイシアーノが起こす殺害未遂イベントのあと。

 ルイスによって命を脅かされたヒロインが心ない噂で傷つくのを、同じように命を脅かされていたシグルトが慰める。

 自分がその噂を流したことなどおくびにも出さぬまま、自分だけは彼女の味方だと告げるのだ。おい元凶。


 むしろこいつがルイスに殺されてた方がヒロインは幸せだったんじゃないか?



 お判り頂けただろうか?

 今の私の絶望感を。


 a.いきなり男のふりをして従者になれというお父様の無茶ぶり(しかも胡散くさい性別認識変換魔法つき)

 b.前世の記憶にある世界とこのゲームがまるきり一緒

 c.これから主となる(予定の)人物、さらには自分すらもヤンデレ予備軍だという事実

 泣いていいでしょうか?


 さて、ここで私に残された道は4つある。


 ①従者になることを再度拒否しにいく。

 ──難易度は高い。おそらく既に従者となるのは確定事項。多少の理由では揺らがないはずだ。前世やゲームについて話しても、全て信じた上で「ゲームはゲーム。リアルはリアル。とりあえず一度会ってみろ」と言われる気しかしない。


 ②他の身内に泣きつく。

 ──父ではなく他の身内に拒否を知らせにいく。普通ならいい案だと思う。

 だがあいにく、母は既に他界しているので頼みの綱となりそうなのは兄だけだ、が。奴の性格を考えるとむしろノリノリになりそう、というか下手をしたらさらに引っかきまわされそうなので却下。


 ③家の者達から反対案を募る。

 ──家族と同じく使用人の事も大事にしている父になら効くかもしれない。だが使用人は基本的に父の味方のはず。こちら側につけるのは難しい。

 今から全裸で邸中を駆け巡り、「神はいない!!!」と叫び回ろうか。

 そうすれば精神異常者を従者にしてはいけないとなるかも……いや、そっちの方が人生詰んどる。



 つんでる。④の諦めて受け入れるしか残されていない。

 いっそ神の国へと召される方がよほどマシではないかと一瞬思ったが、あちらにはお母様がいらっしゃる。

『この程度の試練を乗り越えられずに真の淑女しゅくじょとなるなど、ちゃんちゃらおかしいでしょう』と慈愛たっぷりに蹴り戻されるイメージしか出来ない辺り、私の家族像は男二人に歪められているといえよう。大変申し訳ありません、お母様。


 もはや天国にすら安息の地は見られない。


 遺された唯一の逃げ場である夢の世界へと旅立つため、私の意識はふつりと途切れてしまった。

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